第19話 セレスティーナのお買い物 -後編-
「《アジュールダイバー》から見下ろすのは慣れてたけど、こうして見上げると桁外れにデカいな」
「フォライスの世界樹はこれでもまだ若い方だ。作戦空域にある世界樹の半分もないぞ。下から見るから大きく見えるだけだ」
「……それでも楽に1,000m越えてるだろ」
確かに見上げれば頂上が雲に隠れるというほどではないが、どう考えても樹木というスケールでは無い。
街並みは普通のスケールだったことに密かに感謝しながら、キョロキョロと周囲を見回す。街並みそのものは最初に訪れた街とあまり変わりは無い。
ただ、根が複雑に入り組んで丘のようになっていたりと起伏はずっと多い印象だった。
「それで、今から行く店ってどんな店なんだ?」
「装飾具の店だな」
「へえ。セレスでもそういうの興味あるんだな」
「お前は私をなんだと思っているんだ。まあ、こういう機会でもないとなかなか足を運ぶ場所でもないのは確かだが」
などと意味深に笑ってみせたセレスティーナの後にくっついて、2人揃って街を歩く。時々、影が落ちるのはタクシー代わりに巨大な鳥を使っているからで、この辺りはファンタジーな感じだった。
根壁に沿うような感じで移動しているので、おそらくその店というのは街外れにあるのだろう。となると街の中心部にある華やかな店というとは少し違う、隠れた名店というのは想像が付く。
ややあって、たどり着いたのは根壁に半ば食い込むような形で建てられた店だった。それほど大きくは無いが、渋い感じで老舗という雰囲気だ。
カランカランと呼び鈴を鳴らしながら店に入ると、入口近くのカウンターに座っていた初老の男が気難しげに顔を上げた。
「おう。こりゃ珍しい客だ。何年ぶりだ?」
「2年……かな?」
「5年だ。前に嬢ちゃんが来たのは、まだ従士のころだろうが。冷たい客もあったもんだ」
「……店には顔を出さなかっただけで、なんだかんだで使っていたではないか」
「嬢ちゃんの買物じゃなくて、家の買物だろうが。ま、いい。それで今日は何をお求めだ?」
「ん。ちょっとコレを飾ってやろうと思ってな」
少し自慢げな顔でセレスティーナは傍らのシズクをちろりと見上げた。いきなり話を振られた格好のシズクが思わず自分を指さす。
「え? 俺?」
「そうだ。せっかくの機会だしな。ま、親心みたいなものだ」
「いやいやいや。それはダメだって。幾らするのか知らないけど、受け取れないって」
いきなりのプレゼント宣言にシズクはきっぱりと首を横に振った。
「……いいから、黙って受け取っておけ。あって困るものではない。上官命令だ」
「任務に関係無いだろ。ダメ。受け取れない。必要なら自分で買う」
セレスティーナがあずかり知らぬ事ではあるが、とかくシズクはこの手のことにはかなり強い拒否感を示す。互いに維持を張り合う2人を見比べていた店主は、やおらドン!と店が震えるような勢いで大きな手のひらをカウンターに打ちつけた。
「いい加減にしとけ、2人とも」
「しかし、だな……」
「嬢ちゃん、こいつの目ぇみろ。日が暮れるまで言い合ってもラチがあかねえぞ。諦めな――つって諦めるような性格じゃねえか。ホントに似たもの同士っつうか面倒くせえ同士というか……」
ブツブツと頭をかく店主に「似ていない!」と2人の声が綺麗にはもった。
「ああ、どっちでも知るか。とにかく、だ。坊主、一方的に貰うのがイヤだってならワリカンなら文句はねえな?」
「ああ、それなら、まあ……」
「いや、しかしだな。ここは私から贈るのが筋というもので……」
再びにらみ合う2人を鋭く一瞥。なかなかの迫力に思わず黙り込む2人に店主は重い腰を上げると店の奥へと誘った。
「こいつは随分と以前にウチに転がり込んできたんだがな……なかなか癖が強えんで、ずっと寝かせてた代物だ」
「癖が強いって……」「また、妙なものを……」
こいつだ。と言って店主が取り出したのは、世界樹を象った精緻なフィブラだった。本来は礼装の肩布を留めるためのピンだが、今ではそれだけで独立した装飾品として使われる――というのはもちろん、シズクが後から知った知識だ。
雄々しく天に向かって枝葉を伸ばした大樹と、それを支える張り巡らされた根が円を描いて一体となる円形の留め具でほのかに内側から光を放っている。
「……これは確かに見事だな。だが、女性用ではないか?」
「慌てんなって」
懐から白い手袋を取り出して嵌めた店主はそっとフィブラを手に取ると軽く捻ってみせた。カチリと軽い音がして、根の部分がするりと滑り出したかと思うと小さな短剣が現れた。
どうやら大樹の幹が刀身となっていたらしい。刀身が外れると円形に広がっていた枝葉がすぼまり、根の部分が無くとも不釣り合いがないバランスへと形を変えた。
「とな。こいつは二つ一組なんだが、揃いじゃないっていう珍しい装身具なわけだ。しかもモチーフが世界樹と護剣と来てるから、騎士以外には似合わねえ。おまけに男と女の騎士限定の組合せとくれば、こんなもんが似合う客なんてのは、まあいなくてな……」
「だろうな」
普通、こういった組宝飾は結婚が前提の男女が身につけるものでそれに見合ったモチーフが選ばれる。こういった護剣と大樹の組合せというのは恋人ではなく、主と臣下だとか、指揮官と副官だとかいうモチーフになるので組宝飾ではまず選ばれない。
これはたしかに人を選ぶ。
「どうだ? 嬢ちゃんが剣側を買って、坊主に贈る。坊主は逆だ。これなら、文句ねえだろう。お前ら見てえに面倒くさいのにお誂えむきってヤツだ。安かねえが、それに見合う値打ちはあるぜ」
面倒くさいと断言されてしまったのは不本意だが、確かにこれは自分とシズクのための組合せと言っても過言では無い。
「どうだ?」
「いい、と思う」
「決まったな。で、どこに持ってけば良いんだ? 騎士団に届ければいいのか?」
「ああ。いや。実は今晩、使いたいのだ」
不良在庫がめでたく売れてホクホク顔だった店主の顔が、ピシリと凍り付いた。
「今晩?」
「今晩だ。ジャーガの夜会でな」
「どうして、嬢ちゃんはいっつもそうなんだ! こういうのはな、今日買って明日使うって代物じゃねえんだぞ?」
「別に指輪やネックレスではないのだから、そのままで、問題ないではないか」
何がおかしいのだ、という顔つきのセレスティーナに店主はこれ以上、何かを言ってもムダだと悟ったのか店の奥にドラ声を響かせた。ほどなく、二十歳を少し過ぎたぐらいの女性が姿を見せる。
「メイア! 今から、城に行くぞ。出張だ」
「え? ちょっと、父さん? お城って――あ、お嬢様。お久しぶりです。私のことを覚えておられますか?」
うむと、うなずくセレスティーナとカウンターの上に載せられた装身具を見比べて、何かを察したのかメイアは心得たというように支度のためにもう一度店の奥に走って行った。
「なんか、えらい迷惑をかけちゃってる気がするんだが」
「といわれてもな。私にもさっぱりわからん」
頭上でハテナマークを飛ばしている2人をみて、店主はもう一度憤懣やるかたないとため息をついた。
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