第32話 決戦 前編

 16回。


 赤目赤翅の攻撃を弾いた斥力場の盾が放つ青白い輝きが、巣室をほのかに照らし出す。

 そして、一瞬の光が消えた後には赤目赤翅の不気味な赤い複眼だけが闇の中に浮かび、また闇の中に溶け込んでいく。


 そして、17回目の青と赤。


 あと、幾たび、この輝きが持つだろうか。


 カミラはじっと沸き上がる衝動を堪えながら、ひたすら斥力場の盾の維持に全精力を注いでいた。

 自身と主であるセレスティーナの命を守る以外に不要な部分――腕部や脚部の末端への防御は捨てている。


 それでも《竜骸ドラガクロム》に残された力は多くは無い。

 もって、あと数度。それで必要最小限まで絞った斥力の盾も消失してしまうだろう。

 女王を見失い、シズク抜きで赤目赤翅と対峙した時点で本来ならば撤退してしかるべき状況だった。

 動けないカミラを囮にしてでも、まだ高機動が可能なセレスティーナだけでも戦場から離脱すれば民を導いて安全圏まで逃れることも可能かも知れない。

 ここまで巣が荒らされていては、すぐにアピスも民を追うことは不可能だろう。まずは巣の再建を真っ先に始めるはずだ。

 だが、この期に及んでも主であるセレスティーナは未だ、戦うことを放棄するつもりはないらしかった。

 すでに出来ることは何も残っていないというにも関わらず、何かの機会をじっと探っている。


 18回目の輝き。

 残された時間は少ない。

 

 今が最期の機会だろう。セレスティーナだけでも戦場から離脱してもらう。

 むろん、その瞬間を赤目赤翅に狙われれば2人とも命は無い。

 危険な賭になる。


 だが、このままではいずれ力尽きて行き着く先は同じことだ。


 それならば、まだ賭ける余力のあるうちに――


 そうカミラが考えた時、不意にセレスティーナのつぶやきが沈思の中に飛び込んできた。


『やっと見つけたぞ……心配させるんじゃない、莫迦者』


 嬉しそうな安心したような、カミラの聞いたことの無いセレスティーナの声。


「お嬢様?」


 見つけた? 何を? そう、問いかけようとした時、カミラの《竜骸ドラガクロム》にも小さなアラートのチャイムが鳴った。

 友軍機からのコールサイン。

 セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》の異世界人の手によって改装されたシステムが自動的にサインを識別。求められた情報の共有を開始。

 カミラの《竜骸ドラガクロム》にも中継される。


 それは見まごうこと無き、セレスティーナのただ1人の部下……いや、ただ1人の戦友である異世界人の《竜骸ドラガクロム》からの信号だった。


 カミラの知る《竜骸ドラガクロム》とはまるで異なる思想で組み上げられた、シズクという名の戦士の《竜骸ドラガクロム》から様々な情報が流れ込んでくる。


 巣室の構造。赤目赤翅の取り得る動き、その攻撃力と危険性。

 そして――女王の位置。

 女王とおぼしきアピスはカミラ達のちょうど反対側に存在しているようだった。

 反応が恐ろしく小さいのは崩落で軽くは無いダメージを負ったせいだろう。

 つまり、赤目赤翅さえ倒せば女王はもはや裸同然だ。


『カミラ。シズクを援護する』


 セレスティーナの落ち着いた声。

 すでに戦う力など残されていないというのに。


 自分よりもずっと年若い少女はいつの間にか、歴戦の指揮官の貫禄を備えていた。何がそうさせたのか。

 考えるまでも無い。あの、異世界人の少年の存在がそうさせたに違いない。


 その信頼すべき戦友を支援する。

 だが、どうやって?


