第3話 プロジェクト・トゥーン

「トゥーン計画、というのはね。ボクが名付けた。異世界トゥーンは実在しているのさ。そして、ゲームの設定と同じく戦いを続けている。今、この瞬間も」


 一瞬、耳を疑った。


 何を言っているんだ、この幼なじみは。


 天才となんとかは紙一重と言うが、ついに狂っちゃったのかなどなどと、そんな気持ちのままとりあえず聞いてみる。

 


「あー。つまり何か? 偶然、ゲームと同じ異世界があって、偶然ゲームと同じ設定になってるっていう話か? 大丈夫か、おい? とうとう、おかしくなっちまったんじゃ……」


「キミがそう言うのは十分に予測がつくがね。腹が立つことには何らかわりはないね。全くボクが狂うにしてもだね。キミじゃあるまいしゲームに狂って現実と区別がつかなくなるなんていう狂い方をしたりはしないよ。バカも休み休み言いたまえ」


「いや。だけどだな。異世界、だぞ? しかもゲームと同じだぞ? あり得ない偶然だろ」



 ありえない偶然、というところで彼女はキラリと瞳を輝かせてうなずいて見せた。



「偶然、か。そうか。キミからはそう見えるのか。ボクは最初から関わってたせいかな、まったく逆の感覚なんだがね。そうさ。逆、なのさ。トゥーンが発見されて、そこをモデルに開発されたのがスカイナイツなのさ。ある目的のためにね。ゲームシステムもそうさ。すべて、トゥーンが先なんだよ。カジュアルなゲームモードでまずは世界中からユーザーをかき集める。そして、そこからゲームにドまりして現実からは足を踏み外しかけている連中を選別、ハイリアルモードでさらに鍛え上げる。偶然でも何でも無い。スカイナイツはね、キミ。ゲームの皮を被った選考システムなのさ」



 カチャリと音を立ててソーサーにカップを置くと、中空に指を走らせて空間にデータを表示させる。そこにはゲームでは語られていない詳細な説明が記されていた。



「ボクはね。トゥーンで100年ばかり過ごしてきた――ああ、異世界とこちらとは時間軸をずらすことができる。地球時間では1年ほどだ。ボクの研究は異世界トゥーンに情報を、もっと言うと人間やこちらのコンピュータシステムだのなんだのを送り込むというのがテーマだったのさ。発案者、というのはそういう意味だよ」


「じゃあ……いきなり連絡できなくなったのは」


「そういうことだね。すまなかったと思ってるよ。せめて、しばらく連絡が取れなくなるぐらいはキミには言っておくべきだった。そうすればキミも……いや、話を戻そう」



 ぱっとウィンドウが切り替わり、ゲームでもおみの敵キャラが表示された。アピスという名前がつけられている、蜂のような昆虫型のモンスター。



「今さら言うまでもないと思うがね。トゥーンには人類によく似た知的生命体が存在していて、彼らはこの昆虫によく似た生命体とずっと長い戦いを繰り広げている。理由は資源の奪い合いだ。そして、はっきり言うとかなり分が悪い。だから戦力を提供すれば大きな貸しになる」


「なら、本物のようへいでも送れば良いだろ。ゲームだぞ? いくらランカーでもゲーマーが使い物になるかよ」



 もっともだ、と彼女は静かにほほんだ。



「もちろん、もう送ってるよ。スカイナイツはトゥーン計画の中のサブ・プランの1つさ。他にも犯罪者を恩赦と引き換えに送り込むなんてことまでしている――あまり成果は出ていないようだがね」


「手当たりしだいかよ」


「手当たりしだいさ。そして、キミ。誤解があるようだがね。ゲーマーだから使い物にならない……というのは大きな間違いだよ。言っただろう? ゲームが先じゃないんだ。すべてはトゥーンに戦力を送り込むための計画の一環さ。使い物になるようにスカイナイツのハイリアルモードは設計され、運用されている。キミのことだから、ニュースは見ただろう? スカイナイツのプレイヤーが現役の空軍パイロットとシミュレーターで模擬戦をしたって」



 そのニュースなら、確かに知っていた。


 結果は正規のパイロットの勝利。


 まあ、カジュアルな表モードなら所詮はそんなとこだろうと、皆で笑い合った記憶がある。


 ハイリアルの俺たちなら、勝てたに違いないぜなどと豪語するもいたはずだ。



「あれはちょっとリークしたバカがいてね。実際にはハイリアルモードのテスターとの模擬戦だったのさ。広報部とぼうちよう部の連中がえらく苦労してたよ」


「そうだったのか……」


「ま、そこはどうでもいいさ。実際の勝負はね、なかなか良い勝負だったよ。実機でもね」


「実機!?」


「そうさ。空間じゃ無い。アリゾナあたりの試験空域だ。事前のシミュレーションも無し。ただし操縦系統はスカイナイツに合わせて換装してるがね。まあ、体力だけはかんともしがたいので最終的には負けたけど。そこは問題じゃない」



