オタロイドとカプセル

 個人携行型FTLとは、事前に設定してある任意の転移地点へと、空間歪曲技術を使用して移動が出来ると言う代物だ。

 そんな高度に発展した科学技術によって造られた装置を使用して田中が赴いたのは、アマコ社が田中の為に用意した施設だ。


 アマコ社。

 近年急速に発展した摩素学を基にして、急速に増えている様々な娯楽がある。

 その様々な娯楽の内、実に八割を提供をしているのがアマコ社である。

 このアマコ社のメーンのターゲット層は、世間一般的に死にたがりと呼ばれてしまっているアルター達。

 永い時の流れの中で彼らの財産は個人が持つには過分なほどに貯まっていた。

 そこに目を付けたアマコ社は、倫理観などどこ吹く風と刺激的に過ぎる娯楽を提供し成功を収めた。


 田中の持つ携行型FTLから音声が流れている。

「空間歪曲収束。」

 携行型FTLに搭載されている管理A.I.の音声が無機質に響く中、田中は転移地点から目の前の施設を眺めていた。


 この建物は『小さな世界の神様になろう』という、新しいゲームを遊ぶ為の施設。

 このゲームを遊ぶには、小さな世界イッツア・スモール・ワールドに向かう必要がある為、様々な機能が納められているこの施設を利用することが必須である。

 通常であればアマコ者側が用意した複数人で利用する前提の施設を利用するのが通常のサービス内容なのだが、田中は貯めに貯めた個人資産を放出して、この目の前に在る施設一つ丸々を購入している。


「セキュリティーが思った以上に厳重だな。」


 それもそうであろう。小さな世界イッツア・スモール・ワールドへと赴いている間、この場所に預けられている体は無防備になる。

 主が不在の身体を守る為防犯対策は万全だ。


 そんな事を呟きながら更に周囲へと視線を流し、購入した施設をまじまじと観察している田中の下に、周囲に展開していたドローンの内一機が近寄ってきた。

 ドローンに搭載されている各種センサーが田中を捉え、事前にインプットされていた田中の各種データと照合、同一の個体と認識されるとその情報はこの施設の管理をしている存在へと送られた。

「田中様、ようこそ御出でくださいました。このドローンの誘導に従って下さいますか?」

 ドローンから女性の声が聞こえて来ると田中はそのドローンへと意識を向け。

「分かりました。誘導お願いします。」

 そのドローンの指示に従い田中は施設へと入っていく。

 施設の周囲は絶えず監視状態に置かれている様で、絶え間なく移動を繰り返す空中に浮遊するドローンや、警備アンドロイドが忙しなく動き回り、死角を常にカヴァーし合いながら監視に当たり安全性を高めていた。


 施設内をドローンの誘導に従い移動しながら、ふと物思いに耽っていた。


 自分でつけた防犯オプションだが、実際に見るとかなり厳重だったな。

 とは言えだ。人様の身体を預かるというサービスの都合上厳重になるのは当たり前か。

 それ相応の額を出した訳だ、さらに言えば今後支払う摩素も初期の段階ではそれなりに負担になるという話だった。

 最初の内は貯蓄を使用して世界を発展させて、なるべく早く摩素だけで維持費が賄える様にするか。


 今までの出費と今後の維持費の捻出について考えながら施設内を進んでいる田中の目の前には、移動しながら施設内の各種設備の説明をしているドローンがある。

 その中には、田中のプライヴェートな空間となり、基本的に関係者以外立ち入り禁止となっているスペース等もある。その場所への無断の立ち入りは厳重に処罰する旨の説明も為されていた。


「こちらがカプセルを安置している部屋になります。担当の者は既に中で待機しています。」

「わかったよ。ありがとう。」

 田中は律義にドローンへと感謝の言葉を返すと、「それでは失礼します。」と言葉を言いながら、頭を下げる様に瞬間少しだけ高度を下げた浮遊しているドローンは、警備に戻る為だろう、元来た通路を戻っていった。

