第21話 レディ・セレスティーナ -前編-
結局、シズクが必死の笑顔で円舞を終えたのは実にホールを5週ほど廻ってからのことだった。ようやくジャーガーが最上席に姿を見せたときには思わず膝から崩れ落ちそうになったほどで、お目見えの一礼をすませ自分の席にたどり着いた時は本気で腰から力が抜けた。
セレスティーナはというと、まだ余力がありそうで、悔しいがこういう場所では叶わないなということを実感する。
「よくやったぞ、シズク」
「お褒めにあずかり光栄でゴザイマス」
「笑顔はもういいぞ」
「顔がこわばって元に戻らないんだよ」
などと軽口を叩きながらメンタルを回復させていると、小隊長たちの入場が始まりあっさりと全員が円舞を終える。正直、ズルいと思ったが、こればかりは仕方ない。
最後に団長が挨拶を終えると、その後はくつろいだ雰囲気での夜会が始まった。
まだ用件が片付いていないのか、ジャーガはそそくさと席を外してしまい、あとはその夫が如才なくあとを引き継いでいる。さほど珍しくない光景なのか、とくに他の貴族たちに動揺はみられなかった。
皆、思い思いの相手を選んで社交を楽しんでいる。
ホールを取り囲むように数段の高低差をつけられたバルコニーのような半円の細長い小広間にはそこかしこにテーブル席がしつらえられており、自由に歓談を楽しめるようになっていて、すでに席は半分ほど埋まっていた。
かと思えばホールでは気の合った男女が思い思いにダンスを楽しんでいるという感じで、もっとかしこまったものを想像したシズクにとっては少し拍子抜けする光景だった。
「始まったら、なんか割と自由なんだな」
「だから、言っただろう。気楽に行けと。大変なのはジャーガにお目通りするときだけだ」
「まあ、その後で取り囲まれたのはマジでビビったけど……」
「あれは不可抗力というものだ。入場円舞であれだけの長丁場は普通は無いからな。さすがに目立つのはやむを得ん。まして、ジャーガの挨拶でもまた気をひいてしまったしな」
ジャーガーはどこで調べたのか、それぞれの戦士たちに合わせて母国語で挨拶してのけたのだった。シズクにはもちろん日本語で、最初はS・A・Sの翻訳機能が壊れたのかと思ったほど驚いた。
普段から生活を共にしているセレスティーナや小隊長には意味が聞き取れたらしいが、今日初めて地球人たちを見るトゥーンの貴族たちには未翻訳の言葉で聞こえたらしい。
一番目立っていたのと、ジャーガの特別な挨拶ということで、あれはどういう意味だったのかとばかりに、待ち構えていたトゥーンの貴族たちに取り囲まれることになったというわけだった。
その入れ食い状態もうまくセレスティーナが対処してくれたおかげで、シズクは引きつった笑いとよくわからない挨拶を繰り返すだけでなんとか切り抜けることが出来た。
今はこうしてのんびりと仲間たちの様子を眺めながらセレスティーナと水入らずという時間を過ごしていた。
「ハルク、結構人気あるな」
「あの体躯だからな。魅力を感じる者は多いだろう……ああ、かなりカリカリきてるな彼女は」
笑いながら見下ろすと、確かにハルクの隊の小隊長がやきもきしながらハルクを睨んでいるのがよく見えた。トールはということ、ここでもハーレムっぷりを発揮して明らかに他の隊よりも多くの女性をひきつけている。
あれはもう、一種の超能力だななどと考えながら思いついたことを深く考えずに口にする。
「それにしても、アレだな。てっきり女の人ばっかりと思ってたんだけど男も結構いるんだな」
「当たり前だろう。お前は私たちをなんだと思ってるんだ」
「いや。俺たちの知ってるのって女の騎士しかいないし。てっきり……」
さすがにセレスティーナの前で女性優位という言葉は飲み込んで、適当にぼかす。
「政治と社交が男の仕事だから、騎士団しか知らないシズクにはそう見えただけだ。議会に行けば逆に女性はまず見かけないぞ」
「俺たちの世界では騎士も男なのが普通なんだけどな」
「それはお前たちの世界には《樹寵》が無いからだろう。それなら、体躯に勝る男が戦う方が理にかなっている」
なるほどね、とシズクはうなずいた。どうやらスキルのおかげでトゥーンでは性差による職業区分が地球とは大きく異なる発展の仕方をしたらしい。それでも騎士が女性ばかりという理由はよくわからないが、それもちゃんとした理由があるのだろう。
「おお。これはこれは。異世界の戦士殿に従騎士長殿。先ほどはお見事でした。ジャーガの中座の件と合わせまして、改めて礼を申します」
すっと音も無くグラスを片手に現れた人物を見て、慌ててセレスティーナが立ち上がった。軽く礼装の肩に手を当てて、敬意を表する。
「これはジャーガ・ノート。畏れ多いお言葉でございます」
「あ、その。どうも」
ゲシっと爪先を蹴飛ばされて、慌てて後に続いたシズクをジャーガ・ノートとセレスティーナが呼んだ男は笑いながら片手で制した。
「ああ、気遣いは無用。お招きしたのは我らなのですからな」
「重ね重ね恐れ入ります」
「ふむ。そのように畏まれては私の方が困ってしまう。昔のように緑の小父さまと呼んでくれても良いのですよ。従騎士長殿。いや、セレスティーナ・トラファと昔のようにお呼びしても?」
「ジャーガ・ノート!」
悲鳴のような声には明らかに羞恥の色が含まれていた。どうも、この2人は昔からの知り合いらしい。それもセレスティーナの黒歴史を知っているらしいことからみて、かなり親しい間柄。親族か何かなのだろう。
俄然、興味のわいてきたシズクにジャーガノートが明るい緑の瞳を向けながら肩をすくめてみせる。
「ごらんの通り、どうにも我らの世界の淑女は扱いが難しいのですよ。戦士殿。貴殿の世界では我らのような苦労はないのでしょうな」
「たぶん、似たようなものじゃないかなって思います」
ジャーガ・ノートの魅力的な笑顔に釣られ、シズクは苦笑いで幾人かの知っている女性を思い浮かべた。もちろん、真っ先に浮かぶのは気難しいでは済まない幼なじみの姿だ。
思い出さないようにしていた思いがチクリと胸を刺す。まだ、数ヶ月も経っていないのに、もう何年も前のことのようだった。
「なんと。戦士殿も女性には苦労しておられるますか。世界は異なれど、我々は同志ということですね。いや。我らの世界でも苦労しておられる分だけ、これは戦士殿の方が大変かもしれませぬな」
ジャーガ・ノートがちらりと意味ありげにセレスティーナに視線を移す。セレスティーナは真っ赤な顔でプルプルと震えている気がするが、とりあえずそれは見なかったことにする。
「あまりからかわないでくださいよ。後が大変なんですから」
「いや。失敬失敬。ついつい、昔を思い出しましてな。何しろノートなどと祭りあげられてしまうと思うように里帰りもままなりません。たまに会えば、ご覧の通りです。昔はもっと素直で愛らしかったというのに。こう見えても、セレスティーナ・トラファはなかなかワガママでしてな。オマケに頑固で私も随分と振り回されたものなのです。そうそう、あれは冬のことでしたか――」
ついにぶち切れたセレスティーナが真っ赤になって声を上げた。
「ああ、もう! 小父上と呼べば良いのでしょう!」
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