第20話 想定外の円舞曲 -後編-
「さて、出撃だ」
「了解」
「笑顔だぞ、笑顔」
音楽に乗りながらシズクはセレスティーナの手をとって、最初の戦場となるホールへと躍り出た。
こうした、特定の客を招いての小規模な夜会の場合では一人一人が顔見せ的に踊りながら入場するのが習わしになっている。というのが礼儀作法の講義で真っ先に教わったことだった。
まず、入場するとまっすぐにホールの真ん中まで進む。
そこでクルッと半回転して男女の左右を入れ替えて、入口近くまで戻ると、左周りにホールを一周して入口まで戻る。
こうして、ホールを取り囲む貴賓席に顔見せを行い、最後にまっすぐに階段の一番上に陣取る主催者――今回はジャーガだが、そこまで進んで挨拶を行い自分の席へ移動して、任務完了。
とまあ、手順だけを書き出すと、これだけのことになる。
時間にして5分もかからないはずだったのだが――
「……マズイことになった。ジャーガがいない」
2人でゆったりとしたスローな歩調でホールを歩んでいると、不意にセレスティーナがシズクにだけ聞こえるように呟いた。
視線だけでセレスティーナが指し示すと、確かに最上階の貴賓席にあるべき姿が無い。豪奢な椅子は空っぽのままだった。
「え? じゃあ、中止か?」
「いや。音楽が変わっていないからな。中止では無い。何か理由があって中座されたか、それとも単に遅れているのか」
「なら、このままで?」
「それもマズイ。予定していた通りに進めば、下手をすると相手もいないのに礼をするという大間抜けなことになる」
軽やかにホールの中央でセレスティーナを抱きかかえて半回転しながら、シズクは笑顔を凍り付かせた。こんなアクシデントは全く想定していない。
「いいぞ。笑顔だ。動揺だけは禁物だぞ。余裕だ余裕」
「無茶ぶりはいいから、指示をくれ。いやください、指揮官殿」
「時間を稼ぐ。それしかない。組み上げた技芸の組合せは白紙にして、ぶっつけで組みなおすぞ」
小声でこそこそと話ながら、少しでも時間を稼ぐために本来ならまっすぐ歩くべきところに、複雑なステップを混ぜ込みながらセレスティーナはさらにささやいた。
必死にセレスティーナの動きについて行きながら、思わず小声で言い返す。
「ぶっつけでって、どう組めばいいんだよ!」
この時のために、あらかじめ使うべきスキルはすべてあらかじめセットしてあった。あとは間違えずにスキルを起動させれば完走という手はずがもろくも崩れ去る。
こういう時にスキルに頼っていると、応用力の無さ、つまり地力の無さがもろに露呈する。まさに今のシズクがそうだった。
「とにかく、最上位の儀礼と中位の儀礼を3:2ぐらいの比率で適当に組み合わせろ。あとは私の方で合わせる」
クルリと手をつなぎながら軽やかにターンを決める。
動きそのものはスキルで勝手に身体が動くから出来る密談だった。自分の力で踊りながらではとても無理だろう。少なくともシズクには絶対に無理だ。
「わかった。とりあえず、やってみる」
「うむ。それにしても……模擬戦といい、試技会といい、今日といい、シズクといるだけで予想外のことばかりが起こるな」
「……模擬戦はともかく、あとは俺は関係無いと思うが」
内心では憮然としながらも、笑顔は絶やさないように頑張って顔の筋肉を制御する。こればかりはさすがにスキルには存在しないので自分で何とかするしかない。
予定よりも遙かに時間をかけながら、ゆっくりとホールを巡る。
複雑なステップを駆使しての軽やかなスキップから、軽くつま先立ちでジャンプ。セレスティーナを抱え込みながら、ゆっくりと着地。ここで深くお辞儀をして時間を稼ぐ。
そこまでして時間をかけているのにも関わらず、一向に最上席に座るべき人物が現れる気配は見られない。
もうすぐ半周というところで、セレスティーナがシズクに新たな指示を出した。
パートナーをリフトしたままジャンプして、さらに天高くに投げ放つという大技中の大技だ。そんなもの出来るか、と思うが上官からの強制スキル介入で無理矢理身体が動き出して、筋肉だの関節だのが悲鳴をあげる。
「お、おい。セレス!」
「すまんが踏ん張ってくれ。少し上の様子を確認したいのだ」
セレスティーナの腰を掴んでリフトからの大ジャンプ。そこからさらに大きく頭上に再リフト。シズクの腕を踏み台にセレスティーナが大きく宙を舞い、楽団が合わせたように盛り上げる。
そのまま、落下してきたセレスティーナを必死に受けとめたところで、ギャラリーから歓声が巻き起こった。が、肝心のセレスティーナの雰囲気が渋い。
「っつう……で、どうだった?」
「かなり、マズイな。ジャーガどころか貴賓席がほとんど空っぽだった」
え? と動きが止まりそうになるが稼働中のS・A・Sのおかげでそんな失態はなんとか回避出来た。
「貴賓席に招かれるような高位の立場の人間が揃っていなくなるという、何かが進行中ということだ」
「そこまで大事なら、普通はパーティなんて中止になるんじゃないか?」
「そこだ。うっかり中止にして事情をつまびらかにする、ということも出来んのかもしれん」
そんな大事など、テロとか戦争とかシズクには思い浮かばなかった。とは言うもののトゥーン人の間で戦争などやっているのかというのは解らない。となるとアピスでも襲ってきたのかと思うが、それなら都は今頃戒厳令だろう。
「いずれにしろ、おそらく長丁場になるぞ……ネタ切れしないように技芸の選定には気を配ってくれ。私たちもなるべく平静を装わんといかん。最初から計画のうち、という感じでな」
「……ドウシテコウナッタ」
思わず天井を仰いで嘆息した途端、かるく爪先を踏んづけられた。
「笑顔だ笑顔」
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