 田中はそれを見やりながら視線を前方の扉へと切り替え移動を開始する。

 田中の動きを察知した扉は静かに横にスライド、なめらかなその動きは扉と床などとの摩擦音を一切させずに行われる。

 そうして開き切った扉の先には田中が発注していたアンドロイドが一人佇んでいた。


 このアンドロイド。田中が発注した特別製だ。

 基本フレーム(遺伝子情報)としてAAO-3000番台を使用、その基本をフレームに様々なオプション機能を備え付けたものである。

 しかも目の前のアンドロイドは、その用途から無機質な部品が一切無い完全有機型アンドロイドで、素体となった人間種の遺伝情報を基にして遺伝子を再デザインされ、培養され生み出され、生後間もない内から大人の姿として存在している。

 知識に関しては、外部からのインストールをし、稼働してそれ程の時間が経っているわけではないが、すでに期待されている各種業務を熟せるように調節済み。

 さらに、有機型の強みとして成長性が高い為、今後の活動を通して更なる高性能化も期待できる。


 個人でこれほどの準備を遊びにのみに費やす事が出来る田中ではあるが、アルターとしてはその資金力は下から数えた方が早いというレベル。

 この事実だけを見ても、アルターがどれだけ規格外という事が見て取れるだろう。

 もはや一般人では想像すらできない次元で彼らはいつ終わるとも知れないその生涯を過ごしている。いや、限りを示す涯という言葉を使用するのは語弊があるのだろう。

 だが、読者諸君に問いたい、不老不死が存在していない私達の世界で、彼らの人生を言葉として表現せしめるのかと。

「今の時代も無いであるな。」

「いや、あの~急に出てこないでくれます?」

「おっと、いかんいかん。続けて続けて。」

 え~、兎角彼らの異常性が少しでも表現出来れば、作者としては喜ばしい限りである。


「ようこそ田中様、お待ちしていました。私は田中様が購入されました当施設の管理を担当します、AAO-3000シリーズアンドロイドです。」

 田中の目の前には注文通りの見た目をしたシックなメイド服を着熟した女性型のアンドロイドが一人、背後に小さな世界イッツア・スモール・ワールドにいる間身体を預ける二つのカプセルを置き、礼をしつつ田中を迎え入れている。

「初めまして、君の名前はまだ登録して無いのかな?」

「はい、私は先日ロールアウトしたばかりになりますので、固有名は登録されておりません。ですので、田中様のお好きな名前を登録して下さい。」

 田中は今目の前にいる彼女を発注時に出した様々な要望を出ながら考えた名前を伝える。

「では、今後はナデシコと名乗る様に。」

「畏まりました。今後はナデシコと名乗らせていただきます。」

 そう言いつつ再度礼をするナデシコであった。

「これから世話になるよ。」

 礼をする為腰を深く折る動きに合わせて、サラサラの髪が流れていく様を眺めつつ田中はナデシコの出来に満足していた。


 先にも書いたがナデシコはアマコ社から購入した完全有機型のアンドロイドだ。

 この完全有機型の製作方法は、基礎となる遺伝情報を基にして再デザインし、材料となる有機物を使用し培養して生み出される。

 ここで言うロールアウトとは起床するという意味合いが強い。

 細かい注文を受けた後培養槽で急速成長させられた後、アマコ社の用意している人格アーカイブから人格を転写。さらにその後に、今回の田中の購入した『小さな世界の神様になろう』サービスの提供と補助をする為の教育を覚醒前に施された後起床して数日経ったのが今のナデシコだ。

