第22話 ミッションとクエスト -後編-

「その結論に至るまでに随分と時を費やした。故にこちらから招いておきながらとんだ無礼となってしもうた。許されよ」


 どうもとシズクは軽く頭をさげて、先を促した。ジャーガ・ノートの時にも思ったことだが、こちらの偉い人というのはあまり偉そうではない。少し意外だが、今はありがたい。


「まず、最初に出た意見はの。これはもしやはぐれアピスでは無いかというものであった。滅多にあることではないが、これならば幼樹に巣くうという前例も無いでは無い」


 はぐれアピスというのはサクヤ先生の授業で聞いたことがあった。

 要するに巣の中での競争に敗れて追い出された群れのことだ。稀に巣に女王が2匹生まれたりすると、こうした覇権争いが発生するらしい。ほとんどの場合は逃げる間もなく負けた方は全て殺されてしまうので、敗れた群れが発生することそのものがかなりのレアケースになる。

 そうした群がなりふり構わずに幼樹にとりあえず寄生する、というのは確かにありそうな話だ。


「だが、そこの2人の話を聞くにつれ、これはまずあり得ぬという結論に至った」

「なぜ、でございましょうか」


 深呼吸して体温を下げたセレスティーナにジャーガ意外そうな顔をしてみせる。


「これは異な事を。先ほど従騎士長殿が自ら言うたではないか。フォライスの騎士ははぐれごときに遅れを取ったりはせぬ。15名もの騎士が世界樹と村を放棄するなど考えられんわ」

「それは……確かにその通りかと」

「おまけに群れの大きさもさほどではない。せいぜいが、数百程度。多く見積もっても千には届かぬ。そうであったな?」

「その通りでございます。アピスの群の大きさは、平均的な1つの巣よりかなり小さいように思えました」


 アピスは基本的に数に頼る生物だ。一体一体は決して強力とは言えない。実際にシズク自身も最初の全滅ミッションでは1人で百体近くのアピスを屠っている。

 初の実戦で孤立した状況のシズクでさえも、その程度の戦果は挙げられるのだ。

 組織だって戦うことを訓練された騎士が15名もいて、千やそこらのアピスに負けるなどとは考えにくい。

 まして、はぐれアピスであればなおさらだ。

 弱いから巣を逃げ出すしかないわけで、群れの戦闘能力は控えめに言っても残りカスでしかない。

 

「はぐれアピスの群れとしては妥当な数と言えようが、どう考えてもはぐれアピスの群れの強さでは無い」


 シズクとセレスティーナが納得した、という表情を浮かべるまでまってからジャーガは次の考えを挙げた。


「はぐれでは群の強さが説明出来ぬ。普通の巣分けであれば幼樹に寄生した説明がつかぬ。ならば考えられるのは……先遣ということになる」


 シンっとその場が静まりかえったのがシズクにもはっきりとわかった。セレスティーナとその同郷の2人の少女が呼吸も忘れて凍り付いている。シズクはあえてその空気をぶち壊すことにして、わざと間抜けな質問を投げかけてみることにした。


「えっと。せんけん? ですか? 意味がちょっと」

「いかな異世界からの客人とは言え、もそっと我らのことは学んでもらいたいの。ま、よい」


 ジャーガも少し場をほぐす必要があると思ったのか、軽くシズクに乗っかってきてくれた。肝心のセレスティーナはというと、この恥知らずがという怒りの籠もった視線でシズクを睨めつけている。後が怖いが、凍り付かれるよりはまあ、マシだった。


「アピスは稀に大規模な巣分けを行うことがあるのよ。この時に戦闘力の高い個体で編成された小規模な群を方々に放つのよ、斥候としての。そして、新たな巣に相応しい世界樹を探し求める。前に先遣が出た時は大樹をはじめとして、ざっと百近い世界樹がやつらに奪われた」

