第10話 屈折性格イケメン君の友達

 五月も下旬になり、中間テストも終わった。クラス内ではその結果に一人一人が悲喜こもごもと言った様子だった。


 他人との通常のコミュニケーションが成り立たず友人も居ない私は、やる事も無いので取り敢えず勉強は普通にしていた。


 故に私にとってテストはそれ程苦痛ては無かった。だからと言って特別成績も良くはないけれど。下校時間、学校の門の所で私は机の中に弁当箱を忘れていた事に気付いた。


 教室に入ろうとした時、中から鶴間君の声が聞こえた。


「ノブはテストどうだった?」


「別に。普通だ。徹平はどうなんだよ?」


 私は教室の入口で思わず足を止めてしまった。それは、鶴間君と北海君との会話だった。


 ノブと徹平? つ、鶴間君と北海君って、名前で呼び合う仲だったの? 二人とは席が隣接しているのに全然気付かなかった。


「あ。小田坂さん」


 私に気付いた鶴間君は、陽気に笑い手招きをする。突然のお誘いに戸惑う私は、選択の余地も無く教室に入る。


 入れ違いに北海君が教室を出た。私とすれ違い様に北海君は「じゃあな」言い残し去った。


 い、今の私に言ったのかな? 視線も合わせなかったけど。う、嬉しい。誰かに挨拶を一つされるだけでこんなに嬉しいだなんて。


「小田坂さん。最近、金髪のお兄さんを見かけないね」


 鶴間君は椅子に座りながら、私の背後を確認する様に話しかける。そうなのだ。六郎はここ二週間程不在なのだ。


 調べる事があると私に言い残してから、全く姿を見せなかった。鶴間君が笑顔で私に椅子を勧めるので、私はぎこちない動作で自分の椅子に着席する。


 改めて教室を見回すと、私と鶴間君以外誰も居なかった。誰もがテストが終わった開放感からか、早く自由を楽しむ為に学校を出たのだろう。


 ふ、二人っきり? クラスで一番のイケメンと放課後の教室で二人っきりだなんて。非リア充の私にはとても困った状況だ。


「また聞いてもいい? 小田坂さんに課せられた条件」


 鶴間君の質問はある程度予想出来た。だが、私は俯きながら顔を横に振る。六郎に固く口止めされていたし、そもそも本人を前にして「あなたを口説き落とす事よ」だなんて言える訳がない!


「······僕の時の条件は、四十キロのダイエットだった」


 どこか沈んだ鶴間君の声色に、私は猛然と顔を上げた。つ、鶴間君の条件がダイエット!?


「小田坂さん。小学校までの僕は、八十キロの超肥満児だったんだ。しかも頭髪は薄く。鼻は低くて垂れ目。ついたあだ名は「妖怪」だった」


 鶴間君の瞳は切なそうに揺れていた。こ、こんな美男子のあだ名が妖怪だなんて。鶴間君は自分の過去を語り出した。


 小学生の鶴間君は容姿を理由にクラスでイジメられていた。そんな時、鶴間少年の前に「理の外の存在」と名乗る女が現れた。


 後は私と全く同じだった。鶴間君は手違いで醜い容姿に生まれた。本来の姿に戻るには、組織の課した条件をクリアしなければならない。


 それが四十キロの減量だった。痩せにくい体質だった鶴間君には、それは余りにも過酷な条件だったらしい。


「本当にね。あれは自殺した方が楽かなと思ったよ」


 鶴間君は苦笑しながら続ける。鶴間少年は大好きなお菓子を我慢し、口に入れる物は生命を繋ぐ為の最小限の水と米と野菜のみだった。


 地鳴りの様に鳴るお腹の音を常に聞きながら、鶴間少年は重い身体を引きずり減量の為に走った。

 

