スペシャル

挿話 第36.1話 旅の途中 -前編-

 幼樹の村を出発してからはや1週間。シズクとセレスティーナはようやく、行程の約半分を消化していた。


 往路の半分ほどの速度という計算になるが、その原因としてはやはり《アジュールキャリアー》の喪失が大きく響いていた。


 何しろ《アジュールダイバー》では操縦は交代で行い、その合間に仮眠や食事をとることが出来たのだが《竜骸ドラガクロム》ではそういうわけにはいかない。


 休憩をとるにせよ食事をするにせよ、いちいち地上に降りる必要がある。


 おまけにトゥーンの夜は星も月も無い。もちろん、人里のあかりなども存在しないので夜間に移動することは不可能に近い。


 結果として、夜明けと同時に出発し遅い昼食にあわせてキャンプを張るということを繰り返して少しづつ進んでいかざるを得なかった。



「……これは確かに《竜骸ドラガクロム》だけで遠征ってのは無理だな」



 コトコトと携帯コンロの上でふたを踊らせているポットを眺めながら、シズクが独りごちる。たった2機の《竜骸ドラガクロム》での移動だけでも、これだけの手間がかかるのだ。


 これが小隊・中隊規模となると確かに、遠征するだけでも一苦労だというのが身にしみて理解出来る。



「そういうことだ。エイゴン主任には感謝せねばな。《アジュールキャリアー》が無ければ果たして間に合っていたかどうか」



 マグカップに満たしたコーヒーもどきを口にしながら、セレスティーナが相づちをうつ。

 昼食を終えたばかりで、2人ともまったりとした気分になっているせいか、心なしかセレスティーナの雰囲気も柔らかい。



「ところでシズク。基地と連絡はついたのだろう? どうだった?」



 基地との更新圏内に入ったのが2日前。取り急ぎ、万能解析システムのしずくPGで《竜骸ドラガクロム》の取得したデータを取りまとめて基地には送信してある。


 データを受け取った基地では大騒ぎになったようだが、それきり特に急いで帰れだのもっとデータを送ってこいだのという指示は受けていない。


 むしろ、逆に休暇の代わりに少しノンビリ帰ってこいなどと言われる始末だった。



「……もしかすると、私たちが想像するよりも話が大きくなっているのかもしれんな」


「っていうと?」


「要するに対応が定まっていないということだ。私たちの口から話が想定しない形で広がるのをおそれているのかもしれん」


「んな、大げさな」



 笑うシズクをセレスティーナは少し怒ったような真面目な顔つきでにらみつけ、さらに言葉を続けた。



「シズクが実感出来ないのは仕方ないかもしれんが……あの女王や赤目赤はねのようなアピスはこれまで誰も聞いたことがなかったのだ。あれが他にもいるとしたら……騎士団の戦い方そのものを根底から変えねばならん」



 今度は大げさな、と笑い飛ばす気にはなれなかった。


 赤目赤はねの恐ろしさは文字通り肌に刻みつけられている。


 あの場所、あの状況だからこそ勝てたのであって、あれが完全に赤目赤はねが有利な領域ではおそらく勝てなかっただろう。


 いわんやセレスティーナのような《融合》を行えない、一般の騎士なら時間稼ぎさえ出来るかどうか。

 マリア副長のような猛者もさでも、おそらく1体1では勝ち目は無い。



「ま、そこらへんは俺たちが考えても仕方ないんじゃないか? ノンビリ帰ってこいっていうんだから、ゆっくりして行こうぜ」


 シズクの言葉に今度はセレスティーナが違いないと苦笑を浮かべた。

 

 シズクはもちろん、指揮官のセレスティーナにしても騎士団の序列では最下位なのだ。作戦の決定はもちろんのこと、異議を申し立てるのも越権だと言われてしまえばそれまでだ。


「しかし、ノンビリか……」


 どうしたものかな、と首をかしげるセレスティーナにシズクはひとつ思いついたことを提案してみた。


「2、3日、ここで時間をつぶすのもいいんじゃないか? すぐ近くに川もあるし。いい加減、保存食ばっかりだし……」


 帰りの旅程はとかく荷物に制限があるので、生鮮食品など望むべくもなくすべて基地から持ってきていたレトルト食品に頼っていた。


 最初の2日3日はそれなりに我慢も出来たが、これが1週間連続となるとさすがにうんざりしてくる。これがさらにあと1週間となるとうんざりを通り越して、うつになりそうな気分だった。


「それは私も同意見だが……保存食以外に何かアテがあるのか?」


「川があるんだから、魚ぐらいいるだろ? さすがに動物を狩るのは無理だけど魚ぐらいなら、どうにかなるって」


「そうか……シズクがそういうなら、それも悪くないか」


「だろ?」


 ようやくまともな食べ物にありつけるかもしれないと、心が浮き立つシズクにセレスティーナは少しバツが悪そうな顔で1つ条件を付け加える。


「シズクの希望がそうなら、私も1つ頼みがあるのだが……」


「ん?」


「その、だな。なんとか、みが出来ないものかと、な?」


小首をかしげながら、おずおずとシズクを見上げるセレスティーナ。

 

 それは確かに、なかなかに切実な頼みだった。


 

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