第30話 アピスの女王 -後編-

【ルォォォォォォォォオオオルィィルアァァァァァァ!】


 悲鳴とも怒りの声ともつかない聲が女王から発せられる。と同時に背中に無数の管が現れ、セレスティーナにその昏い口を向けた。

 剣を素早く引き抜き、再び宙空へと躍り上がる。

 その直後、それまでセレスティーナのいた空間を無数の黒い影が突き抜けていった。空しく的を外した黒い影が空洞の壁面に突き刺さる。

 躱したと考える余裕もなく、再び節くれ立った巨大な槍がムチのようにしなり、《竜骸ドラガクロム》に襲いかかった。刺すような直線の動きではなく、邪魔な小バエを追い払うような横なぎの一閃。今度は完全には避けきれない。

 槍の縁がセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》の片足をかすめる。

 それだけで《竜骸ドラガクロム》が弾き飛ばされるには十分な衝撃だった。

 ぐずぐずに崩れた樹床に半ば埋もれるようになるが、特にダメージは無い。

 即座に起き上がり、今度は地を這うようなギリギリの高度で女王に肉薄する。そのまま腹に剣を突き立てようとするが、女王は六本の脚をクロスさせて、自らの腹を守る。

 ギィンっと甲高い金属音と共に一瞬、セレスティーナの動きが止まる。その隙を逃すことなく、再び槍が頭上に迫る。


「っつ!」


 鍔迫り合いに固執せずに、すぐにバックステップ。再び樹床に突き刺さった槍が再び膨れ上がり内側より巨大な噴出口を残して爆散する。

 だが、今度は樹片の爆風が収まるのを待ちはしなかった。

 突き刺さり動きを止めた槍に向かって、セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》が矢のように迫る。

 騎技ドラガグラスタを呼び出し、剣を構える。意識せずとも動きが技となり女王の針に狙いが定まる。祖の奥義が1つ、竜扇斬。

 突進の勢いを殺すことなく、槍を中心にして螺旋状に駆け上がる。構えた剣の刃を槍の縁に押し当てながら。不規則かつ高速に変化する斥力を纏った刃が、女王の槍に食い込み切り刻んでいく。

 飛び散る残骸が白熱し火の粉となって周囲を照らす。さながら炎の竜巻のように女王の槍が深紅に彩られた。

 炎の残滓が消え去ると、負荷に耐えかねた槍が脆くも崩れ去っていく。

 槍の破片と濃緑色の体液が、女王の巨体と空洞の樹床に降り注ぐ。憎々しげな光をたたえた複眼がセレスティーナを捉える間もなく、さらにカミラからの援護射撃が飛来し、その巨体に突き刺さる。

 女王の巨体が爆煙に彩られ、さらなる苦鳴が空洞に響いた。


「まだまだっ!」


 荒い息を整えながら、女王を見下ろしていたセレスティーナはさらに《竜骸ドラガクロム》に鞭を入れ、高所から一気に突っ込んだ。

 《竜骸ドラガクロム》のフレームが過熱し、乾いた音を立てる。過剰出力のためにフレームの強度に限界が迫っていた。

 螺旋上昇と竜骨の不規則振動という異なる斥力場の展開は《竜骸ドラガクロム》に大きな負荷をかけていた。斥力場を産み出すジェネレーターそのものの出力は異世界人――地球人たちの手によって向上していたものの、それを収める器の強度が追いついていない。


【キィキィキチキチィキィィィィィキキィギィッキィキィィィィィィ??!】


 女王が憎々しげに身体を震わせながら、残った一本の槍と無数の触手をセレスティーナに振り向ける。だが、度重なるダメージによるものかその動きは鈍い。

 槍と宿主の攻撃を潜り抜け、再び腹部に切りつける。《竜骸ドラガクロム》の腕越しに伝わって来る柔らかい感触に顔をしかめながら、さらにもう一撃。

 さらに縦横に動きを止めることなく、腹部に対して執拗に攻撃を加え続ける。これだけの巨体となると、完全に密着してしまった方が遙かにやりやすい。切り刻まれた腹部からさらに体液が噴き出して、崩れた樹床のクレーターが体液に満たされた沼へと変貌する。


