6

 マリアがポリッジが入った椀を手渡すと、悪魔はおそるおそる食事を始めた。それから、また休息させたり、悪魔の身だしなみを整えてやったりしているうちに更に一日が過ぎた。

 彼らがようやくゆっくり会話ができるようになったのは、それからだった。無理やり悪魔を寝台に寝かせながら、彼らは会話をする。


「…あなた、名前は何ていうの?」

「エスと呼ばれていました」

「そう」


 ふう、とマリアはため息をつく。

 まったく、混ぜこぜだわ。


「あなたは、新しい名前が欲しい?」


 マリアの言葉に、悪魔は小さく首を横に振る。


「あの…」


 悪魔は言葉を発して、それから言い淀んだ。


「なあに?」


 マリアが微笑む。


「新しいご主人様ですよね」

「分かるの?」

「はい、魔法のつながりを感じます」


 悪魔を買い取った時に、譲渡魔法をかけてやる、と言われたことをマリアは思い出した。ほんとうに魔法まであるのね、とマリアは感心した。


「あの、どうして、おれなんかを買ったんですか?」


 どうしてかしら、マリアにも分からなかった。身の回りのことは、すべて自分でできる自信があった。それなのに、どうして?


「あなた…エスには、家族がいるの?」

「いいえ、ご主人様。悪魔は悪運をもたらすものとして、嫌悪され、憎悪されています。娼婦の母は、おれがまだ赤子だった時に裏路地に捨てました。おれは孤児院で大きくなり、そこを出て以来、一人です」


 マリアは疑問を抱いた。

 あまりにもエスが淀みなく語ったからだ。その疑問を、エスの方も敏感に察したようだった。


「…何代か前のご主人様の訓練だったんです。おれがどのようにして生まれたかを鏡の前で繰り返し言うことで、悪魔が存在することがどんなに悪いかを理解するための」

「そう」


 なんだか悲しいことばかりの連続のような心持ちがした。

 誰からも疎まれて、蔑まれて。

 この人はもしかしたら生まれない方が幸せだったと思っているかもしれないわ。だって、まるでいいことなんてない人生。そんな環境にあるのが当然で、人生の全てを諦めるようなそんな生き方。


「どうして、奴隷になったの?」

「おれは生まれつき魔法が得意で、悪魔だということを隠して、魔術師として働いていたんです。十八の時に協会にそれがバレてしまい、異端として捕まりました」

「…ねえ、あなた、いくつなの?」


 実のところ、マリアはずっとそのことが気になっていた。

 ヒゲを剃り落とした悪魔は、マリアが思っていた以上に若かったのだ。父親世代だと思っていたのに、むしろマリアの方に年齢が近そうだ。無骨ながらも整った顔立ちは、どこかずる賢そうな印象を与えるもので、それは、まさしく悪魔だった。


「三十二になりました。ご主人様」

「そうなのね」


 マリアは微笑んだ。


「わたくし、あなたと対等なお友達になりたいの」

「友達…ですか?」

「ええ、だってわたくし、ひとりぼっちで寂しかったのだもの」


 マリアの言葉にエスは困惑したようだった。


「あなたは、奴隷として買い取ったわたくしを恨んでいるかもしれないけれど」

「…いいえ、ご主人様。恨んでなど、おりません。買っていただき、ありがとうございます」

「そう?」

「…」

「だから、そうね…。わたくし、対等な友達としてあなたに取引を持ちかけるわ」


 にこ、とマリアは笑いかけた。


「わたくし、叶えなければならないことがあるの。それが達成できた暁には、あなたを奴隷から解放すると誓うわ、どう? たぶん、それだけの資産はあるはずよ」


 悪魔は、合点がゆかない様子で、頷いた。


「はい、ご主人様」


 マリアはなおも笑いかける。


「あら、お友達なんだから、マリアって呼んでくれてもいいのよ」

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