第11話 協力者の正体

 うら若き年頃の乙女のベットにあぐらをかいた金髪のバンドマン男は、いつに無く真剣な表情で畳の上に正座する私を見下ろす。


「小田坂ゆりえ。二週間も留守にして悪かったな。やっと鶴間徹平の協力者を突き止めたぞ」


 六郎の自信満々の言葉に、私は緊張しながら頷く。六郎と同じ「理の外の存在」の誰かかが鶴間君の協力者なのだ。一体どんな人物なんだろう。


「あん。面倒くさいわね。直接私が話すわよ♡」


 ······それは突然だった。周囲に甘い薔薇の様な香りが広がり、正座する私の背後から女の声が聞こえた。正面の六郎を見ると顔を歪めている。


 私は急いで振り返った。そこには、白いフリフリのドレスを着た女が立っていた。肩までの波打つ茶色い髪の毛。


 長いまつ毛に大きな瞳。高い鼻の下には、赤い口紅がひかれた唇が艷やかに笑みを浮かべていた。わ、若い。六郎と同い年くらいだろうか?


 その全身からは、甘く。そして人を酔わせるような薔薇の香りがした。


「······玲奈。直接ここに来るなんてどう言うつもりだ? ルール違反も度重なると重い処罰の対象になるぞ」


 六郎はフリフリドレス女を睨みつけながら声を荒げる。ん? 今、六郎はこのフリフリドレス女を玲奈って呼んだ? し、知り合いなの? あんた達!?


「あら。先輩に向かって失礼な物言いね。六郎ちゃん。わざわざ出向いてあげたのに」


 玲奈と呼ばれた女がすました口調で答えると、いきなり私の隣に座り微笑む。


「初めまして。ゆりえちゃん。私は玲奈。六郎ちゃんと同じ「理の外の存在」の一員よ。あ、私は非正規雇用の六郎ちゃんと違って正規雇用だから」


 玲奈と名乗った美女は気さくに私に片目を閉じた。両手を畳に置き、長い脚を投げ出し組む。


「私が鶴間徹平君の担当よ。もう九年前かあ。あの徹平君のダイエットは、応援する私も大変だったのよ」


 玲奈が笑みを絶やさず私に顔を近づける。ほ、本当に綺麗だな。この人。そして甘い薔薇の香りが強烈だ。


「おい玲奈! 何が担当だ。元担当だろ! 鶴間徹平が条件をクリアして本来の姿に戻った時点でお前の仕事は終わっているんだ! それをまだ鶴間徹平と接触しているなんて、規則違反もいい所だぞ!!」


 六郎が凄い剣幕で玲奈を弾劾する。だが、茶髪の美女は微動だにしなかった。


「あら。アフターサービスって言ってくれる? 六郎ちゃん。徹平ちゃんは醜い容姿の時に周囲から蔑まれ、深刻なトラウマを抱えてしまったのよ? それをフォローするには時間がかかる物よ」


 正にしれっと言いのけた玲奈に、六郎は歯ぎしりをする。


「なら鶴間徹平に小田坂ゆりえの事を話したのはどう説明するんだ! 完全に規則違反だろう!!」


「あら。臨機応変の対応って言ってくれる? 私は徹平君のアフターフォローのついでに、六郎ちゃんとゆりえちゃんの手伝いもしているのよ?」


 玲奈の意外な言葉に、私と六郎は目を合わせる。ど、どう言う事?


「加点五十点。それが徹平君がゆりえちゃんに抱いている点数よ」


 玲奈は両目を細め悪戯っぽく微笑む。ご、五十点!? 鶴間君が? こんなブスの私に対して!?


「ゆりえちゃん。徹平君は同じ境遇のあなたに対して同情心を持ち、とても好意的な感情を抱いているわ。この点数に達しているほかの異性は今の所皆無よ。つまり、現時点で徹平君の恋人に最も近いのはゆりえちゃん。あなたって訳」


 玲奈は人差し指を唇に当て、会心の笑みを私に向けた。この人が私の事を鶴間君に話した事によって、そんな状況になっているの!?


 六郎が悔しそうな表情で玲奈を睨んでいる。その茶髪の美女は軽やかに立ち上がる。その弾みで薔薇の匂いが香る。


「と。言う訳で。私は六郎ちゃんとゆりえちゃんの味方だから安心してね。六郎ちゃんもこの仕事が上手く行けば晴れて元の······」


「玲奈! 余計な事を言うんじゃねぇ!!」


 何か言いかけた玲奈に、六郎が鋭く怒鳴りつける。茶髪の美女はおどけた表情になり、私に手を振って薔薇の香りと笑顔を残して姿を消した。


 ······六畳間に沈黙が流れる。玲奈の部屋に残して行った甘い香りの中で驚くべき内容を私は何度も反芻していた。


 六郎は玲奈に言った。担当の仕事が終わった後に鶴間君に接触するのは規則違反だと。六郎もそうなのだろうか?


「ろ、六郎。私が本来の姿に戻ったら、六郎は仕事が終わりな訳で。その後もう二度と姿を見せなくなるの?」


 私の質問に、金髪バンドマン男は頭を掻きながら頷く。


「ああ。俺がアンタの側に居られるのは仕事の間だけだ。その後は姿を消す。永遠にな」


 ······永遠に。私の中に滑り落ちて行ったその言葉は、心の水面に波紋を起こした。その意味を、この時の私は何も理解していなかった。









〘同族嫌悪と言う言葉がある。この言葉の通り、同じ小太りな女同士は歪み合う事が多々散見される。


 半額セールの最後の一着である春物のスカートに手を伸ばした私は、小太りな女性に横から身体ごと突っ込まれスカートを横取りされた。


 小太りな女性は鼻息荒く私に不敵な笑みを残し、勝ち誇った様に戦利品のスカートを片手に大股で試着室に入って行った。


 ······私はスカートを横取りされた憤りよりも、一抹の不安をその時感じていた。そのスカートは、貴方には少し小さいのではないかしら?


 私は彼女の破局を目撃したくなかった為に、その場から立ち去ろうとした。その時、試着室の中から「あっ」と言う彼女の声が聞こえた。


 ······その声が、スカートのボタンが吹き飛んだ弾みの声で無い事を私は祈っていた〙


         ゆりえ 心のポエム

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