第32話 決戦 後編

(——あれが女王か?)


 赤目赤翅の背後に食らいつきながら、視界の片隅にチラリと見覚えの無いアピスの姿が垣間見える。巨大な、という表現でもまだ足りない。樹壁にもたれかかるようにへたり込んだその姿だけでも20m近くはあるだろう。


 屹立すれば、果たしてどれほどの巨体を誇るのか。


 しかし、もはや頽れたその姿に生きているもの特有の気配は感じられない。

 ただ、その奥に別の殺意のようなものを感じる。

 雫PGの示すとおり、おそらくはその殺意の主こそが真の女王に違いない。

 

 そんなシズクの考えを断ち切るように、警報音が鋭く響く。

 赤目赤翅がセレスティーナとカミラへの攻撃を断念し、再びシズクと対峙することを決めたらしい。傷ついた翅を鋭く制御して、速度と進行方向はそのままに反転し、その赤い複眼をシズクに向ける。


 キチキキチキチキチキチキ――と顎が鳴り、ふっと姿がかき消えた。


 まるで流星の尾のように雫PGが赤目赤翅の動きをトレース、その現在位置をシズクに伝える。《竜骸(ドラガクロム)》の左下方。翅を使いエアブレーキのようにして急減速することで、シズクの《竜骸(ドラガクロム)》にオーバーシュートさせていた。


(しまっ……)


 言葉で考えるよりも先にS・A・S(スキル・アシスト・システム)がシズクの意思に先んじて、防御システムを起動。

 斥力の盾を《竜骸(ドラガクロム)》の下半身に集中させて、赤目赤翅の攻撃に備える。

 同時に左手の中に新たな斥力場を生成。その反発を利用しての斥力場ターン。

 急激な加速Gの変化にS・A・S(スキル・アシスト・システム)による制御支援が追いつかず、視界が真っ赤に染まる。レッドアウト。


 赤目赤翅の顎が《竜骸(ドラガクロム)》の纏った斥力の盾をかすめ、青白い光を散らす。

 高速でのすれ違いから、シズクは《竜骸(ドラガクロム)》をさらにターン。左腕部に生成した斥力の刃で赤目赤翅の翅の付け根に斬り付けた。


 擦ったと思った瞬間、赤目赤翅はその姿勢のまま、後方へと跳ねるようにバックステップ。くびれた腹部がくぃっとシズクに向けられ、鋭く尖った針を乱れ撃つ。


 その数、5発。


 3発は斥力の盾が逸らしたが、2発が《竜骸(ドラガクロム)》の装甲を削り取った。


 左脚部と同じく左の肩部。

 ドリルか何かでえぐり取ったかのような、綺麗な円形の穴が空く。


「くっそ!」


 ほんの一瞬前までは優勢に戦っていたはずなのに、一瞬で攻守が逆転していた。

 雫PGのダメージコントロールが起動。速やかにダメージを評価。


 左肩部、軽微。操作に支障なし。

 左脚部、中破。不要な装甲のパージを推奨。


 即座に破損しただの重りに成り果てた装甲を切り離す。代替として、すぐさま雫PGが斥力場を個別に展開して喪われた装甲を補い――その代償として、《竜骸(ドラガクロム)》全体を覆う斥力場の防御力が低下する。


 修復は雫PGに任せて、シズクは赤目赤翅に引き離されぬように執拗に距離を保ったまま、斥力の刃の届く距離を保ち続ける。

 マリア副長との模擬戦で習得し、その後もセレスティーナとの模擬戦を通じて磨き続けてきた斥力場を駆使した複雑なターンをもって赤目赤翅の隙を伺い、刃を振るう。


 最初は躱されていた刃が徐々に赤目赤翅に肉薄していく。


 一撃目よりも二撃目、二撃目よりもその次の斬撃が赤目赤翅の行動の自由を制限し、追いつめる。

 つかず離れずの距離を維持したまま、吹き抜けの空洞の中を赤と青の光がもつれ合いながら複雑な軌跡を描く。


 


「……あんな動きが可能というのですか」


 カミラは美しいというには不吉な戦いをじっと見つめながら、我知らずつぶやいていた。あれほど細やかな動きが《竜骸(ドラガクロム)》に出来るということそのものが、信じがたい。

