第35話 宴の夜 -後編-

「はしたない?」

「……シズク。お前は本当にいい加減に私たちの常識というものをちゃんと学べ」


 どうやら、この質問は地雷だったらしい。

 

「もしかして、聞いちゃダメなことか?」

「ダメ……ということは無いのだが。その、あまりおおっぴらに聞くことでは無い。とくにそのカミラのような年頃の騎士には、その、な」

「お嬢様。そのように気をつかっていただかなくとも、よろしゅうございます」

 

 ピシリと何かが凍り付くような笑顔でカミラがセレスティーナにくぎを刺す。

 やはり地雷だったようだ。 

 

 シズクは自分が踏んではいけないものを踏んでしまったことに今さらながらに気がついた。

 少し慌てたように、セレスティーナがシズクの腕をぐいと引っ張る。

 

「シズク、少し踊るぞ。ほらこっちに来い」

 

 そのまま、かがり火の輪に向かってセレスティーナが大股で歩き始める。

 その姿を見送っていたカミラは何となく面白くなさそうな顔つきでマグカップの中身を一気にあおると、そのまま酒盛りを始めている大人たちの方に目を向けた。

 

 彼女が大股で歩き出すのをそっと横目で見ていたセレスティーナがほっとしたように大きく息をつく。

 

「……行ってくれたか」

「その、悪い」

 

 バツの悪い心地で軽く頭を下げる。

 やはりセレスティーナの言うように基地に戻ったらこちらの常識をちゃんと学ぶ必要がありそうだ。

 いつどこでどんな地雷を踏み抜くかわかったものではない。

 

「まったくだ……良いか、言っておくがな。団長殿や副長殿にもこの話題は持ち出すなよ。お2人とも、そろそろ微妙な年齢だからな」

「そうなのか?」

「そうなのだ――1度だけしか話さないからな。以後、この話は禁止だ。いいか?」

 

 どことなく恥ずかしそうな迫力のある顔つきで、セレスティーナはとうとうシズクの疑問の答えを口に出した。

 

「騎士が女ばかりなのはな……その、あれだ。子供を産むからだ」

「は?」

 

 子供を産む? 意味がわからない。

 ぽかんとした顔のシズクにさらにセレスティーナは声をひそめた。

 

「だからだな……女は結婚すれば子供を産むだろう? 子を産み育てる分だけ、男よりも女の方が樹寵クラングラールを多く授かるのだ」

「え? それってつまり……」

 

 この世界がスキルに依存しきっているというのは理解しているつもりだったが、よもやそんな根本的な部分まで依存しているとはさすがに想定外だった。

 

「セ、セレスたちって、スキルで子作りすんのか!?」

「ばっ、者! 恥ずかしいことをそんなに大声で言うな!」

「あ、ああ。その、ごめん。ちょっと驚いたものだから」

「何から何までというわけではない。ただ、病気や、痛み、疲労や睡眠不足……そういうことに強くなる……そうだ。他にも色々とあるようだが……私はまだ教えられていない」

「え? そうなの?」

「当たり前だろう。そういうことは結婚が決まってから、母や一族の長老の方々から伝えられるものだ。私が知っているわけないだろう」

 

 ないだろうと言われても、困る。

 が、少なくともおおっぴらに話すようなことではないということはシズクにも理解出来た。

 

「私たちは騎士を志すと、一時的にそのような……女性特有の樹寵クラングラールをお預けするのだ。その代わりに騎技ドラガグラスタを授かる。そして、婚姻が決まるとその逆だ」

「だから……騎士はみんな女ばかりなのか」

 

 しかも、若い女性というよりは少女ばかりなのか。

 その理由をかいたシズクはようやく、納得した。

 そして、この話題が妙齢の女性騎士にとってはかなり微妙な……地雷めいた話題であるということも。

 

 妙齢の騎士というだけで、ある意味では行き遅れと宣言しているに等しい。

 どうりでカミラが返答に困るわけだ。

 

「そういうことだ。だからまあ……男の騎士というのはいないわけではないが、かなり珍しい。どうしても騎技ドラガグラスタに差が出るからな」

 

 だから、男性は政治だとか主に事務方で活躍するという文化が醸成されていったのだろう。逆に言うと騎士以外の軍人、要するに参謀だとかそっちの方面は案外男性主導なのかもしれない。

 そう考えれば、騎士がみな女性ばかりなのに女尊男卑とも言うべき社会構造になっていないのも理解出来る話だった。

 

「わかったな? わかったら……この話はここでしまいだ。騎士の引退というのは、その、だな。結構、微妙な問題なのだ」

 

 確かに歴戦の騎士=行き遅れというのではおおっぴらに話すのはなかなか厳しい。

 ワーカーホリックの独身女性エグゼクティブのようなものだ。

 尊敬もされるし地位も財力もあるが、そうなりたいかと言われるとみな微妙な表情になるという感じの。

 

 シズクがとんでもなく失礼な想像をしていると、いきなりドンっと大きく太鼓が打ち鳴らされた。

 気がつけば、輪のすぐ近くまで来ていたシズクとセレスティーナをみながじっと興味深そうに見つめている。

 

 額に汗を輝かせたエイリンが髪を整えながら、2人に声をかけてきた。

 

「お2人とも、ご一緒ですか?」

「まあ、一緒というか、成り行きというか」

 

 シズクの答えにエイリンが笑いながらうなずく。

 

「ちょうど良かった。今から、新しい曲に変わるところなのです」

「新しい曲か。どんな曲だ?」

 

 セレスティーナの声に少し離れたところで、楽曲を奏でていた数人の男女が笑いながら曲を奏でだした。

 先ほどまで鳴り響いていたような、激しく跳ねまわるような曲調では無く、どこかしっとりとした落ち着いた曲調。

 

「聞いたことのない曲だな」

「新作らしいのです! あちらの方が作者さんです」

 

 てんしんらんまんなキーヴァの腕の先で樹下の民の女性がほほみながらお辞儀をしてみせる。

 どうやら、今日が初めてのおという感じらしい。

 

「いかがですか? まずは従騎士長と戦士殿からということで」

「お、俺たちから? っていうか、この曲もペアで踊るの?」

「ええ。まず最初の1組がかがり火を2周して、そこから順次ペアが合流という踊りになります。そんなに心配せずとも簡単な部類ですから。曲に合わせて身体を動かせば雑技イリハグラスタが自然と選ばれます」

 

 またもやスキルだった。

 

「ほう。私はむろん問題無いが……シズクはどうかな?」

「戦士殿は雑技イリハグラスタを使えないのですか?」

「まあ、うん。使えない」

 

 急造でジャーガへの謁見に備えて社交ダンスは仕込まれたものの、さすがにこんな場所で使えそうなスキルは持っていない。

 

 となると自前ということになるわけだが……シズクの記憶で使えそうなのは中学校のころに林間学校のキャンプファイヤーで踊ったフォークダンスぐらいのものだ。

 

 シズクの返事にエイリンが腕を組んで首をひねった。

 

「そうですか……となると、従騎士長も雑技イリハグラスタ無しで踊るしかありませんね」

「な、なに? ど、どうしてだ?」

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