第33話 比翼 前編

(……何を考えてやがる?)


 赤目赤翅との戦いの中、シズクは赤目赤翅の取る奇妙な行動??というよりも、一種の制限に首をかしげていた。

 決して広いとは言えない中で、懸命に赤目赤翅の動きに追随し青白い輝きを纏う斥力の刃を振るう。


 が、躱される。


 その一瞬の隙にシズクから距離をとって優位な位置を占められるはずなのに……なぜか、そういった動きが無い。

 確かに巣室の広さは限られており、水平方向に進んでもさして距離は稼げない。だから、常に円を描くようにして最高の速度で最大の距離になるような軌道を選ぶ。


 これは理解出来る。

 

 だが、なぜか高度を取ろうとしないのだ。

 世界樹の内部は大規模な崩落のために、ぽっかりとした吹き抜けになっている。

 この吹き抜けの縦方向を使えば、もっとシズクを苦しめる戦いが出来るはずなのにそうする気配が無い。

 赤目赤翅が昆虫の類とは思えないほどに並外れた知的能力を持っていることはわかっている。それだけにワザと自分の動きに枷をつけるような戦い方が不気味だった。


 ぐんっと目の前に世界樹の壁面が迫る。

 その行き止まりに衝突する、ほんの直前で赤目赤翅が一切の予備動作無く目の前からかき消える。

 かすかに尾を引いた赤光の導く先は下方。

 シズクも後を追うように下方に向け、速度を殺さずにターンをかける。

 が、赤目赤翅のように直角に移動というわけにはさすがにいかない。

 軽く膨らんだ軌道によって、樹壁とわずかに接触。青白い火花を散らす。


「つぅ!」


 斥力の盾のおかげで《竜骸ドラガクロム》にはダメージは無い。が、その衝撃は《竜骸ドラガクロム》を纏っているシズクの生身の部分に少なくない衝撃を与えていた。

 すでに《竜骸ドラガクロム》がもともと保有している、こうした衝撃を緩和するキャンセラーの許容限界はとっくに超えている。


 目の前が暗くなるような痛みを噛みしめながら、下方に位置している赤目赤翅を見る。すでに迎撃態勢を整えた赤目赤翅は高速でダイブするシズクの《竜骸ドラガクロム》を真っ正面から食いちぎろうと、急上昇。


 身体を捻り、《竜骸ドラガクロム》に螺旋系のエネルギーを追加。

 バレルロールダイブの形で赤目赤翅の攻撃を躱す。

 躱したと思ったら、すぐ目の前には酸と残骸に塗れた樹床が迫っていた。床と水平方向に斥力場を張り、それを足場にして再度赤目赤翅を追撃する。


(……また、だ)


 そのまま、上昇して距離をとれば優位な位置を占有できるはずなのに赤目赤翅はまたもや中途半端な高度でシズクを待ち構えていた。

 再度の交錯。そして、上下を違えての追撃戦。


 動きこそ激しいものの、似たような瞬間の繰り返し。

 それ故にこそというべきか、シズクの意識は単調な攻撃と回避をいかに効率的に行うかということだけに染められていく。


 そして、ついにその瞬間が訪れた。


 シズクが赤目赤翅の攻撃を躱して、追撃に入ろうとする刹那??赤目赤翅の動きがそれまでとはまったく違う動きに変じた。


 これまではつねにシズクから一定の距離を取り、そのわずかな距離を加速に使って一瞬の交差でシズクに薄紙のようなダメージを蓄積させていく……という戦法をとっていた赤目赤翅であり、てっきり今回も同じだとシズクは無意識に決めつけていた。


 巨大な顎が音を鳴らしながら、間近に迫る。身を捻って躱そうとしたわずかな隙。その隙を逃すこと無く、赤目赤翅はシズクの《竜骸ドラガクロム》に六本の鋭利な脚でもって絡みついてきたのだ。


