第8話 反省会と次の作戦

 六畳間の私の部屋の中で、ある反省会が開かれていた。雨は相変わらずの強さを保ち、時折風が吹くと窓に雨粒が叩きつけられていた。


「今日の作戦ミスは俺の責任だ。悪かったよ」


 赤いジャージに身を包んだ金髪男こと六郎は、私のベットに腰掛けながらそう切り出した。


 今日あの公園で、鶴間君は確かに姿を現した。だが忽然と鶴間君は消えてしまった。あれは何故か?


「真相は公園の入口に出来た大きな水溜りだ。鶴間徹平はそれを避ける為に公園を出て回り道をしたんだ」


 ······水溜り。なる程。鶴間君が公園に入らなかったのはそんな理由があったのね。って! ちょい六郎!


 あんた仮にも神様達の組織の一員でしょ? そんな些細な事、何とか出来なかったの? 例えば水溜りを消すとか。


「······出来ねーんだよ。俺が「理の外の存在」から授かった力はたかが知れている。都合良く水溜り消します。なんて能力は無いんだよ」


 六郎が金髪の頭を掻きながら不機嫌そうにぼやく。何よ。なんか頼りないわねこの金髪男。


 私が内心で悪態をつくと、六郎が真剣な眼差しで私を見つめる。な、何ですか? 金髪のお兄さん?


「······小田坂ゆりえ。前にも言ったが、北海信長に惚れるなよ? アンアが口説き落とすべき相手は鶴間徹平だからな」


 六郎の真面目な表情と口調に、私は声が詰まってしまった。べ、別にそんなつもりは無いわよ。


 私はそう言いつつ、優しそうに子猫を両手に抱く北海君の姿を思い出していた。


「小田坂ゆりえ! 今、北海信長の事を考えていただろう!」


 六郎が私に指を指しながら叫ぶ。私は必死に首を横に振る。金髪男はベットから飛び降り私の前に座る。ち、近いわよ! 距離が! この金髪バンドマン男!!


「······プラス二十点。今日、北海信長がアンタに抱いた感情の点数だ」


 え? い、今六郎はなんて言った? 私の顔に間近に迫った六郎の口から明らかにされた報告に、私は驚愕した。


「······に、二十点!? 北海君が私に好印象を抱いたって事!?」


「しかもだ。アンタと北海が並んで歩いている途中に「三分間の魔法」は切れている。北海信長は今のアンタの容姿のままでも好印象を抱いたんだ」


 ······今の私。ブスで小太りな私に。北海君はそんな感情を持ってくれたの? ど、どうしよう。


 急に胸の中がざわついてきた。な、何これ? どんどんざわめきが大きくなって行く。どうしよう!?


 その時、六郎が私の両肩を力強く掴んだ。


「落ち着け。小田坂ゆりえ。もう一度言うぞ? 鶴間徹平を口説き落とさないと、アンタは本来の姿に戻れない。相手を間違えるな」


 六郎の忠告と通告に、私は冷静さを取り戻した。そうだ。私を好きになって貰う相手は鶴間君。北海君じゃないんだ。


 私は胸の中のざわつきを必死に振り払い、この容姿を変える為にするべき事を改めて認識していた。


 翌日、私はいつも通り登校する為に家を出た。自宅から高校までは歩いて二十分程だ。昨日の雨は朝には上がり、空には太陽が厚い雲間からその姿を覗かせていた。


 Lサイズの黒いセーラー服を小太りの身体に纏った私は、白いスニーカーを踏み鳴らし道を歩く。


『いいか。小田坂ゆりえ。昨日の作戦は失敗したが、今日こそは鶴間徹平から点数を稼ぐんだ』


 私の後ろを歩く六郎が、腰まで届く長い金髪を揺らしながら心の中で話しかけてくる。そうよ。


 私が本来の姿に戻る為にも、一刻も早く鶴間君から好印象を稼ぐのよ。それしか。その方法でしか、私が失った幼少時代からの普通の対人生活は取り戻せない。


 決意を新たに早足で歩く私の前を、長身の男子が歩いていた。その見覚えのある広い背中に、私の足は一瞬止まった。


「······北海君」


 北海君に近付く事に躊躇していた私は、暫く立ち止まる事を選択した。だが、北海君が何度もクシャミをする光景を目撃すると、自然に私の太い両足は動いていた。


 ······まさか? 昨日、雨に濡れたのが原因で風邪でもひいたのかしら?