 シューズの底が擦り切れ、何足履き潰したか分からない程だったと言う。そして二年の月日の後、鶴間少年の体重は八十キロから半分に落ちていた。


 「理の外の存在」から課せられた条件をクリアした鶴間少年は、念願叶って本来の姿に戻れた。


 それが、誰もがイケメンと称える今の鶴間君の姿だった。


「······今のこの顔になってからだった。これ迄で僕の事を散々悪しざまに言って来た連中の態度が豹変したのは」


 それまで穏やかな表情だった鶴間君の空気が一変した。その声は暗く。重苦しくそうに私には聞こえた。


「男も女も僕を見る目が急に変わったんだ。手のひらを返した様にね。特に女子達の態度と来たら凄かったよ。顔一つでこんなに変わるのかってね」


 鶴間君の声色に、呆れと怒りの成分が重なっていた。机の上に乗せられた鶴間君の両手は固く握られていた。


「小田坂さん。僕はね。表面上はクラスメイト達と仲良くしているけど、心の中では全員軽蔑しているんだ。所詮連中は、僕のこの顔の造りしか見ていない様な輩だからね」


 声だけでは無く、鶴間君は表情にも怒りを浮かべていた。


「······ほ、北海君も?」


 私は良く考えもせず口を開いてしまった。鶴間君は意表を突かれた様に両目を見開く。


「さっき、二人は互いに名前で呼び合ってたよね?鶴間君は、北海君の事も嫌っているの?」


 何故私はこんな事を質問しているのか。自分でも分からなかった。鶴間君は両目を閉じ、ゆっくり首を横に振る。


「······信長は。ノブだけは違うよ。ノブとは幼稚園からの付き合いでね。イジメられている僕を、ノブだけは庇って助けてくれたんだ」


 つ、鶴間君と北海君は幼馴染だったの? 道理で名前で呼び合う訳なんだ。鶴間君の話では、条件をクリアして本来の姿に戻ると、周囲の人々の記憶は書き換えられるらしい。


 つまり、鶴間君は昔からイケメンだったとう記憶が周りの人間達に残ると言う。


「······ノブは変わらなかった。僕が太ってても。今の容姿でも。僕に対して何も態度が変わらなかったんだ」


 懐かしむ様に両目を細める鶴間君の声には、北海君への感謝と信頼が伺えた。そしてクラスで一番のイケメンは笑顔に戻り私を見る。


「······小田坂さん。君もだ。同じ境遇に置かれた小田坂さんは他人とは思えない。小田坂さんが本来の姿に戻れる事を応援するし、僕に出来る事があったら何でも協力するから」


 鶴間君は優しく、そして力強くそう言って教室を後にした。一人教室に残った私は、鶴間君と北海君の事を考えていた。


 ······鶴間君は他人に対して深刻な不信感を持っている。それも根が深い物だ。でもそれは鶴間君の経験を考えれば仕方ないのかもしれない。


 そして北海君。幼少の頃イジメられていた鶴間君の唯一の味方。どうして北海君はそんな事が出来たのだろうか。


 私だったら絶対に出来ない。イジメられている人を庇ったりしたら、今度は自分が同じ目に合ってしまうと考えてしまうもの。


 ······北海君は優しく。そして強い人なんだ。私は北海君の仏頂面を思い出すと、急に胸がチクチクする。


 何で北海君の事を思い出すと胸がざわついて来るの? しかも、以前よりもはっきりとしたざわつだ。


 ······もしかして。これってやっぱり。


「小田坂ゆりえ! 鶴間徹平の協力者が分かったぞ!!」


「はぁっ!?」


 突然の背後からの大声に、私は魂が抜けるくらい驚いた。口を開けたまま後ろを振り返ると、二週間姿をくらませていた六郎が立っていた。








〘······それは私を歓喜させ。感涙させ。そして時間を忘れ夢中にさせる。それは私の心を荒々しく鷲摑みし、時には夜通し私を弄ぶかの様に眠らせない。


 精も根も尽き果てた朝方。私は私を眠らせてくれなかったそれを潤んだ目で見つめる。


 撮り溜めたアニメを一気に最終回まで徹夜で観賞した私は、その出来に感動し、これから登校しなくてはならない難事に涙した〙


          ゆりえ 心のポエム



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