 その疑問はセレスティーナから送られてきた、作戦計画で氷解した。


「残された武器で女王を撃つ……ですか」

『当てなくてもいい。撃てば赤目赤翅に必ず隙が出来るはずだ』 


 赤目赤翅の目的が女王を守ることであるならば、確かにその攻撃は陽動としては有効だろう。

 だが、今のカミラの《竜骸ドラガクロム》にはセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》と合わせて2機の《竜骸ドラガクロム》を守る盾を維持しつつ、光学兵装まで起動させるだけの力が残されていない。


 だが、セレスティーナの答えはあっけらかんとしたものだった。


『私の防御は後回しで構わん』

「そんなっ……危険すぎます!」

『大丈夫だ。次の赤目赤翅からの攻撃は無い』


 何かを確信しているかのようなセレスティーナの声。


「どうして、そこまで戦士殿のことを信用出来るのですか?」


 シズクの腕が良いのは理解出来る。

 自分では手も足も出なかった赤目赤翅と対峙して、生き残って見せたのだから。だが、だからといってセレスティーナほどの楽観するだけの信頼感はさすがに無い。


『シズクに出来ること、出来ないことは私が一番よく知っている』


 セレスティーナの声に迷いは感じられない。

 ならば――自分が迷うべきこともない。

 カミラはセレスティーナから送られてきた計画に従い、反撃に出るべく準備を整え始めた。赤目赤翅に気取られないように静かに確実に。


 †


 セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》から送られてきたのは支援のためのプランだった。

 こちらの射撃に合わせてちょうどカミラとセレスティーナの反対側に位置する女王へ威嚇射撃を実施する。

 ほぼ同じタイミングで攻撃を行えば、赤目赤翅は自身の防御を優先するべきか女王を守ることを優先するべきかで判断に迷いが出る。


 その隙をつく、というのが雫PGが新たに導き出した作戦だった。


 このプランが理想的に実行された場合、赤目赤翅の行動予測はたった2つにまで絞られる。自身の回避を優先するか、女王の防御を優先するか。


 そのどちらであっても、シズクの現在位置からは赤目赤翅を完全に捕捉することが可能だ。そこから後は互いの女王を護り合っての巴戦になる。


 射撃のタイミングはシグナルをカミラに送信後、ピッタリ3秒後。


 カミラとシズクがそのタイミングにピッタリ合わせられるか否か、それは賭けになる。

 ほんの少しでも射撃のタイミングがズレれば赤目赤翅は、その化物じみた反応速度で両方の攻撃に対応するだろうと雫PGは予測していた。


 そうなれば、一方的に嬲られるカミラとセレスティーナを護りながらの戦いを強いられることは確実でつまり勝ち目はほとんど無い。


 祈るような気持ちで、シグナルを送信。



 1つ。


 2つ。


 3つ。


 発射。


 自身の放った射撃の結果も見ずに、シズクは《竜骸ドラガクロム》を降り積もった瓦礫の陰から飛び出させた。


 何も考えずに最短距離で赤目赤翅の背後に迫る。


 赤目赤翅は背後からのシズクの射撃に反応するより先に、同じタイミングで真っ正面から放たれたカミラの光学兵装に反応した。


信じがたい反応速度でもって、カミラの《竜骸ドラガクロム》が光学兵装を放つよりも先に、射線に沿うように針を飛ばす。カミラの放った光線は女王に到達する前に、赤目赤翅の放った針に命中。針は破壊したものの、女王には届かない。


 その直後、シズクからの攻撃が赤目赤翅の背後から襲いかかった。

 針を放った直後の硬直から脱しきることが出来ずに、僅かに反応が遅れ回避に失敗。赤目赤翅の翅の一枚が消し飛んだ。


ほぼ同時に狙い澄まして放たれた攻撃に赤目赤翅は、ほんのわずかな逡巡のあとにシズクでは無くセレスティーナとカミラを目標に定めて姿勢を立て直す。

 

「行かせるかよ!」


 雫PGが予測した通りの赤目赤翅の行動に、シズクは雄叫びを上げながら《竜骸ドラガクロム》を駆り、その背後に食らいついた。


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