第9話 もしてかして、口説く相手は性格屈折者ですか?

 理科室での授業が終わった。私は結局、鶴間君の手伝いが出来なかった。いや。とても手伝う心境では無かった。


 鶴間君のあの笑顔と毒舌が頭の中から離れなかった。信じたくないけど、鶴間君が女子から貰ったラブレターを無下に捨てたのは事実の様だ。


『······ろ、六郎。何か言ってよ』


 昼休み。クラスに居場所の無い私は屋上にいた。膝に乗せたお弁当箱を抱えながら、隣に座る細身で長身の金髪男に声をかける。


 日直である鶴間君の仕事を手伝う。この六郎の作戦を呆然としてスルーしてしまった私に、金髪男は沈黙を守っていた。


 きっと六郎も驚いたのよ。鶴間君があんな性格をしていたなんて。そうじゃ無かったら、私を蹴飛ばしても作戦を遂行させた筈よ。


 私が声をかけても、六郎は俯いたまま何やら考え込んでいる様子だった。


「あ、いたいた。小田坂さん」


 人も疎らな屋上に、クラスで一番のイケメンが姿を現した。鶴間君は私に微笑むと「隣いい?」と言って私の横に腰を下ろした。


 な、何で鶴間君が私の隣に? もしやさっき鶴間君が女子から貰ったラブレターを捨てた行為を口止めに!?


「小田坂さんの条件は何? 本来の姿に戻れる為に課せられた条件」


 万人の女子高生がうっとりするような微笑み。だが、その台詞に私は一時的に思考が停止した。


 ······何て言った? 今、鶴間君は私に何て言ったの?


「······まさかと思ったが。鶴間徹平。お前も手違いで違う容姿に生まれた口か」


 六郎が立ち上がり、鶴間君を睨むように見下ろす。


「あれ? 何で分かったの? 僕、そんな事一言も言って無かったのに」


 鶴間君はあっけらかんと答える。六郎の姿も。その声も。私以外には見えないし聞こえない筈なのに。どうして鶴間君には見えるの!?


「金髪のお兄さんの言う通りだよ。小田坂さん。僕も「理の外の存在」の怠慢仕事の犠牲者の一人さ」


 鶴間君は微笑みを絶やさずそう言った。つ、鶴間君も私と同じ!? 「理の外の存在」の手違いで違う容姿に生まれたの!?


 六郎は無言で鶴間君を睨み続ける。鶴間君は軽快に立ち上がった。


「この様子じゃ教えて貰えそうにも無いね。小田坂さんの条件。知りたかったのに残念だな」


 鶴間君はそう言うと、階段に向かって歩き出した。


「待て。鶴間徹平。お前の協力者は誰だ?」


 六郎が厳しい口調で詰問する。だが、鶴間君は黙ったまま去って行った。


「······ろ、六郎。協力者って何の事?」


 事態がまだ飲み込めない私は、取り敢えず頭に思い浮かぶ質問を六郎にする。


「鶴間徹平にも俺の様な「理の外の存在」のメンバーが協力者としている筈だ。でなければ、俺の姿が見える筈がない」


 きょ、協力者? 鶴間君にも組織の者が? そ、そうだ。なんで六郎は鶴間君が組織の手違いで違う容姿に生まれたと分かったの?


「それに関しては俺の勘だ。小田坂ゆりえ。アンタ鶴間徹平が手紙をゴミ箱に捨てた時のあの表情。覚えているか?」


 い、いや全然。そんな余裕は全くありませんでしたよ。はい。


「······嫌悪と侮蔑。鶴間徹平は、そんな言葉がピッタリって顔をしていた」


 六郎は続ける。鶴間君のその表情から考えられる可能性は二つ。一つは性格が元々屈折している事。


 そしてもう一つは異性から好意を寄せられる事に対して、強い嫌悪感を抱いている可能性。


 ······け、嫌悪感? 何で女子から言い寄られる事にそんな拒否反応を示すの?


「ここからは俺の仮説だ。鶴間徹平は「理の外の存在」の手違いでコンプレックスを抱くような容姿に生まれた。今と違い周囲の女子からモテる事は無かっただろう」


 そして鶴間君の前に六郎の様な組織の者が現れ、本来の姿に戻れる条件を提示した。鶴間君はその条件をクリアし、今の容姿を取り戻した。


 途端に鶴間君の周囲の女子達は態度を変え、鶴間君をもてはやした。その女子達の豹変振りに鶴間君は違和感を覚え、やがてそれは嫌悪感に変化した。


「あくまで俺の予想だが、鶴間徹平はモテない頃の心の傷がトラウマになり、その反動で今の自分に言い寄ってくる女子達を蔑んでいるのかもしれない」


 ······六郎の仮説を聞きながら、私はただ啞然としていた。あの非の打ち所の無いイケメンの鶴間君が、私と同じ立場だった可能性があるって事?


「······小田坂ゆりえ。こいつは口説き落とす相手は厄介な奴かもしれないぞ」


 重苦しそうな六郎の言葉に、私は膝に置いたお弁当を食べる事を忘れていた。









〘······もし。魔法の様に自分の姿を変えられたら。私はどんな姿を求めるだろうか。テレビの中に映る華やかな人気女優か。それともファンに絶叫され応援される流行りのアイドルか。


 否。平凡でもいい。人から悪しざまに言われぬ容姿が私は欲しかった。そう思っていた。でも人の心は弱く、沸き起こる欲望がささやかな願いを駆逐していく。


 私は机に前かがみになりながら、手にしたアニメのポスターを見つめる。そして呟く。もし魔法で変身できるなら、この美貌の魔法使いロシロルが今一番推しだと〙


          ゆりえ 心のポエム

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