第4話 死に戻りと歓迎会

 砕け散った自分がフィルムを巻き戻すかのように再構築されていく。


 その感覚をはっきりと認識しながら、シズクは他人事のように平静な気持ちでそれを感じ取っていた。


 自己を構成する様々なパーツ――手や足や内臓や髪の毛といった物理的な要素から記憶や経験、思い出、感情といった非物理的な要素。


 そういった物がカチカチカチと音を立ててはまっていくのが実感できる。


 まるで幽体離脱しているかのように、かんてきに新しく形作られていく自分の肉体を観察する。


 銃で撃たれた形跡はどこにもない。治療したのではなく、一から完全に作り直されているのだとはっきりと理解出来た。



 精神と身体が重なる。



 その中にかすかな違和感を感じる。


 と言ってもいびつな感じではない。むしろ逆でしっくりと自分にんでいる実感がある。

 ただ、なんと言うか。色が違う。そんな感じだった。


 ゆっくりと目を開いて身体を起こしててのひらを見つめる。


 握って開く。

 胸元を見下ろすとそこには見慣れない青い結晶体が埋め込まれていて、そこでようやく自分が異世界にやってきたことを思い出した。



「あ、目が覚めました? 良かったぁ。予定より1時間も遅れてたから心配したんですよー」


 まだ少し寝ぼけた頭でぼんやりとしていると、出し抜けにどこか舌足らずな声で話しかけられた。


 声の方向に顔を向けると、白衣を着た若い女性が安心したようにシズクを見つめていた。



「えーっと、私の言葉。わかります?」


「あ、はい。わかります」


「じゃ、これ見えてます? 何本ですか?」



 昔の医療ドラマで見たのと同じように、指を3本立てて見せた女性に素直に3本ですと答える。


 どうやら、無事に再生出来たのかどうか、確認されているらしい。


 ふっとフラッシュバックのように銃で撃たれた記憶がよみがえる。


 思わず顔をしかめると、女性はどうかしましたか? とシズクの顔をのぞきこんできた。



「いえ。ちょっと……」


「ああ。思い出しちゃいました? もし、続くようでしたらちゃんとカウンセリング受けてくださいねー。それで他に具合の悪いところとかありません?」



 女性の言葉にシズクは身体を起こして、軽くひねってみた。


 痛みも感じなければ違和感もない。いつもの通りだ。


 胸に輝く青い結晶体以外は。



「たぶん。大丈夫です……ところで、俺。どれぐらい死んでたんですか?」



 我ながら変な表現だとは思うが、それ以外にうまい言い方が見つからない。


 夢にも似た記憶のはざの出来事はずいぶんと長く感じられたのだが。



「あー。そうですね。ざっと5時間ぐらいですかね。昼寝にはちょっと長いですね」


「え? たったそれだけですか?」



 それにしてはずいぶんと長い間、記憶のはざを漂っていたような気がする。千夜一夜とまではいかないが、1週間ぐらいっていると勝手に思い込んでいた。



「基本的にアバターボディは最初から出来上がってますしねー。個人のマテリアル情報とフィッティングさせるだけなんで、時間はあまりかからないんですよ。ちょっとは安心しました? それじゃ、問題なさそうなので、さっさとみんなと合流しましようか」



