プロローグ初陣 4 ミッションコンプリート RTB

 戦闘開始から数分が経過していたが、シズクにはもはや時間の感覚は無かった。


 S・A・Sスキル・アシスト・システムによって極限まで拡大された知覚と加速された意識をもって、亜音速でアピスに肉薄して斥力フィールドで覆われた剣でたたき切る。


 青白い刃の軌跡と飛び散る残骸。


 それを確認するよりも早く、ぞくりとした寒気を感じて即座にその空間を蹴るように離脱。


 《竜骸ドラガクロム》の全身に張り巡らされた斥力場推進をフルに活用して、アクロバティックにランダム機動。


 ほんの一瞬前までいた場所をアピスの放った針が超音速で通過するのが見えた。



「50……いや、60ぐらい、か?」



 S・A・Sスキル・アシスト・システムで撃墜数を呼び出すと、驚いたことに撃墜数は100を超えていた。しかし、そのことに特別な喜びは感じない。


 それよりも、一刻も早くこの場から逃げ出したかった。



『ルゥウアアアァァァアアアアアッ!!』



 悲鳴のようなたけびのような声が嫌でも意識に飛び込んでくる。


 シズクと同じくなんとか生き残っていたトールの声だった。


 優等生然とした面影はどこにも残っていない。シズクと同じく《アジュールダイバー》から《竜骸ドラガクロム》モードへと移行したトールは、器用にも剣と光学兵器を使い分けながら、アピスを次から次へと葬っている。