「······北海君。か、風邪?」


 まともに他人とコミュニケーションが開設出来ない筈の私が、気付くと自ら北海君に話しかけていた。


「小田坂か。大した事はねぇよ」


 北海君は鞄を肩にかけ、両手をズボンのポケットに入れたまま歩いていた。その背中は弱冠丸まっていた。


 あれ? 北海君って猫背なのかな? こんなに大柄な人なのに。なんか。なんか可笑しい。

 

「······何笑ってんだ? 小田坂」


 北海が訝しげに私の顔を見る。私はいつの間にか笑っていたらしい。


「ご、ごめん! 北海君の猫背がイメージに合わなくて。つい」


 本当の本当は、私は可愛いと思ってしまったのだ。無骨な感じの北海君が猫背だなんて。


「······癖なんだよ」


 北海君はそう言うと私から顔をそむけた。あれ?もしかして今、北海君照れたの? なんだかそんな声色だったわ。


 ······なんだろ。何か胸の中がザワザワしてきた。これって何? これって······。

 

 その時、私の後頭部を何者かが手で叩いた。その痛みに私は後ろを振り返る。そこには、私にしか見えない六郎が仁王立ちしていた。


『痛いわね! 何すんのよ六郎!!』


 私は直ぐ様、心の中で加害者の金髪男に抗議する。


『おい小田坂ゆりえ! 前にも言ったろう! アンタが惚れさせるのは鶴間徹平だ! そいつじゃない!!』


 わ、分かってるよ! そんな事言われなくても!北海君は別に······。


 ······そう言えば、私は昨日の作戦時初めて「三分間の魔法」を使用し、本来の自分の姿に戻ったのだ。


 その姿を見たのは北海君と六郎だけだ。北海君から特段反応らしい反応は無かった。やっぱり本来の姿と言っても私の容姿は平凡だったのかな。


『······ねえ。六郎。本来の私の姿はどうだった? やっぱり平凡な顔をしてたよね?』


 人間は。いや私は欲張りだ。この醜い顔が変わるなら平凡な容姿でも天国だと思っていたのに。


 でも凡百のそれと変わらないと知ると、心の中で残念がっている自分がいる。


『ん? ああ。詳細は言えねーけど、胸は結構あったぞ』


 ミルフィーユより繊細な乙女心を蚊程にも

理解しない愚かな金髪男に、私は即座に中段蹴りを放った。


『い、痛ってーな! 何すんだよ!』


 蹴りの衝撃で地面に転がった不心得者は、大声で私に文句を言ってきた。


『ふん。はっきり言いなさいよ。可愛く無かったって!』


 私がやや自暴自棄気味にそう言うと、六郎は赤いジャージについた埃を手で叩きながら私を見つめる。


『······小田坂ゆりえ。姿が変わってもアンタはアンタだ。俺から言わせて貰えば、何も変わらねーよ』


 六郎は茶色いサングラスの下から真剣な目つきでそう言った。な、何も変わらない? この醜い姿から変わっても?


 ······どう言う意味よそれ。私が答えの出ない思案に耽っている間に、北海君の姿はいつの間にか消えていた。


 その日の三限目の授業が終わった後、私は次の授業の理科室の前に立っていた。六郎の話では、日直である鶴間君が授業で使用する教材の配布を行うらしい。


『いいか。小田坂ゆりえ。他のクラスメイトが来る前に鶴間徹平を手伝うんだ。小さい事だが、そうやって少しずつ点数を稼ぐぞ』


 私は六郎の作戦に頷く。勿論その際は「三分間の魔法」を使用する。程なくして廊下に教材を持った鶴間君が現れた。


 私は緊張しながら鶴間君に近づこうとすると、一人の女子が階段を駆け下り鶴間君の前に立った。


 私は慌てて柱の陰に身を隠し、恐る恐るその光景を覗き見をする。すると女子が鶴間君に手紙を渡し、恥ずかしそうに走り去って行った。


 ······あの女子はうちのクラスじゃ無かった。流石イケメンの鶴間君。その人気振りは他のクラスにも及んでいたのだ。


 鶴間君は手にした手紙を一瞥すらせず、廊下に置かれたゴミ箱に投げ捨てた。うん。ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てないとね。


 ······え? ゴミ箱? て、手紙だったよね? 鶴間君、あの女子からもらった手紙を捨てたの?


「小田坂さん? 参ったな。見てたの?」


 悲しき小太りな私の身体は柱からはみ出していたらしく、鶴間君が苦笑しながら近づいて来る。


 わ、私の見間違いよね。鶴間君が受け取った恋文を読みもせずゴミ箱に捨てるなんて。そんな事ある筈が無いわよね?


「今時手書きのラブレターなんて、時代錯誤もいい所だよね。あ、それとも。敢えて古風さをアピールして来たのかな」


 いつもクラスで見る鶴間君の人当たりの良い笑顔。クラスで一番のイケメンは、その笑顔のままで辛辣な言葉を吐いていた。








〘人の気持ちを点数と言う名で数値化する。人ならざる神の仕業は時として罪深い。人の心を覗くなど神と云えど許される事では無い。


 この人間界に蔓延る悪習も同様だ。学生の能力をテストと言う名の紙切れで計るなどあってはならない。


 私は鋭利な刃で平均点を大きく下回った数学の答案用紙を切り刻む。明日の可燃ゴミ収集日を待ち焦がれながら〙


          ゆりえ 心のポエム

 




 



  






 

 

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