プロローグ初陣 3 異世界人の憂鬱


 また一つ味方の光が消えた。


 はるかな上空で戦いを見守っていたセレスティーナ・クリモア・エクルースはその光点が、たった一人だけの自分の部下のものではないことを確認して、思わずほっと息をついた。


 いくら死んでも再生されるとは言え——自分の部下が撃墜されるのを黙ってみているというのは気持ちの良いものではない。


 そもそも分隊とはいえ、騎士隊を預かってる以上は真っ先に先陣を切るべきであるはずだ。


 高みの見物など騎士の振る舞いとしてふさわしいとは思えない。



 いまだに慣れない異世界――シズクの故郷の技術で作られた装置を操作しながら、ぜんとした表情のまま、所属している第2騎士中隊の中隊長に報告を送る。



「第4小隊3号機除外。中隊の損耗率は6割を超えました」



 短い報告を終えてから、少し批判的な物言いになってしまっただろうかとふと思う。


 納得はいかないが、それでもこれは正式な騎士団の方針だ。


 騎士として従わなくてはならない。


 これまでのように、誰かの指揮の下で縦横にアピスを切り刻む方がよほど気は楽だった。


 死と隣り合わせではあったが、充実していたように思う。


 いずれにせよ、今までのように一人でも戦えると強がってはいるわけにはいかないのだから。


 しわ寄せは唯一の部下である、シズクへと向かいかねない。



 それにしても、ひどい戦いだった。


 おとりとしてアピスの群れを引き寄せるために、アピスが本能的に引き寄せられるように細工された異世界人の戦士たちは、その役目を十分に果たすかのように次々にとされていった。

 


 戦力差は数十倍。


 圧倒的な大差にもかかわらず、まだ3割以上も残っていることだけでも賞賛に値する戦いだと思う。


 すでに小隊ごとの秩序だった戦闘は成立していない。


 各機がそれぞれに奮闘している。


 シズクもその中の一人だ。



『了解した。ミードの回収率は?』


『目標値まで、あと1割弱』


 第2中隊長の質問に第八小隊の小隊長が答えた。


 冷たい声だ、と思った。


 全く自分の隊の損耗を気にしていない。そんなもの、最初から存在していないという感じだった。


 騎士長も他の小隊の隊長たちもセレスティーナと同じように、異世界人だけを部下とした作戦に参加するのは初めてのはずだ。


 だがセレスティーナのような葛藤を感じている気配はあまり感じられない。


 戦士――シズクたち、異世界の戦士たちの全滅を前提として多大な戦果を確実にあげる作戦。


 自分たちトゥーンの騎士は安全な位置から高見の見物。


 そして、戦果だけを持ち帰る。


 どれだけとされても、いくらでも再生可能な異世界人を使って初めて可能になる作戦だ。


 彼らの存在のおかげで、トゥーンの民は確かに救われるだろう。


 そのことには感謝しかない。それでも何かが違うのではないかと思わずにはいられないが、うまく言葉に出来ない。



 気持ちだけが重い。



 胸に埋め込まれた結晶がセレスの気持ちを反映するかのように、緑色に揺らめいた。


 トゥーンの民の魂が宿るひじりなるせきこんけつしよう


 このこんけつしようはトゥーンに根付く世界樹を通じて世界そのものとつながっており、祖先の残した膨大な記憶と技能を引き出してくれる。


 それ故にトゥーンの民はこんけつしようを持たない樹下の者たちのように自らの技術や技能を鍛えあげていく必要が無い。


 それだけではない。


 代々、伝えられるこんけつしようのいくつかには自分以外の魂を宿すことさえ可能だ。


 そういったこんけつしようせきと呼ばれており、セレスティーナの胸に輝くこんけつしようもその一つ。


 深くつながった精神の奥から、するような自分とは別の感情が水底から沸き上がる泡のようにセレスティーナの心に触れてはじける。


 他人のことを気にしている場合かと指摘されたような気がして、ようやくセレスティーナは自分が胸のこんけつしように手を当て、祖の魂に問いかけようとしていたことに気がついた。