 大樹から沸き上がるアピスは果たしてどれだけ残っているのか。


 この巨大な樹木そのものが、やつらの巣だとすると――そこから先は考えたくもない。



 群のいない、開けた位置へと移動して呼吸を整える。


 機動そのものは《竜骸ドラガクロム》の斥力スラスタの発する推進力だが、それを意識して操るのはシズク自身であり、その反動も完全には消し去れない。


 すでに心身ともに限界を超えているが、いまだに作戦完了の表示は灰色のままだ。



 トールもシズクに気がついたのだろう。


 まとわりつくアピスの群れを蹴散らして、掃射でまとめて細切れに刻むとシズクのいる位置へと移動してきた。


 互いに背中を預けながら周囲を監視する。



『……キリがないね』


「全くだ――他のみんなは?」


『みんな撃墜された。残ってるのは僕と君だけ。他の小隊も似たり寄ったりみたいだね。残ってるのはせいぜい、1機か2機』


「そっか」



 より上位の指揮系統を有するトールならば、シズクの知らない情報があるか思っての質問だったがトールの答えはシズクの持つ情報と同じだった。


 小隊のステータスリストに色つきで表示されているのはシズクとトールの2人きり。残りの仲間はみな色を失っていた。



 一息ついて兵装を確認。



 トールの持っているような光学兵器は《アジュールダイバー》のモジュールを分離した時に一緒に喪失してしまっている。


 残っているのは握りっぱなしの斥力ブレードと《竜骸ドラガクロム》の肩部に組み込まれたチャフやフレアといった補助装備だけだ。


 それも使えて、あと2回か3回。1回の射出量をケチっても3回は無理だろう。



「……ヤバいな。トール、そっちの武装はまだ持ちそうか?」


『どうかな……摩耗がそろそろ限界に近いから。もって、あと5分ぐらいかな。あとはシズクと同じでチャンバラだね』


『なんや、余裕やね。あんたら』



 乾いた声で笑い合っていると、別の声が割り込んできた。なまりのある女の声。


 S・A・Sスキル・アシスト・システムが気を利かせたかのように相手の情報をポップアップ。


 続いて生き残った他のメンバーの情報も立て続けに表示され、シズクは生き残りが全員集まってきていることに気がついた。



 集結したのはわずかに5機。


 すでに全員が《アジュールダイバー》の外装を喪失し、コアユニットの《竜骸ドラガクロム》もひどいありさまだった。



『残りはこれだけか』



 他よりも一回り大きな《竜骸ドラガクロム》の主が宙に浮かぶ全員を見回した。


 巨体にふさわしく、装備しているのはハルバードのようなポールウエポンをした武器で実によく似合っている。



『せやね。うっとこはこのアホ以外は死に戻りや。下手に生き残るもんやあらへんね。しんどいだけやん。これ、ボーナス出るんかな』


『知るかよ、んなこと』



 小柄な紫色の《竜骸ドラガクロム》に同じく紫色の《竜骸ドラガクロム》の男がぼやくようにツッコム。


 第5小隊の部隊色。


 夫婦漫才コンビという妙なあだ名をつけられている2人組は、そろってなんとか生き残っていたらしい。



「で。どうしたんだ? みんなしてこんなところに集まってきて」


『ちょうど良い数だからな。臨時で小隊を組まないかという提案だ。そっちの2人も同じだろう』


『まあな。こいつと2人じゃ、もう保たねーからよ。せめてこっちも固まらねえとジリ貧だ』


『っちゅうわけやね』



 シズクはトールと2人してうなずきあう。


 このまま孤立して戦っても数で押し切られるのは目に見えている。


 隊を組み直して、互いにカバーしあわなければ、いずれ1人残らずとされるだろう。



「悪くないな」


『だね。で、指揮は誰が?』


『トールに任せる。今はお前の方が向いてるだろう』



 巨漢は短く答えるとあっさりとトールの指揮下に自機を移動させた。



『俺っちたちもアンタに任すわ。こいつも俺もヒラだから指揮権限ねえしな』


『頭もあらへんしね』


『うっせーよ。お前もだろ』



 続けて、第5小隊の2人もトールに指揮権を委譲。



「俺は元々トールの指揮下だからな。それでいいよ」


『ちょ、ちょっと! いいの、そんな適当で?』


『どうせ急ごしらえだ。それにノンビリ多数決を待ってくれそうにないぞ』



 S・A・Sスキル・アシスト・システムによって同調加速された対話の中で要した時間は実際には数秒にも満たない。


 だが、その数秒のあいだにもアピス達は群れを再編して新たな攻撃体制を完成させつつあった。


 確かにこれ以上、1カ所にとどまるのは危険だ。


 だが、こちらに向かってくると思われた敵の群れは予想外の行動に打って出た。


 シズク達を無視して、大樹の頂上を目指して駆け上がっていく。


 その謎は直後に送られてきた命令によって明らかになった。



 ――ただちに指定空域の制空権を確保せよ。確保後はミード回収編隊の離脱を援護せよ。別命あるまで当該空域からの離脱はこれを認めない――



『ウソやん』



 その声は急造小隊全員の心を正しく代弁していた。


 ついにというべきか、ようやくというべきか。作戦の目的がばれたのだ。昆虫にしか見えないが、アピス達は意外と頭が良いらしい。


 アピスの群がシズク達を無視して、はるかな高空からこっそりとミードをかすめ取っていたぬすつとどもに狙いを定めている。


 異世界人の指揮官達が逃げ出すまでの時間を確保しろ。逃げることは許さない。これはそういう命令だった。


 

『で、どうする』


『……これで行く。正直、どこまで持つかだけど……仕方ない。命令だからね』



 なし崩しに急ごしらえの小隊の指揮をとる羽目になったトールから、編隊案が送られてきた。


 シズクを先頭にして、後方の両翼を第五小隊の2人が固めるデルタ編隊。


 トールと巨漢はデルタの中央をキープ。


 この編隊でもってアピスの群れの鼻先をかすめるように飛行しながら、トールが誘引システムを全力稼働させて敵の群を引きつける。


 今この瞬間にも通常出力で誘因システムは稼働しているが、その程度では効かないほどアピス達は怒り狂っているようだった。

 


 となれば、全開で稼働させて再度こちらに引きつける必要がある。

 


 ただし、それだけの高出力で誘因システムを稼働させると飛ぶ以外のことはほとんど出来なくなる。


 それだけばくだいな処理能力とエネルギーが必要になる厄介なシステムだった。


 餌となるトールをまもるために護衛が必要で、巨漢がその任につく。


 トールの作戦に従い、シズクは編隊の先陣を切るために最大出力で上昇を開始。


 残りの4機が続き編隊を組む。群れからはぐれたアピスは無視して、最短距離で群れに最接近。

 トールの《竜骸ドラガクロム》が黄金色に輝き始めた。ミードの発する輝きに偽装したそれを、アピスの群れは今度は無視することが出来ない。



 グイッと群れの向きが変わる。


 

『食いついた!』


『うわぁ。なんやのこれ。変な笑いしかでてこええへんわ』



 群れの数は想像以上だった。カウンターがすさまじい勢いで跳ね上がり、あっさりと5桁に達する。


 戦力差など、考えるのも馬鹿馬鹿しい数だった。


 不幸中の幸いなのは、アピス達はミードを回収するのが目的になっているので、遠距離からミサイルのように特攻してきたり、機銃にも似た針を飛ばしてきたりすることはないということだろうか。


 もっとも、それは数で押し包んで巣へと持ち帰られることを意味しているのだが。


 その後は想像もしたくないが、しく食べられてしまうのだろう。スズメバチに捕まった芋虫のように。

 


