第35話 宴の夜 -前編-

 夜が来る。


 トゥーンの夜は地球のそれとは違い、まるで皆既日食のように中天に張り付いたままの太陽が欠けていく。

 

 そして、祈りと宴とが始まった。


 広場の中央に組み上げられたやぐらに火が投じられる。

 前もって油で湿されていたやぐらは、あっというまに炎を天高くに吹き上げて燃えさかった。

 その炎が照らし出すのは1本の背の高い木の柱。

 

 そして、夜闇の向こう側には今やアピスから取り戻された世界樹がそびっている。

 

「皆、祈りを」

 

 村の長の声と共に生き残った村人たちが静かにやぐらへむかって歩み始めた。

 結晶人も樹下の民も入り交じり、分け隔て無く炎に香草を投じていく。

 

 その中には、あの2人の少女の姿もあった。

 

 共に並んで同じタイミングで炎に香草をくべる。その煙が収まると緑色の火の粉が舞い上がっては消えていく。

 

 まるで蛍みたいだな、とシズクは少し離れた場所で祈りを眺めながら、そう思っていた。

 

 祈りの輪の中にシズクが参列することは遠回しに拒絶された。

 この祈りは氏族のものだけしか参加することは許されないのだと。

 

 セレスティーナも随分と粘ってくれたのだが、村長をはじめとした皆の気持ちには抗しきれるものではなかった。

 もっとも、シズク自身はというと残念な気持ちはたしかにあったがセレスティーナやカミラが言うほどには気にしてはいない。

 

 祈りはもう済ませたと思っているし、村の人たちの中に割り込むほど神経が太いわけでもない。

 ただ、少し離れたところから、こうして見送らせてもらうだけでも十分だった。

 

 やがて、祈りの列が終わり緑の火の粉がすっかり消え去ると、やおら陽気な太鼓のリズムが広場にとどろいた。

 太鼓をたたいているのはいかにもいった風貌の樹下の民の男で、その獣人めいた風貌も手伝ってまるで熊がそのまま太鼓をたたいているように見える。

 

 リズムにのって、皆が思い思いに身体を動かしはじめる。やがて、それに笛の音が重なり陽気なダンスの輪となって炎を取り囲んでいった。

 

 ほっこりした気分でそれを眺めていると、ついっと目の前に木を削り出して作られたカップが突き出された。

 見れば、カミラが申し訳なさそうな顔つきでシズクのそばに立っている。


「戦士殿」

「あー、そんな顔しないでください。俺は別に気にしてませんから」

 

 マグカップを受け取りながら、木にもたれかかる。

 

「しかし……たびの討伐の最大の功労者だというのに」

「最大の功労者はあの2人じゃないですか?」

 

 そういうシズクの視線の先には軽快にステップを踏むキーヴァとエイリンの姿があった。金と黒の髪が炎に照らし出され、曲に合わせて揺れている。

 そんな2人を大人たちが笑いながらさらにはやしたてあおるように、さらに曲のスピードを上げていく。

 キーヴァは何となく想像がつくが、どちらかというとこうった雰囲気が苦手そうなエイリンがむしろキーヴァをリードしているのは少し意外な光景だった。

 

「意外といですね」

「そうですね。エイリンの祖母殿はさいつかさどる一族の出と聞いています。おそらく、その樹寵クラングラールを彼女も受け継いでいるのでしょう」

 

 なるほど。そういう血統で引き継がれるスキル、というのもあるのか。

 彼女たちの言うところの樹寵クラングラール、シズクの感覚ではスキルになるのだが思ったよりも随分と複雑な流れがあるらしい。

 

「ところで……戦士殿は異世界から招かれたということですが」

 

 マグカップに口をつけながらカミラが思い出したようにそう聞いてきた。

 

「ええ。まあ、異世界……なのかな?」

 

 トゥーンがどこに位置しているのか、ということはシズクは知らされていない。

 わかりやすく異世界などと言っているが実際にはシズクと同じ宇宙のどこかなのかもしれないし、まったく違うのかもしれない。

 

「その、やはり戻られるおつもりですか?」

「はい。まあ、あとどれぐらい先かはわかりませんが」

 

 最低でも5年間。おそらくはその10倍以上の期間、シズクはこの世界に拘束されることになる。だが、それでも地球では、せいぜい1年と言ったところらしいのだが。

 

 帰って、果たして自分はしずくに何を問うのだろうか。

 

