第3話 クラスで生息するのも一苦労な私
鶴間徹平。私と同じクラスの男子だ。容姿端麗を体現したようなそのイケメン振りの彼は、間違い無く女子からクラスで一番人気の男性だった。
いや。クラスどころか学年でも有数のイケメンでは無いかとクラスの女子は噂していた。
クラス内の女子達の噂話は、孤立している私の耳にも嫌でも入ってくる。それによると、鶴間君は身長百七十五センチ。体重六十キロ。ちなみに私の体重も六十キロだ(泣)
両親と妹の四人家族。飼い犬のパグの名は次郎。中学の頃の成績と運動神経は中の上。視力は1.5。趣味はゲームと読書。そして一番の重要事項。現在の鶴間君には彼女がいないらしい。
鶴間君がフリーだと知った時のクラス内の女子達は、明らかに空気が変わった。学年有数のイケメンの彼女になる可能性が、自分達にもあると自覚したからだ。
それまで他愛もない話で笑い合っていた隣の友達が、恋のライバルに一瞬にして変わる。そんな表には出ない女子達の暗黙の鍔迫り合いが、日々クラス内で火花を散らしていた。
「お早う。小田坂さん」
我がクラスの至宝であるイケメンが、気さくに私に挨拶をして席に座る。そう。私は鶴間君の隣の席なのだ。
しかも鶴間君は一番後列の窓際の席。鶴間君の前は男子。そして右の席が私だ。一ヶ月前。入学したばかりの私達はくじ引きで席を決めた。
鶴間君の隣の席を引き当てたのは私だった。その時の女子達のため息と嫉妬の視線を今でも私は覚えている。
幸いというべきか。私の容姿をネタに面と向かって悪口を言ってくる者はクラス内にいなかった。
クラスメイトになった中学の同級生が、私のあだ名(鉄拳女)をせっせと広めた影響か。それとも、入学式の後のホームルームの自己紹介が原因か。
あの時の私は、空手道場の怪我で額に包帯。鼻と口に絆創膏を貼っていた。担任の南先生に心配された私は「空手の練習中に怪我しました」と正直に言った。
この南先生は三十歳になる眼鏡と寝癖が特徴の数学教師。いつも穏やかで優しく生徒指導に熱心な先生だ。
その空手発言が功を奏したのか、流石に空手経験者を表立ってからかう猛者はこのクラス内にはいなかった。
きっと陰では私の事をブスだの豚だのと好き放題言っているだろうけど。
でも直接悪口を言われないだけ遥かにマシだ。こんな時、空手を習っていて本当に良かったなと思う。
空手を創造した始祖の方達よ。ありがとう。そしてあのアメリカ映画の暴力少年。サンキュー。
「お、おはよう。鶴間君」
私はぎごちない口調でクラス一のイケメンに挨拶を返す。幼少の頃より周囲から孤立していた私は、他人とのコミュニケーションが当然ながら上手く取れない。
いきなり話しかけれる事なんて稀の稀だ。そんな時、いつも私はどもってしまう。だが、それもこの朝の挨拶の儀式の時だけだ。
鶴間君だって私が隣の席だから仕方なく挨拶をしたのだ。そうでなければ、誰が好き好んでこんなブスな私に話しかけようか。
「小田坂さん。昨日の現国の課題のプリントやってきた? 俺忘れちゃって」
「え? ええ?」
予期せぬ第ニ撃目が油断しきっていた私を襲った。と、突然の世間話? い、いやこれは只の事実の報告?
えっと。こういう場合どうすればいいの?
なんて返せば正解なの? 私が慌てふためいていると、鶴間君の机はクラスメイト達にあっという間に囲まれる。
イケメンで人当たりも良く明るい鶴間君は、入学して直ぐにクラスメイトの中心になる程の人気者だった。
鶴間君を囲う者達によって私は返答する機会を失った。私は人混みを避けるように机を持ち横にずらす。そして心の中でため息を漏らした。
『なっさけねーな。ちゃんと返事も返せないのかアンタ』
一番後列の私の背後で、聞こえる筈の無い声が私の頭の中に響いた。ゆっくり後ろを振り返ると、そこには全身赤いジャージ姿の金髪男が立っていた。
「理の外の存在」と言う組織に属する六郎は、両手をジャージのポケットに突っ込みながら私を呆れた様な目つきで見下ろしていた。
『し、仕方ないでしょう! 人と話す事に慣れていないんだから!』
私は六郎に心の中で抗議する。そう。この金髪男の姿は、私以外のクラスメイト達には見えていないのだ。
最初はにわかに信じられなかったが、六郎の姿に誰も気付いていない光景を見ると、組織の存在が真実なのかと思い知らされる。
そして六郎が私に言った事も本当なのか。私がクラスで一番のイケメン鶴間君を口説き落とせば、私は本当の姿に戻れると言う。
「おはよう。ゆりえちゃん」
私の聴覚に、とてもお淑やかな声が聞こえてきた。そう。このクラスでブスで小太りの私に声をかけてくる人物は鶴間君以外にもう一人いた。
ブラウンの波打つ長い髪の毛。大きな瞳に小さく可愛らしい口。細い身体に豊かな胸と形の良いお尻。
「お、おはよう。ユリア」
私は右隣の席に座った美少女に挨拶をする。彼女の名は国岩頭(こくがんとう)ユリア。かつて私の通っていた幼稚園で同じひまわり組であり、私とは真逆の人生を歩んで来た人物であった。
〘永遠の宇宙の片隅で孤独を友としていた様に。ちっぽけな部屋の片隅で連休を一人で過ごした様に。
長く沈黙を貫く日々の結実は、商店の従業員にレジ袋の有無を問われた際に白日の下に晒される。
人と長く喋っていないと、急に声が発せられない 〙
ゆりえ 心のポエム
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