 シズクは自分の知る世界に音を立ててヒビが入ったような気がした。



「これでもトゥーン計画のごく一部なのさ。実際にはもっと多くの人員が関わっているし、もっと大勢の人員がすでにトゥーンでは働いている。氷山の一角さ」


「お前……一体、何に関わってるんだよ……」



 その疑問に対する答えは返ってこなかった。



「すでに第1次の選考は終了している。ハイランカーの上位50名が第1陣として、来月にはトゥーンへと送り込まれる予定さ。もう分かっただろうけど、彼らは要するにゲーマーようへいだね」


「おい。自分が何を言ってるのかわかってるのか? ようへいとして送り込むって……死ぬかもしれないってことだぞ?」


「死なないよ。正確には死んでも再生される。言っただろう? ボク自身、100年ほど過ごしてきたって。言っとくがね、ボクの身体年齢はキミと同じ17歳だ。ピチピチだよ。100歳越えの老人じゃない。トゥーンに送り込まれるのは量子化された自己同一性情報、つまり精神だけだ。肉体は地球側で同じく量子化されて不観測状態で保存されている」



 いわば、不死身の兵士というわけさ。そう、うそぶいて見せた。



「キミは選考に漏れたわけだけど、ボクは多少の無理は押し通せる立場だ。今からでもなんとでも理由をつけて押し込める。ただし、キミ……キミにだからそつちよくにいうがね。こいつはなかば人体実験さ。もちろん、リスクは大きい。ボクが言うことじゃないがね……」



 我ながらメフィスト・フェレスにでもなった気分さ、と自嘲的に笑って見せる。



「だからこそ、破格の報酬ってことか」


「そうだね。実際の肉体はトゥーンの技術で生産されているものを使うわけだけど……これはね、トゥーン人の肉体と基本的には同じものさ。実際には地球の肉体と同期されるので姿形はキミそのものになるがね。そして、これがとんでもなく良く出来ている。言われなければ自分の身体じゃ無いとはまずわからない。あまりにもリアルさ。なんとかリミッタを設けようとしたがリミットしきれなかった。入力される感覚は現実と変わらないし、その結果……トラウマを形成する可能性は高い」



 つまり、などでPTSDのような精神的なダメージを負うリスクはあると言うことだ。その精神的なダメージばかりは帰還時に引き継ぐことになるはずで、確かにそれは無視出来るほど小さな危険性とは言えなかった。



「もちろん。ボクにだって、自分で言うのもなんだけどね。親友の……ボクはキミのことを親友と考えているんだがね。そのキミに対して、ずいぶんと非道なオファーを出しているっていう自覚ぐらいはあるのさ。こうみえてもね」


「俺もお前のことは親友と思ってるよ。姉ちゃんは妹みたいに思ってるみたいだけどな」


「ありがとう。お世辞でもうれしいよ。まあ、だからね……せめてもの罪滅ぼしというにはとても足りないがね。キミのアバターに関してはボクが責任をもって調整してサポートするつもりさ。ズルかもしれないが、実証実験ということで許可は取り付けた。ボクの能力と権限をフルに使って、ボクはあえて、キミにエコびいをする。フェアプレイなんて知ったことじゃないね」


「……そんなことして、お前、大丈夫なのか?」


「ボクはこれでも実績はあるんだよ。権限もね」



 そこで話はいったん終わりのようだった。彼女はじっとシズクを見つめるとゆっくりと席をたった。



「ボクが話せることはこれだけさ……。どうだい、キミ? トゥーンに行ってみるかい? キミが行った後はボクが静枝さんの治療の手配やその後の生活サポートは引き受けるよ。早いほうがいいからね。これぐらいはさせてくれたまえ。ただし、金銭負担はキミの報酬を前借りだ」


「ま、そうだよな」


「それとも、キミ。ボクの援助を受けてくれるかい? それならトゥーンのことなんて忘れてしまってスカイナイツで思う存分楽しめるさ。ボクも以前のように頻繁に……とはいかないが、こうしてキミと会うことも出来る」



 シズクはきっぱりと首を横に振った。これは姉も含めた家族の総意でもあったが、何よりもシズク自身がそれだけはしたくなかったというのが一番の理由だ。


 彼女にそういった貸しを作るというのは、彼女との関係性に不純物が混ざる、ということだ。それだけは受け入れることが出来ない。おそらく姉の生死がかかっていたとしても、無理だろう。そういう確信があった。



「キミがそういうヤツだってのは、まあ分かってたことだがね。分かってて聞くのだからボクもずいぶんと性格が悪くなったものさ。それでもね……ボクはキミとの友情だけは守りたいし、キミ達の家族の助けにもなりたいのさ。だからね、これはボクなりの提案さ。キミはリスクを背負う。死ぬほど辛い目にも会うだろうさ。トゥーンはかなり厳しい世界だし、キミ達の扱いははっきり言ってロクなものにはならないのは予想がつく。それはキミが背負うんだ。ボクはキミをそう言う目に遭わせたと言う事実を背負う。これでフィフティ・フィフティだ。おっと、静枝さんには内緒だぞ。ボクとキミだけの秘密の協定さ」



 後はキミが決めるんだ。



 それだけを告げると、何の前触れも無くトークルームから退出する。後にシズクと1度だけ使える利用制限のかかったチャンネルIDを残して。



 シズクがそのチャンネルを使ったのは、それからすぐのことで、それが実質的な地球での最後の思い出となった。

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