第23話 旅路 -前編-
ゆっくりと滑走路から《アジュールダイバー》改め《アジュールキャリアー》となった機体が浮かび上がった。《アジュールダイバー》よりもずっとデリケートに高度と速度を上げながら、視界に重ねた地図というか地形図を見る。
目的地までの距離は片道一週間。これでも《
後部の荷室兼居住室から、「うわぁ」だの「きゃあ」だの可愛らしい声が聞こえてきて、隣で眼下の景色を眺めていたセレスティーナが顔をしかめた。
「騒がしいな。全く、緊張感に欠けている」
「そんなに目くじら立てるなって。初めてなんだし」
「……何が初めてなんだ。《
「乗り物と《
「私は不安の方が大きかったがな。さすがに慣れたが、どうも閉じ込められている感じで好きになれなかったぞ」
カチカチと手慣れた感じでセレスティーナが副操縦席で計器を切り替えている。もちろん慣れているのでは無く
《アジュールダイバー》としての複座は戦闘機に倣って
一応、オートパイロット機能もついているので休憩を取ることも可能だ。
ただし、オートパイロットとは言っても高度と速度と方向を維持するだけなのでさすがにすべて機械任せというわけにはいかない。
「それでどう飛べばいいんだ?」
「とりあえず、方向は今のままでいい。もうすぐしたら大きな川が見えてくるから、あとはそれに沿って飛んでくれ。そのまま進んで湖が見えたら、そこで今日はキャンプだ」
手書きであれこれと書き込まれた地図を片手にセレスティーナがシズクに指示を出す。余裕があれば
斥候という任務の特性に加えて、今はまだ先遣のことを知らせるのは得策では無いというイリエナとマリア副長の方針もあり、出立は皆の休暇が終わる前と定められた。
さらに2人の見習いが自分たちも参加すると強硬に主張したおかげで、さらに話がややこしくなった。
連れて行っても足手まといだというセレスティーナとマリアの意見に対して、2人の見習いは斥候任務ならば地理や事情に通じた騎士が必要だと主張したのだ。
一族の領地であるとは言えども一度も幼樹を訪れたことの無いセレスティーナと、そもそも基地の外を知らないシズクではたしかに土地勘も何もあったものではない。
それにいざという時に知り得た情報を持ち帰る騎士は多いに越したことがないはずだ――とまくし立てられイリエナとしては首を縦に振らざるを得なかった。
シズクとセレスティーナの《
さらに無線機の取扱いやら、なんやかんやと寝る間もないままに、当日を迎えるはめになっていた。
セレスティーナのナビを寝不足の頭で聞きながら《アジュールキャリアー》が目的の高度に達したのを確認して、水平飛行に移行。
あとは川が見えるまでは、このままだ。
それにしても、とにかく眠い。
「どうした? 大丈夫か?」
「ああ。まあ、なんとか」
あくびをかみ殺していると、隣からセレスティーナがひょいとシズクの顔を覗き込んだ。
「急な話だったからな。シズクはしばらく休んでいていいぞ。私が代わりに見ておいてやる」
「……正直、助かる」
セレスティーナも《アジュールダイバー》の操縦は慣れたものだし、もちろん《アジュールキャリアー》の操縦技能は
少し仮眠を取って、それから後退すればちょうど良いだろう。
セレスティーナもルートの選定などでほとんど寝れていないのはシズクと似たようなものだ。
「それじゃ、適当なところで起こしてくれ」
「いいから寝ろ。それとも子守歌でも歌ってやろうか?」
「スキル無しでか?」
「…………寝ろ」
拗ねたような声を聞きながら、操縦桿から手を離すと同時に意識がすぅっと暗闇に飲まれていく。
眠りに落ちる寸前、何か柔らかい音が聞こえた気がした。
「シズク。そろそろ着くぞ。操縦を変わってくれ」
目を閉じたと思ったら、ゆさゆさと肩を揺さぶられた。時計を見るととっくに昼を通り越して夕方に近い時刻になっている。
外を見れば眼下には悠然と蛇行する大河がずっと先まで伸びており、その遙か先までもまばゆく煌めいているのがわかった。
一瞬で意識が覚醒して跳ね起きる。
勢い余って腹筋に操縦桿が刺さる。ぐらりと機体が揺れかかるが、すぐにセレスティーナがそれを立て直した。
痛みを堪えながら、改めて操縦桿を握ってセレスティーナと交代する。
「すまん。寝過ごした。今、どのあたりだ?」
「気にするな。起こさなかったのは私だ。もうすぐ、今日のキャンプ地に着く頃合いだな。ずっと先の方に見えてるのが今日の目的地だ」
言われてみれば、海のような湖が大河の先に見えてきていた。
視界に高度と速度を呼び出して、現在の大まかな機体の状況を確認する。
とくに異常は無し。今の速度なら、30分ほどで着陸。いや、着水出来るだろう。
予定では、そのまま湖岸に寄せて陸上でキャンプという手はずになっていた。別に機体の中で寝泊まりしてもいいのだが、さすがに女性3人と同じ部屋というか同じ荷室で眠るのは気が引ける。
どんどん大きくなっていく湖に向けて、ゆっくりと機首を下げる。
「後ろの2人に座席に座ってシートベルトを着けるように言ってきてくれ」
「ああ。わかった」
いくらスキルの恩恵があるからと言っても、さすがにベテランパイロットのようなシルキーな着陸までは期待出来ない。
スキルをいかに磨くかはあくまでも本人次第だし、取得したての《アジュールキャリアー》のスキル練度は最低値だ。
多少の荒っぽさは我慢してもらう必要がある。
ほどなくセレスティーナが戻ってきて、座席に滑り込んで自分もシートベルトを着用する。
湖面が近づいてくるにつれて、滑らかに見えた湖面が結構荒れているのが見えてくる。
と言っても、着水出来ないほどではない。そのまま水面効果の力と斥力場による姿勢の安定制御を借りながら着水。
「おっとと」
「少し乱暴だぞ!」
着陸の時と違い、湖面に沈み込んだと思ったら軽くはじき返された。
慌てて斥力場を弱めて今度こそ滑らかに着水する。跳ねたときに後ろから悲鳴が聞こえたような気がしたが、そこは聞かなかったことにする。
ちゃんと揺れると言ってあるのだから、機長としての義務は果たしたわけだし。
「さて。無事に着いたようだし、後ろの2人に野営の準備をするように言ってくる」
「わかった。俺はこのまま、岸に着けるから」
「丁寧に、だぞ。ここで沈没はごめんだからな」
「了解了解」
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