第30話 アピスの女王 -前編-

 音も無く、アイボリーホワイトの《竜骸ドラガクロム》が青白い燐光を帯びる。その身のうちに蓄えられた力がどんどんと高まっていき、その頂点を迎えたところで――


「はぁぁぁぁぁっっっ!」


 セレスティーナは解き放たれた矢のように《竜骸ドラガクロム》をアピスの群れの中央に駆り立てた。

 燐光が光の軌跡となって、群れの中央に聖なる槍のように突き立つ。

 一瞬の後、光は渦を巻いて吹き荒れた。

 祖より伝えられし、奥義の一つ。

 流渦斬シュレルモゥル

 斥力のオーラを纏わり付かせた竜骨の刃が渦を巻きながら、中央に群れていたアピスを纏めてミキサーにかけたように粉砕し、破片を飛び散らせる。

 渦に巻き込まれずにすんだアピスがじわりと中央から外縁部へと押し出されるように移動。過密になったアピス達にカミラからの援護射撃が着弾し、セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を鮮やかな炎の色が照らし出した。

 周囲で灰と崩れるアピスには目もくれず、セレスティーナは女王の巣室へと続く路を探し求める。

 まずは壁面。三六〇度を見渡す――異常なし。

 次に床。 

 この巣室にたどり着くまでにかなり上昇して来ている。この巣室よりもさらに下層に別の巣室が存在していてる可能性は高い。

一見しただけでは、特に階下への出入り口があるようには見えない。

 だが、《竜骸ドラガクロム》の脚部から伝わる感触に違和感を感じる。

 樹床であれば当然伝わって来るはずの柔軟さ、そういったものが無い。

 もっと硬質で滑らかな――たとえて言うならば、アピスの甲殻のような。

 セレスティーナの思考がそこに到達するより先に、偽装された床が悪意を剥き出した。

 床らから触手のようなものが勢いよく吐き出され、セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を絡め取る。


「しまった!」


 反射的に触手を剣でなぎ払おうとするも、その腕部もさらに絡め取られる。ぎちりという圧力が《竜骸ドラガクロム》を覆う斥力の盾と反発して激しく輝いた。


『お嬢様!』


 セレスティーナの異変に気がついたカミラが即座に触手を断ち切らんと射撃を加える。が、生き残った親衛隊アピスが身を挺してそれを阻む。

 第二撃を打ち込むよりも先に触手はセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を天高くに持ち上げると、その勢いのままに激しく壁面に叩きつけた。

 激しい衝撃が縦穴に轟き、壁面を伝った衝撃が樹床を震わせ崩していく。

 斥力場による盾で守られはしたものの、衝撃までは完全に殺すことは出来ない。目の前が真っ暗になり肺の空気が残らず押し出される。

 そのまま、壁面からはじき返されたセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》は勢いをなくしてさらに下層の樹床へと落下。四つん這いのまま、激しく咳き込むと大量の空気と共に少量の血が吐き出された。


「が、はっ」


 激しく痛む胸を膨らませるように大きく深呼吸して、戦意と意識を取り戻す。

 視線の先の暗がりの中、樹壁に半ば埋まるようにそれがいた。

 アピスの巣の支配者。探し求めていたアピスの女王。

 せいぜい、通常のアピスよりも一回りか二回りほど大きいだけの産卵種……というセレスティーナたちの想像は大きく外れていた。

 無数のアピスを産み出す母体に相応しい巨躯。

 まるで彫像のような異形がじっと、セレスティーナを見下ろしている。 

 ただ、命無き彫像と違うのは隠せぬ怒りの気配があふれ出しているということだろう。錆びた血潮のような色の複眼にセレスティーナとカミラの《竜骸ドラガクロム》を映し出している。


「まさか、こんな化物だったなんてね!」


 セレスティーナは竜骨の剣を構えると、アピスの女王と真っ向から対峙した。

 頭上ではカミラが親衛隊アピスをうまく抑えながら、戦いを繰り広げていた。初撃で相当に数は減らしたはずだが、それでもまだ優に二桁の半ばは残っている。すでに弾薬はかなり消費してしまっているらしく、牽制の射撃の合間に接近戦でとどめを刺すヒットアンドウェイへと戦い方を変えていた。

 それでもセレスティーナが女王との戦いに集中出来るように、うまく親衛隊アピスの憎悪を煽って操っている。

 さすがね、とセレスティーナは心中で賞賛しつつも目は女王から離さなかった。

巨体だけに赤目赤翅のような俊敏な攻撃は無いだろうが、代わりに女王の前身から伸びる触手が厄介だ。隙を見せれば、簡単に捕まってしまう。 

 ジリジリと間延びした時間が流れる中、先に動いたのは女王の方だった。

耳障りな叫び声と共に世界樹が裂ける音が響く。

 樹壁を割り裂いて、新たな触手――というよりもしなやかで巨大な槍というべき攻撃が突き出された。串刺しを裂けるべく脚に絡んだ触手を切り離すと、そのまま大きくステップバック。それまでセレスティーナのいた場所に二本の巨大な槍が突き刺さる。


「カミラ!」


 樹床に深く突き刺さった巨大な槍がぶわりと膨らんだのを見たセレスティーナは怖気と共に叫ぶと、斥力による盾に《竜骸ドラガクロム》の力を全て注ぎ込んだ。

 次の刹那。

 槍が爆散し、樹床を内側から破壊する。強烈な衝撃と散弾のように襲いかかる樹床の破片をなんとかやりすごすと、そこに残っていたのは傷口のようにうじゃじゃけた大穴だけだった。

上空で戦っているはずのカミラを見上げると、かろうじて斥力の盾の展開が間に合ったカミラの《竜骸ドラガクロム》の姿が見えた。武装のいくつかまでは手が回らず、破壊されてしまったようだが機体本体にはダメージは見られない。

 それよりも哀れなのは巻き添えを食らった親衛隊アピスだろう。

 あの一撃はカミラと戦っていたアピスたちにとっても不意打ちだったようで、かなりの数が巻き込まれていた。

 とんだ同士討ちフレンドリファイアだ。


(敵も味方もおかまいなしってわけね……)


女王にとっては親衛隊と呼ぶに相応しい体躯のアピスであっても、とくに特別な存在ではないのだろう。それは自分自身が無事であれば、いくらでも換えの効く使い勝手の良い道具の一つにしか過ぎない。

 そう言わんばかりの攻撃にセレスティーナは思わず顔をしかめていた。

 だが、有効な攻撃であることには変わりは無い。

 距離を取っていればいずれは追い込まれる。

 そう直感したセレスティーナは《竜骸ドラガクロム》を急上昇させた。その勢いのまま、女王の頭上に躍り出て急降下で斬りかかる。

 しかし、女王の複眼に死角は無い。

 素早く触手が蠢き、セレスティーナの動きを阻害しようと迫る。


「邪魔よ!」


 迫る触手を切り払いながら、触れあわんばかりに女王に肉薄する。加速の勢いを殺さぬまま、セレスティーナは女王の腹部に剣を振り下ろした。

 甲殻の継ぎ目を狙ったその一撃が女王の躯を引き裂く。傷口から青緑の体液が噴き出し、樹床が濃緑色に染め上げられた。


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