第34話 そこにある、景色 -後編-

 季節的にはおそらく、秋ぐらいなのではないかと思うのだがラルキンの言うように白詰草に似た愛らしい花が満開に咲いている。

 

「この花で輪っかを作るんです」

「花輪か」

「はい」


 うなずきながら、慣れた手つきでラルキンはあっという間に彼女の胴体がすっぽりとくぐけられるほどの大きな花輪を作って見せた。

 おそらくは毎日のように墓に詣でているうちに身についた技術なのだろう。

 結晶人であるにも関わらず、彼女がシズクたちの感覚で言うところスキルを使っているようには見えなかった。

 

 そんなラルキンのをしながら、見よう見まねで花を編む。半分ほどまで編み上げたあたりで視界の隅にぴょこんとシンボルマークが示された。

 

(……こんなのにまで経験値が入るのかよ)

 

 シンボルを開いて見るまでも無い。

 

 S・A・Sスキル・アシスト・システムがシズクの手の動きを学習して、スキルとして最適化させたに違いなかった。

 さすがに死者へのささげ物でスキルに頼る気にはなれない。なんとか自力で編み上げると多少不格好だが、ラルキンに大きさだけは負けない花輪が出来上がった。

 

 花輪を壊さないように、ゆっくりと墓まで移動する。

 

 騎士の墓石は以前見た時とは違い、今はぎっしりと花で埋め尽くされていた。

 

 アピスたちが駆除されることで、騎士たちへの扱いというか接し方が決まったのだろう。そう思うと何となく安心した気持ちになれた。

 

 その墓の前で、彼女に会うまでは。


 そこにいたのは、あの時にラルキンと共に祈りをささげていた樹下の民の少女だった。

 あの時と同じように墓に向かって、ひざまずいて祈りをささげている。

 たしか、ニムと言う名前だったか。

 そんな彼女の姿をみて、ラルキンの表情が軽くこわばった。

 

「戦士様。ちょっと時間をずらしませんか?」

 

 そして、小声ではばかるようにそっとささやく。

 

「どうして?」

「それはその……」

 

 そんなやり取りにニムが気がつかないはずもなく、祈りもそこそこにすっと立ち上がって振り向いた。

 そこにいたのは、あの時の気弱げな少女では無かった。

 その瞳には涙が浮かび、歯をギュッと食いしばっている。

 

「………………」

「ニ、ニム? あのね?」

「ラルキンは黙ってて」

 

 何かを押し殺すような、そんな声だった。

 

「どうして……」

 

 ぐっと握りしめた拳から白い花の花弁がこぼれ落ちる。花輪を引きちぎらんばかりに握りしめた少女は涙声でじっとシズクをにらみ付けていた。

 

「どうして、そんなに強いのに……そんなに強いのに……もっと、早く来てくれなかったんですか……?」

「あ……ニム……やめようよ、ね?」

 

 慌ててニムを取りなそうとラルキンがかけよるが、ニムはそんな彼女を黙ったまま押しのけた。

 

「どうして! どうして、どうして、みんな死んじゃってから来るんですか! 戦士様が、戦士様たちがもっと早く来てたら……きっと、死ななかったのに!」

「ニム! 戦士様に謝りなよ!」

 

 さすがにニムの言葉を聞きとがめたラルキンが声を荒らげる。

 少女の言葉が理不尽だ、ということにはさすがに言い訳の余地はないと彼女なりに思ったのだろう。

 確かに被害が出て初めて、キーヴァとエイリンの2人が助けを求めたわけだから、ニムの言い分はシズクにとってはいかんともしがたい理不尽なものであることには間違いない。

 

 だが、その一方で彼女の言い分を言下に否定する気にはシズクにはなれなかった。

 

「あ、その……」

 

 だが、そのおもいをうまく言葉には出来なかった。

 ゴメンと言ってしまうのは何か違う気がしたし、それは違うとも言いたくなかった。

 涙を堪えたニムが走り去るのをどうしようもなく見送りながら、改めて墓に向き直り花輪をささげる。

 

 祈る言葉は知らないので、ただ目を閉じてもくとうした。

 あの時と同じように。

 

 ただ、今回は死者の魂と同調することはない。そのために必要な魂結晶はここにはないし、もはやその必要も無いことだった。

 

 だから、じっとアピスの脅威が去ったことだけを報告する。

 そうすると、死んでしまった騎士と同調した時の記憶がまざまざとよみがえってきた。モノクロの世界とただ一色の赤。その視界の片隅にいたのは確かに、あのニムという名の少女の姿だった。

 

(……そうか。貴女あなたがあの子を助けたんですね)

 

 そのことを胸にしまい込んで、ゆっくりと目を開く。

 

 その時のことだった。

 

 シズクの目に鮮やかな緑が飛び込んできたのは。

 それまで、どこかぼやけていたような印象だった景色が、すべてはっきりと焦点を結んでいる。

 むろん、実際に見える景色が変化したわけではない。

 

 シズクにとってのこの世界、トゥーンの意味が変わったのだった。

 

 まぶしい緑。冷たい空気。少し土臭いコケの匂い。

 そして、花輪から漂う、名前の知らない花の香り。

 

すべてに驚きを感じながら、シズクは再び墓に向かって、ゆっくりと頭を下げた。

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