【イギィィキキキィィィキリュイィィィ……!】


 切なげな苦鳴が空洞に響く。

 ようやく女王の異変に生き残りのアピスがセレスティーナに狙いを変えようとするも、そうして動きを止めたところでカミラの手により背後から撃ち落とされていった。

 満身創痍の躯を震わせながら、女王はいまだ無傷の背中から無数の新たな管を突き出した。


「!」


 また、何かを射出するのかと判断し射撃に対する防御姿勢に《竜骸ドラガクロム》を移行。迫り来る飛礫を弾き受け流すために斥力場フィールドを斜傾させて複層に展開させて攻撃に備える。

 だが、予期した豪雨のような弾丸はやってこなかった。

 代わりに管という管から濃い紫色の液体が噴霧される。噴水のように高く舞い上がり雨のように樹床に降り注ぎ――白煙が立ち上った。


「煙――マズい!!」


 吹き出された液体の正体に気がつき、慌てて層状に展開していた斥力場の盾を通常の繭状へと変化させる。

 だが、わずかに遅かった。

 降り注いだ体液が《竜骸ドラガクロム》の装甲を僅かに濡らす。

 それだけで、濡れた装甲から煙が噴き上がる。白煙が《竜骸ドラガクロム》の装甲に沿って流れ、斥力場と反応してチリチリと音を立てている。

 正面からの攻撃に偏重して、斥力場フィールドを展開していたことが裏目に出た。


「痛っ!?」


 装甲の隙間から侵食した体液が、セレスティーナの肌にわずかに触れた。

 ほんの数滴でしかなかったが、効果は絶大で擦り傷に塩を塗り込んだような痛みが身体に走る。

 セレスティーナの意思が命じるより先に、装着者の異変を察知した《竜骸ドラガクロム》が自動的にセレスティーナの身体防護を最優先に斥力場を割り振る。

 その代償として、斥力による防御を失った装甲が体液にゆっくりと確実に蝕まれていく。

 もはや攻撃を続ける余力などどこにもない。

 セレスティーナは全力で《竜骸ドラガクロム》を酸雨の圏外へと逃げるように待避した。

 降り注ぐ女王の溶解液は、その間にも樹床に穿たれた大穴をさらに拡大させて、溶かし続けている。白煙と共に樹床に散らばった親衛隊アピスの骸が溶けて崩れ落ち、混ざりあいながらさらに樹床を溶かしてゆく。


『お嬢様! 今、そちらに!』

「来るな! これは危険だ!」


完全に白煙に包み込まれたセレスティーナを助けようとするカミラに、セレスティーナは生死の叫び声を上げた。飛行して煙幕の中から脱出しようと試みるものの、融解液に蝕まれた《竜骸ドラガクロム》では生身のセレスティーナを護るだけの出力しか絞り出せずにいる。


『しかし、その中にいては危険です!』

「駄目だ。今、来たら共倒れになる!」


 焦るカミラを必死に押しとどめつつも、セレスティーナは必死に脱出を試みていた。だが、今の《竜骸ドラガクロム》では推力と防御を両立させることは不可能だった。騎技ドラガグラスタ樹寵クラングラールでなんとか出来る状況では無い。

 何よりも焼け付く痛みによって、すでに融合は解けていた。

 白煙の中に屹立する女王は、尾針を今や沼と化した樹床に幾度も幾度も打ち付け、さらに融解液の沼地を広げている。

 何が目的なのかはわからないが、セレスティーナには女王の行動には確固たる理由があるように感じられた。

 その時だった、視界がぐらりと揺らいだのは。

 続けて、足下から轟くような轟音が響いてくる。轟音はすぐに振動となり、まるで大地震に見舞われたような激しい揺れとなる。


【ウォルォゥゥゥゥウウゥゥルゥゥゥルウウウウウウウウウウウウ――!!!!!!】


 女王の呻きとも喜悦ともつかない声が巣室に響き震わせ、それが決定打となった。

 ガボリという音と共に視界が大きく揺れる。

 樹床の底が抜けたのだと悟ったのは自由落下に入ってからだった。文字通り、石ころのように落下する《竜骸ドラガクロム》が白煙から抜ける。すかさず、防御に徹していた《竜骸ドラガクロム》に推力を発生させて飛行に移ろうとした矢先――

 同じく落下していた女王の触手がセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》に絡みつき、自由を奪い去った。


「まさか、心中するつもりか!?」


 大量の瓦礫と体液と共に、遙か下層まで落下を続ける。もはや地面への激突は免れない。

 セレスティーナは逃れることを断念し、来たるべき衝撃に備えて全ての《竜骸ドラガクロム》の力を防御へと集中させた。

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