第5話 六郎の手練手管

 うら若き乙女の神聖なベットの上に、その男は無遠慮に腰を降ろし長い脚を組んでいた。


「小田坂ゆりえ。アンタのクラス内での位置付けは何となく分かった。いわゆるスクールカーストの最下層って所だな」


 「理の外の存在」と言われる神様的な組織の一員である六郎は、畳に正座する私を茶色いサングラスの越しに見下ろす。


 ん? 何で部屋の主の私が正座して余所者の六郎が私のベットに図々しくふんぞり返ってるのよ!


「小田坂ゆりえ。あんたに殴られて俺の繊細な心は深く傷ついた。いつ殴られるか不安でとてもじゃないがアンタの下座には居られないんだよ」


 くっ! あれは不法侵入者に対して許される正当な行為よ! それを被害者づらしてこの男は。なんか腹正しいわね。


「ともかく状況を整理しよう。鶴間徹平を口説き落とす為に何が必要か」


 六郎が両手を叩き、私の六畳の部屋は何やら作戦会議的な雰囲気に包まれてきた。


「先ずは最大の重要人物。鶴間徹平だ。俺が見た限りでは人柄は良さそうだ。何より小田坂ゆりえ。アンタにも普通に接してくる」


 六郎の言う通り、鶴間君は顔だけじゃなく性格もいい。こんなブスで小太りな私にも声をかけてくれる。クラスの女子達が夢中になるのも当然だ。


「そして国岩頭ユリア。あのハーフの可愛らしい女子は要注意だな。鶴間徹平と並ぶと抜群にお似合のカップルだ。小田坂ゆりえ。もしかしたら国岩頭ユリアは、アンタの最大のライバルになるかもしれねーぞ」


 ······ライバル? ユリアが私の? いやいや。ちょいと金髪のお兄さん。あの美少女と私が勝負になる訳がないでしょう?


 例えるならユリアと私は月とスッポン。いや、腐った安葡萄とシャインマスカット。いやいや、汚れた都市の茶色い砂浜と石垣島の真っ白い砂浜くらい違うのよ!


「······突っこむの面倒くせーから話を進めるぞ。あとはもう一人。北海信長って硬派な男子だな。おい小田坂ゆりえ。言っておくが間違っても北海に惚れるなよ」


 六郎が茶色いサングラス越しに、私を睨むように釘を刺す。べ、別に優しくされたからって直ぐに好きにならないわよ!


 そう言いつつ、私は北海君のあの言葉を思い出していた。すると自然に胸の中がざわついて来る。


「······まあ。俺の杞憂だろうがな。アンタの趣味は硬派よりも軟派みたいだしな」


 六郎は首を動かし部屋の周囲を眺める。そう。私の部屋の壁には、アイドルやアニメのキャラのポスターが貼られている。


 それらの顔つきは、北海君とは対極の美少年達だった。


 私の名誉の為に断言しておくが、決して下品にならない程度の数だ。よく部屋中をポスターで埋め尽くす人がいるが決して私はそれとは違う!


 ふん。どうせ六郎は心の中で私を馬鹿にしてるんでしょう。現実にモテない女が空想の世界に逃避しているって。


「別に個人の趣味は否定しねーよ。アンタの好みが美少年だろうと何だろうとな」


 睨む私の心の内を見透かした様に、六郎は両手を上げ私をいなす。


「本題に入ろう。小田坂ゆりえ。アンタが本当の姿に戻る方法。鶴間徹平を口説き落とす為の作戦会議だ」


 六郎は急に真剣な顔つきに変わる。私は唾を飲み込みながら頷く。どんなに足掻いても、ブスで小太りな私にクラスで一番のイケメン鶴間君が振り向く筈が無い。


 それを最初から分かりきっていた私は、六郎達「理の外の存在」の力を当てにしていた。


 あるんでしょう? 惚れ薬とか。相手の心を自在に操る魔法の杖とか? 勿体ぶらないで早く出しなさいよ!


「······ある訳ねーだろ。そんなモン。つーか、明らかな反則行為が認められる筈がないだろ」


 六郎が呆れた表情で私を眺める。は? 無い? ひとっつも? 手ぶら? 私、手ぶらで勝算の無い戦場に送られるの?


 それ死ねって事? 戦死前提で特攻して来いって言ってんの!?


「落ち着け小田坂ゆり。不正行為は許されないが、逆に正当な範囲でなら「理の外の存在」の力を使える。それを使って鶴間徹平を口説き落とす」


 不敵に笑う六郎が私のベットから勢い良く立ち上がる。


「名付けて「三分間の魔法」これで鶴間徹平を落とすんだ!」


 力強く右手を握る六郎は、自信満々にそう断言した。私は金髪バンドマンの言葉を聞きながら、何故かカップラーメンを頭の中で連想していた。








〘それは、永遠に繰り返す人間達の過ちの歴史の様で。それは、繰り返される人間達の日々の営みの様で。


 今日また私は、静観を厳命されているにも関わらず禁忌を犯しその蓋を開いてしまう。


 背徳感に満たされた私は、まだ三分間経っていない堅めのカップラーメンに二本の箸を沈めた〙


              ゆりえ 心のポエム


 



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