第24話 市民公園に、失恋と言う名の血飛沫が飛ぶ
「大山さん! 話があります」
池の周囲には北海君と大山さん二人以外の人影は無かった。力強く凛々しい声が池の前で響く。だが、緊張からか少し声量があり過ぎた。大山さんは驚いた様に北海君に振り返った。
私は大木の陰からその様子を眺める。喉が酷く乾いていた。知らず知らずの内に、私も緊張していたのだ。
心臓が激しく胸打つ。私は今、北海君が想いを大山さんに伝える現場を目の当たりにしようとしていた。
「······俺。大山さんに嘘をついていました。俺は、そんなにパンは好きじゃありません」
木に隠れる私から見えるのは、北海君と大山さんの横顔だった。北海君は男らしく堂々としている。
「······俺は、大山さんに会うためにあの店に通いました」
北海君のよく通るその声に、大山さんの表情は見る見る内に強張っていく。
「今年の春。何気なく店に入って大山さんを初めて見ました。その時から、俺は大山さんを好きになりました。一目惚れです」
私は両手で口を押さえた。何故そうしたか自分でも分からなかった。北海君はついに、決定的な好意の言葉を口にした。
「貴方が好きです。大山さん。俺と付き合って下さい」
北海君は猫背を曲げ、大山さんに頭を下げた。一方、告白された大山さんは小さな肩を僅かに震わしていた。
「······ごめんなさい。北海君。私には好きな人がいます。貴方とは付き合えません」
大山さんは両目を伏せ、か細い声でそう言った。北海君は下げた頭を暫く上げなかった。
「······分かりました。大山さんの事はキッパリと諦めます。時間を取らせてすいませんでした」
北海君は顔を上げ、大山さんに微笑して池とは反対方向へ歩き出す。
「······北海君!」
大山さんが去り際の北海君の背中に叫び声を上げた。北海君の大きな足が一瞬止まった。
「······もう。うちの店には来てくれない?」
大山さんは赤いシャツの胸元を掴みながら、寂しそうな表情でそう言った。
「······俺はパンより米派です。でも、大山さんの店のパンは好きです。また。また食べたくなったら買いに行きます」
北海君はそう言い残し去って行った。北海君は最後まで堂々としていた。北海君はやっぱり北海君だった。
もし、大山さんに想い人がいると私が北海君に伝えていたら。北海君は大山さんに告白をしていただろうか。
私は無用にも北海君に辛い思いをさせた。それは誤魔化しようが無い事実だ。でも。それでも。
私は大木から姿を現し、大山さんの元へ歩いていく。次の犠牲者は。いや。生贄は大山さんだった。
私は消沈した様子の大山さんを強引に連れ出し南先生の元へ向かう。行きの道とは別のルートから芝生公園に向かう。
それは、鶴間君とユリアの二人と鉢合わせしない為だ。今頃鶴間君とユリアは買い物を終え、私達と合流する為に池に向かっている筈だ。
『······おい。小田坂ゆりえ。大丈夫か? 顔色が悪いぞ』
どこかに潜んでいる六郎からの心の声に、私は小さく頷き返す。今私は、自分の顔色など気にしている余裕は無かった。
並木を挟んで二つの道の片側を私と元気なさげな大山さんが歩く。その木々の隙間から、鶴間君とユリアの姿が見えた。
······危なかった。もう少し遅ければ池で二人と会う所だった。今芝生公園では、南先生が一人の筈だ。
大山さんに告白させる絶好の機会よ! 私は小太りな身をかがめ鶴間君とユリアに見つからないように用心する。
その時、イチョウの木と木の間からとんでもない光景が私の眼球に飛び込んで来た。それは、鶴間君とユリアがキスしている姿だった。
······え? な、何? 何してるの? ちょいちょい。え? ええ? ええええ!?
何しとんのじゃあ! 片思いの相手がいる筈の鶴間君とあのハーフの小悪魔あああぁっ!?
顎が外れるかと思う程、私は大口を開けて呆然としていた。
「······小田坂さん? どうしたの?」
大山さんが心配そうに私の顔を覗く。私は我に返り、大山さんの手を引き急いでここから立ち去った。
······考えるな。考えるな私! 今のは見なかった事にしよう。見てない。見てないわ! 鶴間君とユリアがキスしていた現場なんてこれっぽっちも見てない!!
息を切らせて走る私は、必死に雑念を振り払おうとしていた。だが、確信めいた考えが頭の中に浮かぶ。
······あれは。鶴間君からじゃない。ユリアから強引にキスしたんだ。
······イチョウの並木道を抜けると、再び芝生公園に出た。荷物番をしてくれていた南先生は、シートの上で寝転がっていた。
私は大山さんと頷き合い、彼女を見送りまた木の陰に隠れる。私は今日の日帰り小旅行までの二週間の間、大山さんとラインのやり取りである事を彼女に決心させた。
今日この日。南先生に告白すると言う事を。
「······南先生」
「おお。大山か。池はどうだった?」
シートの前に立ち両手を腰の前で組む大山さんの声に、南先生は身を起こして笑顔になる。
この長閑な風景が広がる芝生公園で、大山さんが第二の犠牲者になろうとしていた。
〘静かに。そしてこっそりと。私は夜な夜なパンコンの画面を覗く。こんな深夜に部屋を訪れる者など皆無と分かっていても、つい部屋のドアを振り返ってしまう。
エロ本を見る男子ってこんな気持ちなのかしら。私は背徳感を感じながらもキーボードを叩き、ペンネーム電柱柱先生の作品「暗黒騎士は欲張り」を目を皿にして見る。
······この作品は、異世界ファンタジーの名を借りた官能小説だった。主人公の暗黒の騎士デンセンはとにかくバイオレンスな御方だ。
瀕死の重症を負い、それを治療してくれた村娘を押し倒し、その村の他の若い娘達も次々と押し倒して行く。
それが終わると近隣の村々にも精力的に趣き、また婦人達を押し倒して行く。宿敵である女勇者も押し倒し、味方である女騎士と女神官と女盗賊と女魔法使いも全て押し倒した。
······この異常な色情魔振りは、作者である電柱柱さんの実生活がかなり色濃く反映されていると私は推察した。
電柱柱さんは別れた彼女と一体何があったのか。私は「暗黒の騎士は欲張り」よりそちらの方が気に立って仕方無かった。
「この過激過ぎる性描写は、電柱柱さんの実体験からですか?」と言う質問を私は危うく送る所だった。
私は決めた。この官能小説を観察者からの視点で俯瞰し、作者の電柱柱さんの心理を読み解くと。
そう。私は観察者。決して深夜にエロ小説を読む小太りなブスでは無いのだ。決して〙
ゆりえ 心のポエム
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