「なっ!」


 予想だにしない突然の加重に《竜骸ドラガクロム》が何かに弾かれたように空中を跳ね回る。完全に制御を失った《竜骸ドラガクロム》の進む先にあるのは巨大なアピスの亡骸??いや、抜け殻だった。


 抜け殻の奥から悍ましいまでの殺気が膨れ上がる。骸の奥に潜む女王の気配。

 今の今まで忘却していたのは、油断と言うほかなかった。


 誘いこまれた。


 そう理解した時点で、すでに手遅れだった。

 単調な攻撃はシズクの警戒心を偏らせるため。

 常に高度を維持していたのは女王の前にシズクを引きずり出すため。

 そして、両者の機が整った瞬間に女王にシズクを討たせるため。


 まるで事前に打ち合わせをしていたかのような連携攻撃。

 気がついた時にはすでに遅い。

 回避しようにも、赤目赤翅ががっしりと絡みついてシズクの自由を完全に封じている。あとは女王の狙い澄ました一撃が放たれるのを待つだけ??


 甲高い警戒アラートが鳴り響く。

 まるで時間が粘り気を帯びたかのようにねっとりと流れる中、骸の中から女王の放った一撃が。巨大な槍のごとき針がシズクを串刺しにせんと近づいていた。



(間に合うか!?)


 カミラの制止を振り切って飛び出したセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》は巣室の奥に潜む女王の骸??正確には女王の纏っていた別種のアピス死骸に向かって突進していた。


 間違いなく、あの女王はまだ力を残しており、その狙い澄ました一撃をシズクに向けて解き放つに違いない。

 シズクは完全に赤目赤翅との死闘に気を取られていて、自分が巧みにその射界へと誘導されていることに気がついていない。


「ちっ!」


 巣室のほぼ中央に達したところで、シズクの《竜骸ドラガクロム》が赤目赤翅に絡め取られ動きを封じられる。制御を失ったシズクの《竜骸ドラガクロム》が女王に決定的な隙を見せる。

 骸の中の殺気が膨れ上がる。

 もはや、女王を直接止めるのは不可能だった。

 どれだけ加速しても、セレスティーナが女王の元にたどり着いたころには女王の攻撃は完了してしまっている。


(今の私に出来る……か?)


 一瞬の逡巡の後、融合を経ること無く樹寵クラングラールから祖の騎技ドラガグラスタ――の呼び出しを決意する。

 意識を集中し、あの祖と一体となった時の感覚を身のうちに呼び覚ます。


 時間がゆっくりと流れ始める。視界から色の抜け落ちる、集中力の極限の状態に自身が遷移したことを自覚する。

 それと対照的に、それまでは使えなかった祖の騎技ドラガグラスタが色鮮やかにセレスティーナの脳裏に映しだされていく。その名と同時にそのイメージまでもが。

 まるで自分がもう1人増えたかのような不思議な感覚。

 それまでは纏い操るだけだった《竜骸ドラガクロム》までもが自身の身体そのものになったかのような一体感。


 もはや、可能かどうかは気にならなかったか。

 問題は最高の騎技ドラガグラスタを使っても、果たして間に合うかどうかだけ。


 灰色の視界の中、女王が骸の内側より槍を打ち出す。

 今まで見たどの槍よりも鋭く速い。

 文字通り、女王の最後の切り札に違いない。


 シズクの《竜骸ドラガクロム》と槍を結ぶ銀色のライン。このラインに割り込み槍を迎撃する。

 そのために使うべき騎技ドラガグラスタはただ一つ。


 シズクとマリア副長の模擬戦で見せた、あの騎技ドラガグラスタ以外に無い。


 静かに確実に騎技ドラガグラスタの名を口の端にのぼせる。思考が未来に飛び、後から身体と事実が追いつくような不思議な感覚。


――縮退空アーガス・スバース・ファン・グラフ


 それが祖の編み出した、技の名前だった。


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