第25話 死者と花束 -前編-

 村の長より預かった6つの魂結晶と共にシズクとセレスティーナが案内されたのは、小さな礼拝堂というか墓所というか、そういった雰囲気の場所だった。


 森の中の空き地を急いで整え、木を削って組み立てた小さな祠の周りにはよく磨かれた石と花束が供えられている。おそらく、その石の数が犠牲になった村人の数と言うことなのだろう。


 急ごしらえとは言え、綺麗に清められており乱雑という感じはしない。

 遺体を埋めたりした形跡がないのが気になると言えば気になるが、おそらくは逃げるのが精一杯でとても回収して弔う余裕はなかったのだろうという想像はつく。

 今も2人の少女が跪いて祈りを捧げていた。


「申し訳ございません。今、場所をあけさせますので」

「いや、いい。待つ。ここまでで良い。案内、ご苦労だった」


 セレスティーナの言葉に村長は慇懃に頭を下げると、それ以上は何も言わずにそのまま立ち去った。


 今も墓石の前で祈りを捧げている2人の少女を後ろから眺めながら、シズクは今さらながらにトゥーンの当たり前について何も知らなかったことに気がついた。

 当たり前だがこの世界にも普通の人がいて、普通の暮らしをして、普通に弔いをする。要するに日本と何も変わらない。

 つまり、シズク自身と関係の無いところで始まっては終わっている物語。その存在にようやく気がついたということだった。

 当然のことだが、基地に籠もっていては実感出来なかっただろう。あそこは世間から隔離された、ある意味では仮想の世界のようなものだった。気にするのはスコアと死に戻りというリスクのことだけだ。

 他は極論すればどうでもいい。強いて付け加えるなら、共に戦う仲間たちのことぐらいだろう。

 それがこの場に来ることで揺らいでいる。シズクにとって、目の前で祈る異郷の少女の姿がそうさせていた。


 2人の邪魔をしないように少し離れた場所で祈りが終わるのをそっと待つ。

 長いような短いような時間が過ぎ、祈りが終わった。

 その時になって、初めてシズクとセレスティーナのことに気がついた2人の少女の態度はまるで正反対のものだった。

 1人は一瞬、嫌悪感を浮かべすぐにそれを押し殺した。さまざまな感情をぶつけないようにという子供なりの知恵なのだろう。

 もう1人はぎこちないながらも、恭しく丁寧に膝を折って頭を垂れてみせた。平民が貴顕に表す礼儀。こちらの少女には敵意は感じられない。

 共通しているのはどちらの少女もセレスティーナとシズクに一定の距離をおいているということだろう。


「あの……騎士様ですか?」

「ああ、そうだ」


 フォライスの都から来た。じきに援軍が来ると言えればどれだけ良かったかと思うが、それは言っても仕方が無い。


「その、お願いがあるんです」

「……ニム、行こうよ」


 じっとセレスティーナを見上げる樹下の民の少女の腕を結晶人の少女が引っ張った。だが、樹下の民の少女はその場から動こうとはせずに、セレスティーナを見上げている。


「どうした?」


 ぶっきらぼうだが突き放す感じはしない。どう答えたものか戸惑っていて、それがそのまま言葉になったという感じのセレスティーナの声色だった。


「お花をあげてもいいですか?」

「花?」


 こくりと少女がうなずく視線の先には他とは少し違う墓標があった。《竜骸ドラガクロム》の破片を磨いて作られたもので、帰って来れなかった騎士のものだろう。他の墓標と違い、丁寧に清められているが花で埋まったりはしていなかった。

 そのせいか、少し周囲から浮いていて寂しく見える。


「その、騎士様の神様のお祈りはしらないから……お花ぐらいは良いのかなって」

「ニム。余計なことしない方が良いって」


 あまり関わりたくないという感じの結晶人の少女の声を無視して、樹下の民の少女が真剣なまなざしでセレスティーナを見つめている。セレスティーナは表情を緩めると、こくりとうなずいた。