 ジリジリとした時間を過ごす間にも、さらに光点が消えていく。


 待つという時間がとてつもなく重たい。


 実際にはほんのわずかの間だったのだろうが、そのわずかな時間で光点はさらに数を減らし、もはや全滅とさえ言って良いほどになっていた。


 大きくひらいてしまった戦力差のため、当然のようにおとりからあぶれたアピスの群れが出るのは避けられない。


 群から数機の斥候アピスが上空へと吸い上げられているミードの煙を伝うように高度を上げはじめ――そして、こちらに気がついた。


 たちまち、斥候アピスがノイズにも似た警戒振動を空間に発する。


 敵意に満ちあふれた振動にミードの煙がかき乱される。


 セレスティーナは自機に蓄えられたミードの貯蔵率をチェック。期待値の9割5分。


 満タンとは行かないが目標値はクリアしていた。潮時だろう。



「セレスティーナ従騎士長より進言。撤退を」



 返答してきたのは直属の中隊長では無く、騎士団の長である騎士団長だった。



『従騎士長の進言を承認します。各小隊長は速やかにミードの回収を中断。このまま離脱します。残存している異世界人の戦士たちはただちに現在の戦闘を中断し、指定された空域を確保してください。帰投は別名あるまで許可出来ません』


「団長!?」



 下された命令に思わず声が出た。



『どうかしましたか?』


「それでは……全滅します」


『全滅、ですか? それは違います、従騎士長。私たちは一人の騎士も一人の戦士も失ってなどいません。今はまだ。ですが、このままでは騎士に被害が及ぶ恐れがあります。一人が戻れなければ、その分だけ民たちが飢えるのです。繰り返します。全騎士は帰還します。戦士たちはここでアピスを食い止めてください。《竜骸ドラガクロム》の損失の責めを負わせることはないと約束いたします。基地でまた会いましょう』



 正しい言葉だった。


 シズクたちとされても再生して、基地で会うことが出来る。


 しかし、自分たちはそうではない。こんけつしように宿る自らの魂はそれ以外のどこか別の場所に保管されているわけではないのだから。


 何よりも、《アジュールダイバー》に蓄えられたミードが無ければ民が飢える。下手をすれば死ぬものも出るかもしれない。



 あらがう言葉はもはや無かった。


 この戦いは自分の知っている戦いではもはや無いのだ。


 いや、そもそも戦いに名誉を求めるという考え方が間違っているのだろうか?

 


 胸のこんけつしように宿る意思はその問いには何も応えようとはしなかった。


 代わりに騎士長から、新しい命令が旗下の全てに下される。


 最優先の強制指示。セレスティーナの駆る《アジュールダイバー》に新たな命令が上書きされる。


 高高度まで上昇して、少し大回りするルートで帰投。


 帰還予想時刻は半日後。この長時間の移動も地球人たちの技術がもたらした、《アジュールダイバー》ならではだ。


 それまでの《竜骸ドラガクロム》は夜間では位置を見失う危険が高く、必然的にもっと行動範囲は狭かった。


 さらに新しい命令がシズクたちの機体に上書きされる。


 指定高度での死守命令。エリアが限定されており、その範囲から逸脱しようとすると強制的に引き戻される。


 これでシズクたちは帰る術を失ったことになる。


 なにか言葉をシズクにかけようと考えたセレスティーナは、少し考えてから思いとどまった。


 すでに命令は下された。


 自分の下した命令ではないが、従うシズクにしてみれば同じことだ。


 ならば、せめて戦いの邪魔だけはしたくなかった。


「シズク。そなたにひじり樹の加護のあらんことを」


 心からそう祈り、セレスティーナは《アジュールダイバー》の出力を最大域に押し込み上昇を開始した。


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