 この人格は市場に出回るアンドロイドに使用されている人格で最も需要が高いとされている人格である。

 但し、元は同じ人格だが、各種サービスの提供をする為の様々な教育を施される中で、全く同じ性格をしている人格は二つとして存在していない。

 また彼女達自身も、各々の事を別人格として認識している。

 そんな彼女達であるが通常正式には、基本フレーム(遺伝子情報)の型番で呼ばれるのが普通なのだがそれとは別に通称として呼ばれている名称がある。

 それはオタロイドだ。

 アマコ社が提供するアンドロイドは、アマコ社の統合娯楽提供社としての側面から、購入者はその遊びをサポートする役割を期待している者が殆どだ。

 その為オタク共が自身の妄想や欲望を満たす為に様々な要望を通す為、アマコ社の提供するアンドロイドはオタロイドど何時しか呼ばれるようになったのだ。


「因みですが、花の名前ですか?戦艦の名前ですか?」

「お?やっぱりそこら辺の知識も持っているか。」

「はい、伊達にオタロイドと呼ばれていません。」

「ふむ、君と色々と話をするのも面白そうだが、まずは一回向こうに行ってみようかな。」

「はい畏まりました。田中様はカプセルをお使いになった事は御座いますでしょうか?」

「ウォーゲームに参加したことがあるから、経験ありますよ。」

「それでしたらカプセルとの調整作業だけで宜しいですね。こちらで行いますのでカプセルへどうぞ。」

 カプセルへと歩み寄り田中は着ている服を脱ぎナデシコに手渡す。

「お預かりします。」

 ナデシコは預かった衣服をしまうと、田中が入ったカプセルに近づき、調整を開始する。

「パーソナルデータ取得・・・、完了。カプセルとの同期テスト問題無し。いつでもいけます。」

 田中はナデシコの声をカプセルの中で聞いていいた。

 首後ろの増設されたソケット部分に太い針の様な接続端子を差し込まれいつでも意識を向こう側・・・、小さな世界イッツア・スモール・ワールドへと行ける様にしながら。

「それじゃ、頼む。」

「はい、意識転写開始します。」

 田中に作業開始を告げながらテキパキとした動作で作業を進めていくナデシコ。

 引き上げられていたカプセルへの進入口が引き下げられ軽く空気が抜かれるような音が鳴る。

「保存液注入開始。」

 肉体の長期保存を目的とした保存液が注入される。

 この保存液は肉体の劣化を防ぐ為の様々な処置が出来る様になっている特殊な液体。

 この液体に漬けるだけで、数百年はメンテナンスフリーで肉体が保全される優れものだ。

 これも摩素学の発展と共に開発された物である。

 その保存液を肺に入れながら水越しにくぐもって声ではなく、カプセルから繋がれたソケット越しに意識に直接流された信号から外の情報を拾う田中。

 しかし、その意識は既に夢現の中にいる様な状態。

 転写された意識は既に小さな世界イッツア・スモール・ワールドへと向かっていた。

 その為に今此処に在る意識はまだ送り切れていない田中の精神の残滓の様な物。それも、後幾分もすれば送り終えるだろう。

 田中のバイタルを確認していたナデシコも、田中の後を追う為にカプセルへと入っていく。もちろん全ての衣服を脱いだまぶしい裸身を晒してだ。

 この時保安用のアンドロイドへも手配を怠らずにし、現実世界側の身体の保存を任せてから、自身も小さな世界イッツア・スモール・ワールドへと向かい田中のサポートをしに行った。


 カプセル。それは本来アルター化するに当たり実施されるテストを通過できなかった者へ、疑似的な不老性を与えるための装置。

 本来持っていた肉体を保全し、精神を他の肉体に移す為の一連のシステム。

 ただ、アルターである田中が今使用しているように、本来想定されていた使い方以外にも様々な使い方がされている。

 例えとして一つ上げてみよう。

 皆さんはFPSに分類されるゲームを遊んだことがあるだろうか?

 FPS『ファーストパーソンシューティング』の略だ。

 その中でも今回は敵味方に分かれて勝敗を決するタイプの話をしよう。

 この手のゲームでは、銃火器を手に取り相手を倒すという事柄を楽しむものなのだが、アマコ社はこれを非現実から現実へと持ってきたのだ。

 この時に使用されるのがカプセル。

 このカプセルを使用する事により、現実世界でスポーンを再現したのだ。

 仮想世界上での見せかけの死ではなく、現実世界側で行われる意識投影された仮初の肉体の死の体験は、死にたがりと呼ばれるアルター達に大変好評な物となっていた。

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