「ああ。そうだな。もちろん、構わない。むしろ、私からお願いしたいぐらいだ。皆にもそう伝えてくれると嬉しい」


 セレスティーナの言葉にうなずくと、少女はパタパタと森の奥へと走って行った。慌てて、その後をもう1人の少女が追いかけていく。離れ際に軽くぺこりと頭をさげていたのが印象的だった。


「花ぐらい、わざわざ許可なんか取らなくてもいいと思うんだけどな」

「私に許可を求めた、というのではないだろう。どちらかというと他の大人たちへの許可を求めたという感じだろうな」

「どういう意味だよ」

「私たちがいなければ、そもそもアピスは襲ってこなかった……と考えている樹下の民は多いだろう。見ようによっては私たちは疫病神みたいなものだ」


 世界樹の村の民が逃げ込んできて、それを匿ったら村が襲われたわけだから、たしかにそういう風な考えが出てきてもおかしくはない。が、その一方で騎士たちが命をかけて彼らを逃がしたおかげで今があるというのも事実だ。

 つまり、恨めば良いのか感謝すれば良いのか誰もがよくわからないことになっている。さらにまだ事態は解決したわけではない。まだ、アピスが襲ってくる可能性はあるし、その恐怖がさらに感情を縛っている。

 それがこうして、墓は作るし清めもするが、それ以上は関わりたくないという態度に表れている。騎士たちに関わらなければアピスとも関わらなくてすむのではないか、という迷信じみた感情もあるだろう。


「つまり、セレスはダシにされたってことか」

「私が求めたと言えば、あの娘も責められはしないだろう。今はそれぐらいしか、出来ることは無い」


 まだ納得出来なかったが、そもそも納得出来るような綺麗な問題ではない。憮然とした表情のシズクにセレスティーナは気にするなと告げた。


「それよりも、ここへ来た目的を忘れるな」

「その目でお確かめください、か」


 言葉では伝わらないから、というカミラの言葉を思い出す。

 言葉で無い方法というのは、つまり死者の記憶を一時的に共有するということだった。魂結晶を遺すトゥーン人ならではの方法だろう。地球でも、そういう設定の仮想現実のコンテンツはあったが、あくまでもそれらはフィクションだ。現実ではない。

 だが、今からやろうとすることはそうではない。


「正直、あまり気が進まぬのだがな。カミラがそういうのであれば、それしかないのだろう。シズク、お前は無理をしなくてもいいぞ」

「そんなわけにはいかないだろ。つきあうよ」


 確かにあまり気は進まないが、仕方が無い。それしか方法が無いというのなら、それをするまでだ。何よりも、いくらなんでも、こんなことをセレスティーナ1人に任せっきりというのは少々みっともない。

 イヤなことはお任せします、というのはシズクの規範としては避けたいものに分類されている。

 セレスティーナが小さな祈りの言葉――あるいは許しを請う言葉かもしれない――と共に懐から6つの灰色の結晶体を厳かに取り出した。

 先の戦いで死んだ騎士たちの魂結晶だった。

 残りの魂結晶は回収出来なかったらしい。戦闘中にそのまま行方不明になった。生きているか死んでいるかで言えば――残念ながら後者だろう。

 すでに色を失い、くすんだ半透明の色合いへと変化している。以前、サクヤ先生から魂結晶さえ無事ならば身体を再生することが出来る、ということを聞いた気がするが、一目見ればそんなことはムリだとわかった。

 それほどまでに魂結晶からは生気というか、何か生きている気配というものを感じることが出来ない。


「それでは始めるぞ。まず私が同調するから、シズクは私に同調してくれ。使う祈技ポーシスグラスタもその時に共有する」

「わかった」


 祈りの言葉を口ずさみながら、セレスティーナがそっと魂結晶に指を触れる。セレスティーナからの合図をまって、続いてシズクも死者の記憶に同調開始。うなじのしびれるような感覚と共に現実感が消えていく。


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