『……捕まったら自爆しても、文句は言われないよね。かじられながら誘因システムを維持とか絶対無理なんだけど』



 一番しい餌になっているトールが泣きそうな声でぼやく。


 そんな状態で果たして誘因システムが正常に機能するかは疑問だが、1度この世界での死を経験しているシズクにはその気持ちは良く理解出来た。



 群れを出来るだけ引き離すべく、編隊は緩やかに高度を下げる。激しい機動で群れを散らしてしまっては意味が無い。


 だが、そんな動きは《アジュールダイバー》ならいざしらず、高機動が身上の《竜骸ドラガクロム》にはお世辞にも向いているとは言いがたい。


 群れから離れてまとわりつく斥候アピスを切り払いながら、編隊はさらに下降。



『ちょ、待て、食いつかれ――』



 第5小隊の男の悲鳴が途絶え、編隊からデルタの一角が消失する。


 残存4。


 欠けたポジションをカバーするために巨漢がトールの直掩から離脱。トールが裸になる。


 長くは保たないなと感じながら、ふと再び大樹のそばにまで戻ってきたシズクは何気なく大樹の幹に目をやって、凍り付いた。



「……マズい」



 編隊が誘導しているものとは別の群れが出来つつあった。


 幹から新たなアピスが煙のように沸き上がりつつある。アピス達は貪欲だ。どちらのミードも諦めるつもりはないらしい。



「トール。俺はもう一つの群れを引きつける」


『シズク!? ちやだよ! 何か新しい作戦を』


「時間が無い」



 トールの言葉を遮り、シズクは単機で編隊を離脱して再加速を開始。

 もう1つの群れへと向かった。金色の光をまとわせながら。



     †



 2つの群れが引き離されていくのをセレスティーナは、ようやく到達した安全圏から無言で見下ろしていた。



『良い判断をしますね、あなたの戦士は。セレスティーナ従騎士長』


「光栄です」



 騎士団長からの賞賛を無感動に受け流す。


 これからは戦士達をおとりにつかい、その隙にミードをかすめ取る。そんな戦い方が当たり前になっていくのだろう。それを認めないわけにはいかなかった。


 今まで誰もが夢見てきた、犠牲の無い戦いの果てがこの結果なのだから。



 《アジュールダイバー》に増設されたミードの貯蔵タンクには《竜骸ドラガクロム》が10機集まっても抱えきれない量のミードが確保されている。

 

 そんな巨大なタンクが《竜骸ドラガクロム》1機につき4つも備えられているのだ。


 つまり、11機の《アジュールダイバー》には400機以上の《竜骸ドラガクロム》でなければ運べない量のミードが詰まっているということになる。


 信じがたい成果だった。


 これほどの成果をたったの1度であげるには、これまでのやり方であれば1,000人……いや2,000人規模の騎士団を動員しなければ不可能だろう。


 それでも、無理かもしれない。


 その準備に費やす時間、人員、そして犠牲は膨大なものになるはずだ。



『それにしても、不思議な気分です』



 最後まで奮戦していた2人の兵の上官である第5小隊の隊長が静かに言った。



『どうしましたか?』


『いえ……今から我々は半日かけて帰還するわけですが。そこで部下が先回りして待っているのかと思うと』


『そう……そうですね。確かに不思議な気分です』



 団長の穏やかな声にセレスティーナは少し意表をつかれた気分になった。


 これほど落ち着いた余裕のある声を聞いたのはいつぶりだろうか。確か、騎士養成校で共に学んでいたころ以来ではないだろうか。


 そう。もともと、セレスティーナの知る騎士団長は包容力のある、おしとやかな落ち着いた女性だったはずだ。


 その心の奥底に何か暗いものが宿ってしまったような、そんな彼女になったのはもっと後のことだ。


 アピス達に領地の世界樹をじゆうりんされ、寄るべき場所を失ってから、そうなった。ならざるをえなかった。

 誰もがそうだ。おそらくセレスティーナ自身も。



 ならば、これはきっと良いことなのだ。



 名誉ある戦いなどよりもずっと。騎士らしくないとしても。


 そう考えたが、心は軽くならなかった。


 群れを引きずり回していた最後の光点が音も無く消える。シズクの光だった。


 ようやく思い出したかのように無数の光点がこちらに向かってくる。だが、もはや追いつけない。

 すぐに諦めたかのように巣へと帰っていく。



『さあ、帰りましょう。皆、私たちを待っています』



 皆、というのは誰のことだろうか。ミードを待つ民たちか。


 それとも再生されたシズク達か。後者であって欲しいと思うのは、やはり自分がまだ自分の思いにとらわれているせいだろうか。



 胸のこんけつしように宿る祖先の心はやはり、何も告げてくれなかった。


 そんなことは自分で決めろとでもいうように、ただ音も無く揺らめくばかりで。

 黄金色の航跡が夜のトゥーンに残される。



 作戦は完了した。ただの1人のも出すこと無く。されて。

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