「ひゃ、百、ですか?」


 今回はさすがに戯けようとして失敗した。シズクたちの不死の騎士団でも世界樹1つを奪還することは不可能なのだ。それが百となれば、ちょっと想像が追いつかない。


「もし、先遣であれば騎士団は来るべき本隊に備えねばならん。とてもではないが動かせぬ。村には気の毒であるが見捨てるより他に無い。それでもフォライスそのものがどこまで持つかという話でしかないがの」

「お待ちください、ジャーガ。それではアピス共によって樹門が閉ざされたということの説明が」

「つかぬ。先遣であれば目的は十分に成熟した世界樹なのだからな。自ら樹門を閉ざすような侵食はせぬし、巣も仮巣しかつくらぬ。先遣であっても説明がつかぬのだ」


 要するに既知の理屈では説明出来ない、何かが起こっている。そう考えざるを得ないということらしかった。どうりで夜会などそっちのけの討議になるわけだ。事態の軽重も判断出来ないのでうっかり夜会を中止して憶測を招くわけにもいかない。

 たしかに副長が厄介なことになったというだけのことはある。


「何かが起こっているのは間違いない。が、それが何かはわからぬ。ゆえに斥候を出さねばならん。ただ、な」


 遠すぎるのだ、とジャーガは苦り顔でトントンと机に広げられた地図の1点をタップした。


「樹門を使えぬ今、この距離を踏破して少数精鋭の騎士を送り込むのは不可能に近い。補給や準備を考慮すれば、もはや遠征軍の規模になる。しかしの、先遣である可能性を捨てきれぬ以上、騎士団は動かせぬ」

 

 《竜骸》の問題点として、とにかく遠距離の行軍に弱いということがあった。何しろ、基本構造が飛行型外骨格なので物資を搭載するスペースが全く無い。

 数日程度の道のりならば、外部にバックパックでも括り付ければなんとかなる。

 だが、それ以上となると、適当な場所に拠点を作ってそこに物資を集積し、さらにそこから次の拠点へ……という具合にならざるをえない。


「私たちの騎士団であれば、《アジュールダイバー》を使えます。ですが、万が一のことを考えれば通常の騎士団の半分の私たちとて動くわけにはいきません。まして、戦士たちの特性を考えればなおさらです。セレスティーナ従騎士長。危険な任務になりますが、動けるのは貴女と戦士シズクしかいないのです」


 騎士団は万が一に備えて動かせない。小数精鋭の偵察隊を組織しようにも大がかりになりすぎる。

 スカイナイツ組で組織された実験騎士団ならば《アジュールダイバー》を使えるが、同じく万が一に備えて待機の必要がある。いざという時には死に戻り出来るだけにトゥーンの騎士団よりも頼りに出来るだろう。

 なるほど。確かにこれはセレスティーナとシズク向けの任務だった。というよりも適任が他に見当たらない。

 とくにシズクとセレスティーナの《アジュールダイバー》は実験仕様のために様々な改修が施されている。その中には輸送機仕様のモジュールもあったはずだ。

 ようやく話が纏まったとみて、それまで沈黙を守っていたエイゴンが待ってましたとばかりに口を開いた。


「お前たちの《アジュールダイバー》の換装だけなら、さほど時間はかからねえ。2日もあればお釣りがくる」

「セレスティーナ・トラファ。過酷な任務となりますが……」


 じっと見つめるイリエナにセレスティーナはむしろ喜びの色さえ浮かべて、強くうなずいてみせた。


「いえ。むしろ感謝いたします、団長殿。騎士としての義務、一族の使命、共に果たすことが出来るのですから。ただ、シズクは私の一族の戦いに巻き込んでしまうことになるが……まあ、今さらだな」


 そう強がる口調には、軽い緊張とそれを上回る高揚感が見え隠れしていた。いつものセレスティーナのように見えるが、どこか危うい。

 ああ、なるほど。

 これはあの世話好きなジャーガ・ノートが心配するわけだと、今になってようやく納得する。任務とは別の、シズクだけに与えられたスペシャルクエストは、なかなかやりがいのあるハードなクエストになりそうだった。

 

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