第20話 想定外の円舞曲 -前編-
「それは、従騎士長がいかんな」
笑いながらそう言ったのは、なぜか男物の礼装で着飾った副長だった。
あれやこれやを詰め込んだトランクを担いで、ジャーガの城に到着したのが昼過ぎで、そこからが大変だった。
控えの間に通されたあと、問答無用で風呂に放り込まれ3人の少年達によってたかって文字通り足の爪先まで磨き抜かれる。文字通りというのはそのままの意味で、足の爪に顔が映り込むほどだ。
その後は着るのも脱ぐのも1人では絶対に無理、という複雑怪奇な礼装をこれまた数人がかりで着付けされる。女性がそういうレベルで身を飾る、というのは姉を通じて知っていたが、よもや自分がそうなろうとは想像もしていなかった。
「おう。なかなか良い感じに下地が出来たじゃねえか」
と、あらかた着付けが終わったところで現れたのが例の店主だった。最後の仕上げの要となるフィブラに合わせるために、やれ肩布の色はそうじゃないだの、髪の色を考えれば手袋はこっちだの、フィブラがあるから他の宝飾具は簡略化しなきゃいかんが格が落ちすぎてはダメなので、指紋の付きそうな目の細かい飾り布やらモールを案配良く身につけるだの……。
何がどうなってるのかさっぱりシズクには理解出来ない指示の元に、ようやくすべての準備が整い待合室に通されたのがほんの10分ほど前というわけだった。
実に風呂と着替えだけで半日近く使っているわけで、これでも略式だというのだから泣けてくる。
「我が団の騎士が世話になったようだな。感謝する」
「いえ。いつものことと言えばいつものことなんで」
恐縮しながら副長からいくばくかの礼金を受け取った店主は、軽くシズクを睨むとしめやかに退出していった。
「飾りが増えただけでこんなことになるなんて思わなかったです」
「こちらの勝手がわからんのだから、まあ野蛮人は仕方なかろう」
シズクの格好を上から下までじっくりと見聞しながら、副長は笑って続けた。
「こういう場ではな。服装の格と当人の格とが釣り合っている必要があるのだ。礼装は一式で格を定めている場合がほとんどだからな。うかつに飾りを増やすと釣り合いを取らねばならん」
「……それであんなに慌てたのか」
「不釣り合いな格になるのを承知で品物を売りつけたなど、店の信用に関わる。従騎士長も、もう少し配慮というものが必要だろうな。ま、上官の不足を補うのは副官の仕事だ。今後はお前が気をつけねばならんぞ、野蛮人」
「あー、その。無理です」
「だろうな。それが出来れば、野蛮人などとは私も呼ばん」
などと言い合っているうちに、気がつけば他の副隊長達も同じように磨き抜かれて待合室に集まってきていた。こころなしか、どの顔も疲れ気味で、とくにハルクなどはまるでブロンズ像のごとく堅く青ざめている。
「ハルク……生きてるか?」
「話しかけるな。息をするだけで疲れるのだ」
ぼやくトールと連れだってシズク達の方へとやってきたハルクが、ギクシャクとした動きでうめくように答える。
「そんなことで、どうする。さ、向こうも準備が整ったようだぞ」
もう一つの扉が開き、そこから白を基調とした少女達が姿を現した。いかにも、こうしたことには慣れているという感じの小隊長たちに生まれたての子鹿のようにプルプルしている少女が一人。副長が小隊長を兼ねている第二小隊の副隊長の少女だった。
彼女を見て、ようやくシズクにも副長がなぜ男装をしているのか理解出来た。
「あ、そういうことですか」
「そういうことだ。
「確かに。副長はものすごくお似合いです」
「……褒め言葉と受け取っておこうか、野蛮人。ほら、ぼやっとするな。従騎士長が来たぞ」
すこし遅れて、ドレス姿のセレスティーナが姿を現した。シズクと同じく飾りが増えたせいで、少し他の小隊長よりもドレスそのものの装飾が簡略化されている。
だが、そのことがかえってセレスティーナという少女の本質を表しているようにシズクには思えた。シンプルな鞘に収まる美しい短剣とでもいう雰囲気がとてもよくに似合っている。
「うむ。よく磨いて貰ったようじゃないか。似合うぞ」
「あ、ああ」
こうして間近にみると、深緑の髪とドレスの色が相まってまさに若い森そのもののようだった。世界樹の留め具の根元からは透明感のある柔らかな飾り布が軽やかにたゆたっていて、まるで彼女の周りだけに風が吹いているような錯覚を覚える。
そのせいだろうか。今のセレスティーナは実体のない、妖精のような雰囲気を纏っていた。
「野蛮人。見蕩れてないで、従騎士長をエスコートしないか。先陣を切るのはお前達だろう」
副長の一言で我に返る。
思わずセレスティーナの顔を見ると、なんと言うこともないというように同意されてしまった。
「私たちが一番、下位だからな。順序としては私とシズクが最初で、続いて小隊長たち。その後に副長殿と団長殿、だ」
「マ、マジですか………」
てっきりみんな仲良くと思っていただけに、おもわず喉がきゅうっと嫌な音を立てる。
「そう固くなるな。むしろ、皆で入場の方が難しい。
苦笑しながら、セレスティーナはまるでそこだけスポットライトが当たっているかのような豪華な空間になっているイリエナのいる場所にちらりと視線を走らせる。
「ましてや、団長殿の副隊長の身になってみろ……フィナーレで絶対に失敗できんのだぞ。おまけに技量の差がまともに出る、デュオだ」
「た、確かに」
「わかったら気楽にやれ。間違えてもサポートぐらいならしてやる」
ここまで言われれば、あとはもう腹をくくるしか無い。
旅の恥はかきすて、とばかりに開き直る。
大きく息を吸い込むと、巨大な扉の向こうから音楽が始まるのがわかった。軽やかで華のある、聞いたことの無い異国の円舞曲。
「さて、出撃だ」
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