第15話 2人の戦技会 前編

 その日の空は雲一つ無い、晴れ渡った絶好の戦技公開日和だった。


 こんな日のトゥーンの空は地球のような深い青というよりも、もう少し紫色のかかった色に見える。


 といっても、やはり青は青ということに変わりなく空を飛ぶ開放感もいつも通りだった。



『よし。それではセレスティーナ従騎士による、戦技会を開催する。本戦技会は原則、非公開とし知り得た情報の活用に関しては必ず従騎士長の許可を得てから行うように改めて要請する』


『承知した』



 通話回線を通じて、副長の開会宣言件情報開示の念押しの声が流れる。


 無論、情報開示に関しては事前に書面という形でも契約を交わしている。


 それでも念には念を入れてというあたり、じつに副長らしい配慮だった。



 非公開、という言葉の通り、この戦技会に参加しているのはごく一部の限られた人員以外は全て慎重に排除されていた。


 地球人側の参加者は基地司令のヘスと今回の開発計画の責任者のエイゴン。そしてデータ収集係のスタッフがわずかに2名のみ。


 トゥーン側に至っては団長のイリエナとマリア副長だけにまで絞られている。


 各小隊に至っては合同訓練という名目で全機を別の空域へと隔離する徹底ぶりだった。



『それでは、ただいまより戦技会を開催する。なお、集中力を要する戦技会になるため、従騎士長並びに戦士シズクへの音声回線などは遮断させていただく』


『ああ。わかってる。そこまで神経質にならなくても、不用意な行動は取らねえよ。同じ釜の飯を食う仲間なんだ。仁義はわきまえてる』


『主任のお言葉、心強く思う。それでは両名は《竜骸ドラガクロム》にて、所定の位置へ移動を開始せよ』



 事前に指示されていたとおり、シズクはわざとゆっくりと所定の座標と高度へと移動した。


 そうこうしているうちにも、かなり舞い上がった融合セレスティーナの声が通話回線を通じて聞こえてくる。



『んー。やっぱり空は格別ねー。全力全開出来る空は!』


『従騎士長、落ち着け……野蛮人、後はお前が頼みだ。うまく、づなをとってくれ。期待してるぞ』


「……了解です」



 づなを取ってくれと言われても、果たしてどれだけくいくのやら。


 何しろ、事前に何度か予行演習を行った時は思いっきり手加減されて、なお手も足も出なかったのだ。


 果たしていかなるスキルが稼働しているのかはうかがるよしもなかったのだが、副長とはズタボロでも何とか通用した腕前が全く通用しなかった。


 少しばかりてんになりかけていた鼻を見事にへし折る痛恨事となったのは言うまでも無い。


 なにしろ、しばらくは夜遅くまでS・A・Sスキル・アシスト・システムの見直しと再検討をしずくプログラムまで駆使して練り直していたほどの衝撃だった。


 その甲斐かいが果たしてあったのかは、今からの戦技会で試されることになるだろう。



「さて……頼むぞ、しずくPG」



 祈るような気持ちではるか異世界の向こう側の幼なじみに祈りをささげる。神様仏様しずく様と言ったところだろうか。



『……シズク? 今、なんか余計なこと考えてなかった?』


「い、いや? 気のせいだろ」


 

 融合セレスティーナと無印セレスティーナの違いと言えば、言動以外にこの勘の鋭さだろう。


 とにかく、勘が異常に鋭いのだ。ごまかしながら、さりげなく話題を転換する。



「それより、あんまりはしゃぐなよ。後でまた自己けんになるぞ」


『……言わないでよ。わかってるわよ、そんなこと』



 むうと口をとがらせたような声。融合人格をうまく誘導するには、後からのことを考えさせるのが一番ということをシズクは学びつつあった。


 言ってみれば記憶のはっきりした酔っ払いを相手にするような感覚が一番近いだろう。


 その時はハイになっているが、全て克明に覚えているので後からはどうしても「うぁああああああ!」ということになりがちなのだ。



 暴れ馬をなだめるような気持ちで、互いに所定の位置に到着。


 正対したところで、改めて副長に準備完了のサインを送る。



『よし。それではまずは戦技として想定状況:シズク機を敵アピスに見立て、逃亡している敵アピスの追撃から確保までを実演する。実演は2回。初回は従騎士長は手加減して試技を行い、2回目に全力での試技を行う。最後に自由戦技として簡易模擬戦を実施して終了とする――ヘイケン主任。何か言うべきことがあればお伝えするが?』


『あー、そうだな。出来るだけ、こちらに腹……横から見れるような動きで飛んでくれるとありがたい。データを取りやすいからな』


『了解した。従騎士長・シズク機はこちらを横断する形で戦技を実行するように』



 音声を遮断というのはハイになっているセレスティーナの声を聞かせないための方便なので、わざわざ副長に復唱してもらわなくても丸聞こえである。


 ただし、それを悟られるわけにはいかないので、こうした二度手間が発生せざるを得ない。



『よーし。じゃ、ゆっくり追いかけるから張り切って逃げなさいよ』


「……逃げ切ってやるから、見てろよ」



 融合セレスティーナの言い方に思わず、カチンと来たシズクは初っぱなからしずくPGを起動させた。



『シズク機の起動開始後、3秒後にセレスティーナ機は追撃を開始――始めっ!』



 副長の声と共に、いきなり前回で《竜骸ドラガクロム》の斥力場ジェネレーターを全開域まで突っ込む。


 同時にしずくPGと組み上げたオリジナルS・A・Sスキル・アシスト・システムを連動。二枚の斥力場を可能な限り接近させることで強力な反動推進力を得ることの出来る方法へとすり替える。



『……速いじゃねえか。あの野郎、何かいじりやがったな』


『主任。シズク機には聞こえておりません。後ほどご確認を』



 慌てたようなエイゴンの声が聞こえるが、もちろん無視。


 とにかく直線で速度を稼ぐ。不規則起動はセレスティーナが動き出してからでも遅くは無い。それよりはまず距離を稼ぐのが最優先だ。



『やっるじゃないの! んじゃ、行くわよ!』



 3秒が経過し、猛烈な勢いでセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を示す光点が背後から追いついてくる。


 手加減しているというのに、実にシズク機の倍近い速度が出ている。



「……これで手加減かよ。くそ、チートだチート!」


『ほーら、追いつくわよ?』


「にゃろ!」



 最高速度を保ったまま、副長との決闘で編み出し、さらに磨き上げた回転ターンを3連続。


 不規則にベクトルを変えて、軌道を変更。


 襲い来る不規則Gは練り上げたS・A・Sスキル・アシスト・システムで大幅に軽減させることに成功しているが、それでもやはりキツイ。


 直線運動に斥力場ジェネレーターの推力を大目に振っていたのか、セレスティーナの機体は大きくシズク機をオーバーシュート。


 慌てて戻ってくるが、かなりの距離が開く。



『……なるほどね。こういう展開をするとこういう出力係数になるんだ。これは地球に送って解析させたいなあっ』


『それは遠慮していただこう。それにしても、やるではないか野蛮人』


『ギャラリーがいないのがもったいないっすね、主任』


『仕方なかろう。それにしてもワンサイドになるかと思ったが、以外と粘るな』


 てんで勝手な感想をそれぞれつぶやくギャラリーの声を気にしている余裕は無い。


 戻ってきたセレスティーナはちょっと本気出すとばかりに複雑なステップを空中で踏みながら、シズクの隙を伺いつつ猛追してくる。


 ゴールまであとわずか。


 時間にして1秒未満、というところでついにシズク機がセレスティーナに捕獲された。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る