第2話 どうやら私のこの容姿は神様の手違いらしい

「ゆりえー? 部屋で空手の稽古しちゃ駄目よー」


 私が六郎と名乗る金髪男を正拳突きで張り倒した物音を聞いたのか、一階から母さんの声が聞こえてきた。


 そう。どうやら私の目の前で展開されている光景は現実の様だ。二つの鼻の穴にテッシュを丸めて入れている金髪男も現実に存在している。


「······質問が腐る程あるんだけど」


 私は迂闊にも第ニ撃の構えを解き、六郎を睨みながら呟く。


「だろうな。だが一つ確認しておくぞ。もう暴力は無しだ。いいな?」


 六郎のうんざりとした様な口調に、私は渋々頷く。金髪男はため息をつきながら私のベットに腰掛ける。


 ちょい! 年頃の若い娘のベットに気安く座んないでよね! そして私を促すように顎を上に動かす。な、なんか感じ悪いわね。


「あんたの言った「理の外の存在」って何?」


「さっき言ったろ? 神様だと思えばいい。だがな。神様も色々大変らしくてな。手違いやミスも起こしちまう。それをフォローするのが俺の役目だ」


「······? 大変らしいって。あんたはその「理の外の存在」の一人なんでしょ?」


「生憎俺は最近組織に入ったペーペーだ。しかも扱いは非正規雇用。まあ身分はアルバイトみたいなもんだ」


「ア、アルバイト? アルバイトに神様の代理人が務まるの?」


「さっき言ったろう? 組織は今、人手不足と能力低下のダブルパンチに見舞われて大変なんだとよ。そこで背に腹は変えられなくて俺みたいなアルバイトを雇っているんだ」


「あ、あんたの仕事って?」


「それもさっき言ったろ。組織がやらかしたチョンボのフォローだって。小田坂ゆりえ。あんたの救済措置もその一つだ」


 救済措置。私はさっき六郎が話した内容を反芻する。そうだ。この金髪男は言った。私は手違いでこの顔に生まれたって。


「······あんたの話がもし本当なら。今直ぐに私の顔と身体を本当の姿に戻せばいいでしょう?」


 半信半疑もいい所の私は、挑発めいた言葉を六郎に浴びせる。そうよ。本当に神様ならそれ位容易いでしょう?


「そこが説明の複雑な所でな。いいか。さっきも言ったが「理の外の存在」はその力を弱めているんだ。はいじゃあ本来の姿に戻しますって訳には行かねーんだよ」


 六郎は金髪の長い前髪を右手で掻く。コイツの金髪。本当に長い。腰くらいまであるんじゃない?


「小田坂ゆりえ。アンタが本来の姿に戻るには、アンタ自身の力が必要なんだ。それはつまり、本当の姿に戻ると言う強い意思だ」


 ······意思? はあ? この顔と小太りな身体がどうにかならないかなんて、物心つく頃からずっと悩んで考えていたんですけど?


「悩みや願望とは少し違うんだ。強い意思ってのはそうじゃない。自分の中で昇華すれば済む話じゃない。簡単に言うと、誰の目にも明らかな意思表示を見せなきゃいけないんだ」


 はい? 私の意思表示? 本当の姿に戻る為の決意表明みたいな事?


「まあそんな所だ。小田坂ゆりえ。アンタが本当に本来の姿に戻りたいって意思を「理の外の存在」に見せなきゃならないんだ」


 ······ちょっと金髪のお兄さん。あんたの言っている事矛盾してない? この私の容姿はあんたの言う「理の外の存在」の間違いなんでしょ?

 

 なら四の五の言わずにさっさと! 今すぐに本当の姿とやらに戻しなさいよ! それが筋って物でしょうが!!


 私の憤怒の表情を感じ取ったのか、六郎はため息をつきながら片手を上げて見せた。


「小田坂ゆりえ。分かるよ。いきなりこんな突拍子も無い事を言われてもな。アンタの怒りは最もだ。だがな。一つだけ理解して欲しいんだ」


 六郎は続ける。神様みたいな存在である「理の外の存在」は徐々にその力を弱め、無駄な力を使う余力は無いと言う。


 私が強い決意を「理の外の存在」に見せる事によって、神様達は重い腰を上げ老体に鞭を打ってその力を使うらしい。


 ······何だか全く納得出来ないんだけど。縁側でお茶を飲む高齢者を想像してしまった私は、それ以上何も言えなくなってしまった。


 それにしても。本当の姿に戻る条件がクラスで一番のイケメンを口説き落とすってどういう事よ?


「これでも難易度下げたんだぜ? 最初の条件は某歌劇団入団やアイドルグループの加入。それを俺が直談判して今回の条件にしたんだ」


 ······確かに。某歌劇団入団やアイドルグループ加入なんて天地がひっくり返っても私には無理だわ。


 クラスメイトの男子を口説き落とすって方が遥かに現実味がある······わけないでしょうがこのボケ!!


 私は六郎に詰め寄り、赤いジャージの胸ぐらを掴んだ。途端に六郎は青ざめる。


「お、おい小田坂ゆりえ! 暴力は無しって言っただろう!」


「あんた達。私をからかっているの? それとも只の嫌がらせ? 最初から本当に姿に戻す気なんて無いんでしょう? こんなブスな私が、クラスで一番のイケメンを口説き落とすなんて出来る訳がないでしょうが!!」


「落ち着け小田坂ゆりえ! 本当だ! 俺達は伊達や酔狂でこの条件を提示した訳じゃない。アンタが本当に姿に戻る為には、この条件を満たすしかねーんだよ! 大丈夫だ! 俺がしっかりサポートするから! 俺はその為に派遣されたんだ! な?」


 六郎の必死な訴えに、私は振り上げた拳を止めた。え? サポート? 私の? このバンドマンみたいな金髪男が?


「俺が必ずアンタを本当の姿に戻してやる······とは約束できねぇ。だが、全力は尽くす。それは本当に約束するよ」


 六郎は真剣な顔つきで私を見つめる。コイツ、よく見ると腹立つくらいにイケメンだ。しかも若い。


 私と同じ十代に見える。私は力が抜けた様に六郎の胸元から手を離して俯く。


「······無理よ。アンタだって見れば分かるでしょう? こんな醜い私に振り向いてくれる相手なんて。鶴間君どころか、この世に一人だっていないわ」


 気づくと私は泣いていた。これまでの十六年の人生で幾度となく流した涙だ。そんな私の頭の上に、誰かの手が優しく添えられる。それは、六郎の手だった。


「小田坂ゆりえ。アンタは醜くない。本当に醜いってのは、心が腐った時だ。だが今のアンタはその心も腐りかけている。心だけは腐らせるな。もう一度言うぞ。俺が全力で協力する。一緒にアンタの本当の姿を取り戻そう」


 六郎の真剣で真摯な言葉に、この時の私は不覚にも一縷の希望をその胸に抱いてしまっていた。









〘神様。貴方の気紛れはチロルチョコより甘美で、地面に落としてしまった買食い肉まんの様に無慈悲です。


 刻一刻と蟻が群がる地に横たわる肉まんを涙目で静かに傍観し、貴方の深淵なお考えに思いを馳せる事が私に叶うでしょうか?〙


              ゆりえ 心のポエム


 

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