 ほっと一安心、という感じで操作していたスレートデバイスをぱたむと畳むと女性はシズクににっこりとほほんで見せた。


 服装や言葉の端々から察して、医療関係者だと思うのだが、どちらかというと小学校の低学年あるいは幼稚園の先生のような印象を受ける。



「それじゃ、カゴの中の制服に着替えちゃってくださいね。さすがに検査着のままだと、アレですから。ささ、急いでくださいよー。歓迎会、もう始まってますからね」


「歓迎会、ですか?」


「はい。早くいかないとごそう食べ損ねちゃいます!」



 まるで音を立てそうなほど折り目をつけられた制服は着慣れた高校の制服というよりは軍服を思わせるデザインだった。


 白と濃い緑を基調としており、ズッシリとした重みを感じる。


 その重さこそが、これからの異世界での生活を象徴しているようだった。



シズク……うそ、だよな」



 誰に向けるともなく、小さくつぶやく。


 あの空間での記憶は今も、細部まで思い出せる。


 その声にも仕草には何もうそは無かった。少なくともシズクにはそう思えた。


 それがすべて演技だったとは……思えないし思いたくない。


 まして、自分を売ったなどと。


 解決できないもやもやを抱えながら着替えをすませて、誰もいない廊下を白衣の女の人とゆっくりと歩く。


 コツコツという足音がやけに耳ざわりだった。


 すでにとっくに夜になっており、窓の外は真っ暗な闇に閉ざされている。


 ほどなく、ガヤガヤとざわめきが聞こえる一室が見えてきた。


 そこだけが別世界のように明るく、サーチライトのように漏れた光が廊下を照らし出している。



「さ。つきましたよ! ごそうの時間です!」



 バンッと勢いよく開け放たれた扉の音に、けんそうに包まれていた室内が一瞬静まりかえった。


 一斉に向けられた視線にたじろいでいると、おおっというどよめきが入口から奥へさざなみのように広がっていくのが聞こえる。



「……マジで生きてるぜ、おい」


「ほんまや……めっさ撃たれてたんに……」



 最初は遠巻きに。やがて、おずおずと。そして、わっとばかりに人の波に飲み込まれたシズクはとうの質問ラッシュにさらされた。



「なあ、マジで死んだのか? マジで?」「痛かった? 撃たれて痛かった? 気持ちよかった?」「復活するときどんな感じだった? やっぱ、スカイナイツと同じでブラックアウト?」エトセトラエトセトラ……



 どの声にも既視感を感じる。


 男女の比率は男が8で女が2というところか。


 そして、何よりもみんな若い。


 一番年上でも20代の半ばは越えてなさそうに見える。


 ほとんどはシズクと同年代だろう。


 思いもかけない人気ぶりに戸惑っていると、忘れようにも忘れられない声と共にさーっと人の群が割れて一人の男が姿を見せた。



「思ったよりも時間がかかったね。51番君。どうだね? 生き返った感想は」


「……別に。普通だよ」



 まともに答える気にもなれなかった。グラスを片手に和やかな表情を向けているが、この男は同じ表情と同じ声でシズクを撃ち殺したのだ。


 ここにいる皆の目の前で。



「つれないな。まあ、いい。打ち解ける時間はたっぷりとある。今日は歓迎会だ。多少の無礼は多めにみよう。心配しなくとも、ブラッドパーティとしゃれ込むつもりはないから安心したまえ。この通り丸腰だ」



 そう言って示した腰のホルスターは確かに銃の類いは収まっていなかった。代わりに数本の花が刺さっている。


 見たこともない色の花だったので、多分、この世界の花なのだろう。


 さっとしやた仕草で一本取りだして、シズクの胸に飾り付ける。甘い香りの花だった。



「トゥーンへようこそ。ところで自己紹介をお願い出来るかな? もう他の皆は済ませたから、後は君だけだ。いつまでも51番君では私も落ち着かないのでね」


「番号相手じゃ、殺した気にはなれないってことですか?」


「君の性格は文字通り、死んでも治りそうにないな。気をつけたまえ。トゥーン人は私のように優しくは無いぞ」



 最後の一言は冗談のつもりだろうか? あるいは事実だろうか? どちらにせよ、ろくなものではない。


 男に促されて、壇上へと上ると全員の表情が良く見えた。ほとんどは知らない顔だが、幾人かは見知った者もいる。


 スカイナイツのハイリアルモードでは身体感覚が現実と全く同じでなくてはならない、という制約により実際の身体データから空間で使うアバターが構築されていた。


 このことによるプライバシーの保護のため、他のユーザーからは別の人間に見えるというマスクモードが実装されていたわけだが、ハイリアルと同じ姿ということはハイリアルでマスクモードを使ってない剛の者ということになる。


 とくに歌舞伎役者のごとく真っ赤な色で髪を染め上げている男。


 あれは本物だったのかと妙な感動を覚えた。



「えっと。初めまして――じゃないか。お久しぶりです。シズクです」



 スカイナイツで使っていた名前をそのまま名乗ると、「よ! EA!」というヤジが飛んだ。

 

 エコノミックアニマル。


 つまり金の亡者。


 ひたすら換金率の高いクエストで荒稼ぎしていたシズクについた通り名だ。



「とりあえず、死に戻って来ました。チュートリアルの前だったと思うんですが、ちょっとクソゲーじゃないかな、と思います。とりあえず、今回もモードEAで行きたいと思いますのでよろしくお願いします」



