小さな世界の神様

遺書

 田中太郎。

 今目の前には私の名前が書かれている遺書が置かれている。

 名前こそ書かれているがその内容は一切書かれていない。


 そんな事を思いながらどこにでもいる一人の男性は、中空に表示された半透明の表示枠に映し出されている、これからどう書こうかと悩んでいる遺書を見つめていた。


 どうしよう。何をどういう風に書けばよく解らない。


 それもそのはず、彼田中太郎は死と言うものからは程遠い存在。不死キャリア組みと呼ばれるエリートなのだから。


 こういう時は一つづつ確認していきながら考えた方がいいな。

 さて、まずは何故私が遺書を書く事態になっているのか?

 それはこれから私が遊ぶゲームが、遊んでいる中で死ぬ可能性があるからだ。

 では何故私は死ぬかもしれないゲームを遊ぶのか?

 私はかなり長い時間生きてきた。いくら適性があると判断されたとはいえだ、刺激が無いのはつまらないものなのだよ。故に刺激を求めた、結果死ぬ可能性のあるサービス内容のゲームに参加しようと思ったのだ。

 そう・・・、本当に永く生きてきた。

 ま~、私よりも遥かに永く生きている人ももちろん沢山いる、こういった人たちも何だかんだとかなり危険な遊びに興じている。

 ふむ、少し昔の事でも思い出してみようか。


 私が一五の時、国の定めた義務によりとある検査を受ける。それはアルター適性検査。

 様々な項目がある中で私は不死適正の数値が基準値よりもかなり高い事が判明した。

 ただ、残念なことに私は凡人だった。

 不死適正以外の各種テストは悉く中のランクに属する結果ばかり。

 とはいえ、このアルターテストは特に問題はないと判断された。、だが、凡庸でありながらなぜこれだけ不死適正が高いのかと思われる始末。

 今までもこういったケースはあったようだが、ここまで極端なケースは無かった様で、半ばモルモットのような気持ちで強制的に私はアルターになった。

 勿論、この様な経緯いきさつでアルターになるという事、つまり実験的な要素が多分に含まれるという事で、国からは援助金が出される事になった。その替わり私の行動は常にモニターされる事になったが。

 この辺りについては家族には大分迷惑を掛けたと思う。

 今はもう妻も子供も他界したけれど。

 それだけの時間が流れたんだな。

 えっと、何年だったか・・・。


 田中はそう思いながら自身の歴史を表示枠に表示させた。


 アルターになってから一九八年、それ以前も含める二一三年か。

 私の妻と子供は残念ながら適性検査を通る事が出来なかった。すこし・・・、いやかなり羨ましかったと当時は思っていたな。

 今は、そうでもないがね。

 自分の子孫と言う程・・・ではまだないかな、たぶん。

 そんな子供達の成長を見ることが出来るのが楽しいから。

 そんな私であるが、凡人と言う評価な訳である、それでも二百年近い時間真面目に仕事に取り組んでいれば技能は身についていく。

 最初は簡単な仕事先を色々と転々としたものだが、何時しか中管理職になり気付けば一つの会社の舵取りをする立場までになった。

 その会社も世代交代という事を名目として数十年前に引退し、今は半ば隠居生活染みたもの。

 お気楽ご気楽で日常を送っていたのだが、そんな中とあるニュースが飛び込んできた。

 『世界創造に成功』

 文明はもうそこまで到達したのかと、当時のニュースを眺めながら思ったものだ。

 それから数十年後、文明人は自らが生み出した小さな世界に旅立つようになっていった。

 私もその一人になるのだがね。

 詰まる所私が参加する遊びと言うものは、この小さな世界を使用したもので、その世界の創造を体験しようといったものだ。

 その体験の中、過去のケースで死亡事例が起こった為に、今私は遺書を書く事になっている。

 普通に考えればこれはおかしなことだと思うのが一般的なのだろう。だが、私はアルターとして永い時を生きてきた存在。死にたがると言う事には特に何も思わない。私自身そう思っているからだ。

 ただ、世間一般ではこれは問題視されているらしい。最近ではニュースにも取り上げられるようになっていた。アルターの死にたがり問題と。

 個人的にもう少しネーミングがどうにかならないかと思ったものだが、他に言い様も無いか。

 それでだ、世の中はこのアルターによって回っていると言って過言ではない。

 いくら一般人が問題だと言ってはいてもだ、アルターの諦観と言う感情の前では無力。

 それが、この死ぬ可能性のあるゲームが遺書の作成の義務化だけで規制されない理由だ。

 これ以外にも理由がある。最たるものとしては入植可能惑星が無くなりつつあるという事。テラフォーミングさえ終われば入植できる惑星はまだあるのだが、如何せんこれには時間が掛る。

 摩臓保持者を動員した処でその数はたかが知れている。

 何でも出来ると言われている摩素学といえども、物量・・・というか、仕事量の前では無力。

 その為今世の中は増え続ける人口をどうするかに主眼を置き始めている。

 その施策の一つが私が参加しようとしているゲームだ。

 人をこの小さな世界に送り込む事によって対応しようとしているらしい。

 しかし、その施策にゲームを宛がうそのセンスは、なかなか面白いと思うよ、うん。

 そうだね、この施策には興味も沸くし、少しだけど貢献することにしようか。


 私の死後全財産はアマコ社へと寄付します。


 これでいいだろう。

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