第4話 二つの太陽に挟まれる私

 国岩頭ユリア。初めて彼女と出会ったのは、私がまだ幼稚園の頃だった。同じひまわり組で名前が一字違い。


 入園初日から、ませた男の子達から好意の視線を集めた可憐な幼児。その恵まれた容姿と天真爛漫な性格に、ひまわり組の男子達は文字通り骨抜きにされた。


 幼稚園の卒園式の時、私は重しから開放された気分だった。ユリアは私とは別の小学校に入学する。


 これでユリアから離れられる。こんな美少女と名前が一字違いだなんて、私には余りにも荷が重かったのだ。


 だが神のイタズラか。はたまた悪魔の嫌がらせか。国岩頭ユリアは、私と同じこの高校に入学して来たのだ。


 しかも同じクラス。しかも隣の席! しかも私の事をしっかりと覚えている! しかもしかも、幼稚園の頃より何倍も可愛く成長してやがる!!


「国岩頭! おはよう!」


 灯りに引き寄せられる蛾のように、クラスの男子達がユリアの席に群がる。左には鶴間君を囲う女子達。右にはユリアを囲う男子達。


 左右から人の群れに挟まれた私は、逃げ場も無くその圧力に恐れ慄く。今や私は二つのた大国に挟まれた小国。


 いや、二つの太陽に挟まれた無力な小惑星! いやいや二大神に睨まれた小太りな蛇!!


『おい小田坂ゆりえ。落ち着け。その例えは面倒くせーからつっこまないが、朝っぱから悲壮過ぎるぞアンタ』


 六郎が私の背後から呆れた口調で話しかける。ええい黙れ!「理の外の存在」などとほざくポンコツ神様の一員が!


 クラスで孤立している私にとって、この状況がどれだけ危機的かだなんてあんたには分からないわよ!!


 そして恐れている事が起きた。国岩頭ユリアに愛想を振りまく男子の腰が私の机に当たった。


「あ。悪い」


 男子は一瞬だけ私を振り返り、謝罪の言葉を口にした。だが、私はその男子の表情を見逃さなかった「なんだ。ブスに謝って損したぜ」的な顔をその男子はしていた。


 くうっ! ブスで小太りな私には、静かにホームルームが始まるのを待つ事すら許されないっての!?


 左右の圧力から逃れる様に、私は机を少しだけ前にずらした。その時、思ったより勢いがついてしまった私の机が、前に座る男子の椅子に当たってしまった。


 し、しまったあ! 息を殺してひっそりとクラス内で気配を消す事に関しては私の右に出る者は居ない! その私とした事がなんて失態を!!


 前の男子が私に振り向く。その鋭い眼光に、私は謝罪をする事も忘れ固まってしまう。私の前の座席に鎮座するは北海信長(ほっかいのぶなが)君。


 百六十センチの私より三十センチは高いその身長。お陰で前方の視界が遮られ黒板が良く見えない。


 太い手足に精悍な顔付き。その強面な外見から、クラス内では元ヤンか? と噂されていた。そんな危険人物に私は自分から接触してしまった! ど、どうしよう。


 左右から人の群れに挟まれ、前から強面に睨まれた私にはもう逃げ場は無かった。北海信長は私の左右を一瞥して重々しくその口を開く。


「おい。お前等。そんな狭い所にひしめいていたら小田坂が困るだろう」


 北海信長のその言葉に、クラスの中の空気が一瞬凍りついた。え? 今なんて? 北海君は今なんて言った?


 丁度そこに担任の南先生が教室に入って来たので、自然と私の周囲の渋滞は解消されて行った。「小田坂が困るだろう」確かに北海君はそう言った。


『小田坂が困るだろう。小田坂が困るだろう』


 私は何度も心の中でリフレインする。気付けば小声でぶつぶつとその言葉を繰り返す。


『おい。小田坂ゆりえ! 落ち着け! 今のアンタは独り言を呟く怪しい奴になってんぞ!』


 六郎が何か言ってきているが、私は完全スルーする。幼少の頃から今日これまで。ブスで小太りの私は他人から優しい言葉なんてかけられた事は無かった。


 北海君はそんな私を気遣う言葉をかけてくれた。うう。し、染みる! 私の乾ききった心に北海君の優しい言葉が染みて来る!!


 ······気づいた時、私は両目から涙を流していた。我に帰った私は、後ろで結んだ髪を解き俯く。


 泣いている姿を見られないように髪の毛で横顔を隠そうと試みた。と、止まれ涙! 止まりなさいよコンチキショウ!!


 その時、私の頬に何かが触れた。私は視線を横に移す。それは白いハンカチだった。


『しょうがねー奴だな。ほら。拭いてやるからもう泣くな』


 隣に立つ六郎が、手にしたハンカチで私の涙を拭っていた。私は突然のその行為にただ呆然としていた。


『泣くな。小田坂ゆりえ。泣くのは自分の本当の姿を取り戻した時だ。その時は好きなだけ嬉し泣きしろ』


 私は六郎を見上げる。理の外の存在に雇われた非正規雇用者の両目は、茶色いサングラスの中で優しげな色をしていた。








〘幾度と無く、止めどなく流れる涙。人はどんなに悲しみに暮れても、それに適応しようとする能力が備わっている。


 それは、人類がこれまで遂げた進化を象徴するかの様な能力だ。目元の涙を拭うには、近所のスーパーのハンカチが一番フィットする〙


        

             ゆりえ 心のポエム

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る