 それはカミラの知る、どの《竜骸(ドラガクロム)》の動きとも異なっていた。

 一瞬の静止も無く、青い光が繋ぐように優美な曲線を描きながら赤い光に纏わり付く。巨大な世界樹とはいえ、広大な空では無いのだ。

 ともすれば樹壁に激突する危険があるにもかかわらず、2つの光はギリギリの空間を縦横に使って互いに有利な位置を占めようとしている。


「異世界人はみな、あのような戦い方が出来るというの……ですか?」


 カミラの問いにセレスティーナが答える。その声にはどこか苦笑めいた響きがあった。


『あれはシズクにしか、無理だ』

「お嬢様にでも、ですか?」

『ああ。私にもだ』


 私、という言葉の中に込められた意味を察してカミラは思わず息を飲んだ。

 氏族はおろか、おそらくはこの世界でも屈指の騎技(ドラガグラスタ)を誇る、セレスティーナの胸に宿る偉大なる祖。その祖の樹寵(クラングラール)をもってしても、シズクが見せているような動きは不可能だと、そうセレスティーナは言っているのだ。


「それほどの……」


 それほどの騎技(ドラガグラスタ)をシズクは駆使して、赤目赤翅と対等――いや、対等以上に戦っている。

 カミラの感嘆の念を感じ取ったのか、セレスティーナが少し拗ねたような声で説明を付け加えてきた。


『カミラ。1つ言っておくがな。あの動きはシズク1人の実力では無いからな。異世界の技術だか何かがあってこそだ――私と共に祖があるように、シズクにも誰かがいるらしい』

「なるほど。誰か、ですか」

『もう1つ言っておくと、だ。シズクがあそこまであの騎技(ドラガグラスタ)を使いこなせるようになったのは……私と共に磨き上げたからでもあるのだからな』


 はたしてセレスティーナが対抗心を見せているのは誰なのか。シズクに対してか、彼の技術を支えている異世界の誰かか。

 今までに見せたことのないセレスティーナの態度に驚きを覚えずにはいられない。


 だが、それにしても……よく食らいついている。

 赤目赤翅が傷つき、さらにこの狭い空間ゆえにその機動性を十全に発揮することは出来ないとはいえ、元々の動きの質や反応速度を考えれば、そもそも《竜骸(ドラガクロム)》で格闘線を挑めるような相手ではないのだ。


 そのことを思えば、致命傷を与えられないとは言え互角の機動性を見せているだけでも十分に驚嘆に値する。


『妙だ……な』


 だが、共にシズクの戦いを見ていたセレスティーナはカミラとは違う感想を持ったらしかった。怪訝そうな声でシズクの戦いを見つめている。


「と言いますと?」

『いや……動きが偏っている気がな』

「偏る?」


 確かに先ほどもまでは巣室の空間を余すこと無く使っていたシズクの《竜骸(ドラガクロム)》と赤目赤翅の動きに偏りが生じていた。ほんの僅かではあるが、その中心が奥へとずれ込んでいる。

 必然的に壁面に接近する回数が増え、その分だけシズクの《竜骸(ドラガクロム)》にかかる負担も増しているように見える。


「確かに……まるでうまく誘導されているようにも見えます」

『誘導……だが、奥に一体何が……女王か!』


 慌てたような声と共にセレスティーナの《竜骸(ドラガクロム)》が急激に出力を上昇するのがわかった。残された少ないリソースを振り絞って、セレスティーナの《竜骸(ドラガクロム)》が宙空に浮き上がる。


「お嬢様!? まさか! 無茶です!」

『させるものか!』


 カミラの制止の声も聞かず、セレスティーナの《竜骸(ドラガクロム)》が猛然と女王に向かって加速を開始。常らならば自動的に展開されるはずの斥力の盾は——無い。

 あれでは攻撃を食らうどころか、擦っただけでもセレスティーナの命が危険だ。


 思わず後を追いかけようとするも、カミラの《竜骸(ドラガクロム)》はその想いに応えることが出来なかった。空しく伸びた腕だけが虚空を掴む。

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