 今は怒りよりも困惑が大きい。だが、この世界で数年を過ごす内にその気持ちがどう変わるかシズクには予想も出来なかった。

 

 カミラはそんなシズクの横顔を見つめながら、少し残念そうな顔になる。

 

「そうですか……出来れば、残っていただければなどと思っていたのですが」

「俺が? ですか?」

 

 思いもかけないカミラの言葉に飲みかけていたカップの動きが止まる。

 

「はい。戦士殿のような……とくに殿方で《竜骸ドラガクロム》をあれほどまでに操れる方は貴重です。もし、残っていただけるのでしたら、きっとジャーガも粗略には扱ったりはしないでしょう」

 

 まっすぐにシズクを見つめるカミラの瞳には冗談や思いつきといった色はまったく含まれていなかった。

 

「それは……なんと言って良いのか……光栄です」

 

 そんな選択肢は考えたこともなかった。

 そもそも、残ることが可能なのだということさえも想像だにしていない。何しろ、この身体はシズクの本来の身体とまったく同一ではあるもののやはり仮の身体にすぎないのだ。


 カミラの真剣なまなざしを見て、シズクはあらためて新しく降ってわいて出た可能性について自分なりに考えてみた。

 もしも、1度地球に帰還して、再びこの世界に来ることが出来るなら……1つの選択肢としてはあっても良いだろう。

 だが、しずくからの答えを得ること無く、この世界にとどまるというのは無理そうだった。

 おそらく、それをすれば後悔に身をくことが手に取るようにわかる。


 申し訳なさそうなシズクの返事にカミラは寂しそうな笑顔で、ゆっくりと頭を振ってみせた。


「いえ、良いのです。無理を言っているのは私の方なのですから。ただ、お嬢様の性格を考えますと――戦士殿のような殿方がいて下されれば心強い。そう思ったものですから」

「いや、まあ……確かにセレスはなんていうか、結構過激というか……脳筋だとは思いますけど、そんなに捨てたもんでもないんじゃないかなと」

「そうですか。それを聞いて少し安心いたしました」

 

 それにセレスティーナに限らず、基本的に《竜骸ドラガクロム》を駆る騎士たちは基本的に脳筋というか武断主義な気がする。特にマリア副長などは漢と書いて男と読むというのがぴったりの性格だ。


「ただ、少しお心に留めおいていただければ幸いです。どうにも私たちからみれば、頼りない殿方が多いというもまた確かなので」

「殿方……そういえば、こっちの騎士ってみんな女の人ばかりですよね? 理由とかあるんですか?」

 

 それはセレスティーナの元に配属されてから、ずっと気になっていたことだった。

 

 何しろ男の《竜骸ドラガクロム》乗りというものをいまだに1人も見ていない。

 男がいないということが無いのは初めて訪れた街でも明らかだし、何よりもセレスティーナが苦手としているさまは立派な男性だ。

 

 女性しか《竜骸ドラガクロム》に乗れない……などということが無いのはシズク自身が証明しているし、トールやハルクのように地球人組は7割方が男だからまず考えにくい。

 何か社会的ないわくでもあるのだろうかとずっと気になっていた。

 

 カミラはそんなシズクの疑問に対して、不意を突かれたような表情の後、なぜか心なしか顔を赤らめてつぃっとシズクから目をらしてしまう。

 

「その……戦士殿の世界には樹寵クラングラールが確か存在しないのですよね?」

「ええ。まあ、無いですね」

「では、男が戦うというのは自然なのかもしれませんね。ですが私たちはその――樹寵クラングラールによって《竜骸ドラガクロム》を操るのです」

 

 そのことはよく知っている。

 むしろ依存症なのではないかと心配になるぐらい、彼女たち結晶人はスキルに依存している。

 ああして踊っているエイリンやキーヴァにしても、その技術をスキルで得ているぐらいなのだから。

 

「そして、その樹寵クラングラールの恩恵は男よりも女の方が余裕があるのです。ですので、その分だけ騎技ドラガグラスタを多く深く得ることが可能です」

「え? 男女差があるんですか?」

 

 それは想像もしていない答えだった。

 

「はい。その……基本的にはさほどの差はないのですが……その」

 

 カミラが言いづらそうにしていると、いきなり後ろからぺしんと後頭部をはたかれる。

 

「……セレス?」

者。お前は何をはしたないことを聞いているのだ」

 

 いつの間に近づいてきていたのか、セレスティーナがシズクの背後からにらみつけている。その顔つきは心なしか紅潮しているように見えた。

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