 無難に挨拶を終えると、ようやくチームの一員という感じの連帯感が部屋に満ちる。


 不思議なもので、異世界へ来てしまったという不安感よりも初めてハイリアルにアクセスした時のような高揚感の方が強い。


 みんな、そうなのだろう。


 どの顔も昼間の惨劇を引きずっているようには見えなかった。とにかく今が楽しい。そんな感じだ。



 皆に紛れて飲んで食べて、バカを言い合っているとメガネの男が「やあ」と気さくに声をかけてきた。


 もちろん、シズクも「よっ」と気軽に返す。


 誰かはわからないが、それは割とどうでもいい。



「シズク、そんな顔してたんだね」


「えっと……?」


「ああ、そうか。トールだよ、トール。高橋たかはし とおるだから、そのまま通る。なんちゃって」



 この下手なダジャレは間違いなく、何回か組んだことのあるユーザーだった。


 同じ日本人だということで気が合い、オフでも会おうかなんて言ってたぐらいには仲が良い。



「トール!? へえ、マジでガリ勉メガネだったんだな」


「なんせ、受験生だからね。視力落ちまくり。そんなとこまで再現しなくてもいいのにね」


「まったくだ。それにしても――本当にみんな、ハイリアルのユーザーなんだな」


「だね。特にあの二人とか」



 顔を向けると、例の真っ赤な髪の男ことレッドとお下げの少女とがスカイナイツ時代と同じように言い合いを繰り広げている。


 お下げの少女のHNはアン。通称、夫婦漫才コンビの《赤毛とアン》


 かと思えば、一人だけ明らかに体格の違う男がずっしりと皆をへいげいしている。


 顔つきこそ違うが体格が完全に一人だけ規格外なので、一発で誰か分かる。


 巨漢こと、ハルク。


 そんなこんなで3割ぐらいはすぐに誰か見当がつくのが面白い。



「そういえばさ。シズク、リアルネーム教えてよ」


「ん? いるか?」


「一応、みんな自己紹介の時に言ってるから。まあ、僕が最初に言っちゃったから流れでそうなっただけな気はするけど。そういうことだから、たぶんみんな聞いてくると思うよ」



 そこまで言われてしまえば、一人だけ拒否するというのもバツの悪い話だろう。とくにこだわりもなかったので、シズクは軽くうなずいた。



「おっけ。俺は――」



 シズク、と言おうとして思わず苦笑する。違う。それは……親友から借りた名前だ。


 そっちではない。そうではなくて、自分の名前はたかなし……シズク? じっとりとした嫌な汗が背中を伝っていく。


 それが自分の本名では無いということが分かっているのに、それ以外の名前が出てこなかった。


 思い出せない、のではない。まるで生まれた時からそうだったかのように、当たり前にその名前しか脳裏に浮かばない。


 子供の頃の記憶をたぐってみても同じだった。


 父も姉も学校の教師もクラスメイトもみな、たかなしとかシズクと言っていた。

 わけがわからない。



 ただ、彼女だけが……彼女との思い出の中だけが違っていた。



【キミはコーくん。ボクはシーちゃんって、格好悪いじゃないか。お笑いコンビみたいだ。だから、これからはボクはキミとだけ呼ぶことにするよ】



 コーくん。光輝? こうろう? 少しでも具体化させようとするとするりと逃げてしまう。



「シズク?」



 トールのげんな様子に、とりあえず愛想笑いを浮かべてみせた。


 シズクという名前に違和感を全く感じられないという違和感を悟られたくはなかった。



「ちょっと。大丈夫? やっぱり、あれの後遺症とか出たんじゃ……」



 思わず声を潜めるトールにシズクはムリに笑顔を向けて、そしてうそをついた。



「悪い。ちょっとけてた。俺の名前はたかなし シズク。トールと同じそのまんまだよ」


「え? そうだったの?」


「まあな。ハンドル考えるの面倒だったし、それに……女っぽい名前だろ? 逆にバレないかって感じで」


「ああ、それは確かにそうだね。僕も本名だなんて思わなかったし。じゃあ、これからもシズクでいい?」



 なんとかその場をすと、シズクは笑顔を貼り付けたままトールから離れた。


 シズクから聞かされたリスクという言葉が頭の中をぐるぐると巡っている。


 これもリスクのうち、なのだろうか?



「注目! それでは今より、諸君の上官にあたる異世界人――トゥーン人の方々を紹介する。諸君らは5人1組を1個小隊として、計10個小隊。つまり、10人が指揮官としてトゥーンから……」


 壇上であの男が何か演説しているが、そんなことは知ったことではなかった。とにかく今はけんそうから離れたかった。



 目立たないように扉から部屋の外へ逃げるように転び出る。


 暗い廊下をそのままあてもなく歩き続けると、どこからか歌声が聞こえてきた。


 聞いたことの無い旋律。知らない言葉。


 近づくにつれて、言葉がはっきりと輪郭を帯びて意味が取れるようになる。



「――エス・クラウンェイ・トゥグン・セイ・クラスタ・ガン・ジュエラ世界樹よ。果て無き恵みをもたらすものよ……」


 澄み切った声に導かれるように、シズクはその場所へと足を踏み入れた。

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