第5話『案内係』


 貸出しカウンターの横に案内係と書いた立て札が置いてある。トーワ・クラタナの率いる案内班は返却カウンターの横にある貸出カウンターの奥が詰め所になっている。


 実は直接利用客に接する案内係はこのウルテミナ大図書館においては花形部署の扱いを受けている。裏方の仕事が多い司書にしては目立つ上に肉体労働もほとんどない。意外に人気の高い部署なのである。

 しかし、当のミリテは本さえ読めれば幸せなのでそんな事には頓着していない。希望欄にも何も書かなかったせいで司書補の時代には清掃班。今年、司書になってからは駆除班に回されたのである。


 ミリテは案内班の詰め所の扉を開けた。


「トーワ先輩。手伝いに来ましたです」

「うん、いらっしゃいミリテ」


 ミリテは以前からトーワのことを知っていた。ミリテの居た孤児院はウルテミナの商業組合の経営である。そして組合はこの大図書館にも出資をしている。その関係で孤児院の院生はこの図書館での閲覧を無料で利用できたのだ。

 そう、本好きのミリテは子供の頃から足繁くここに通っていた。その時ミリテにいつもおすすめの本を紹介してくれていたのがトーワなのである。


「先ずはこれに目を通してくれないか」そう言ってトーワはミリテに数枚の紙を手渡した。

「はいです。でもこれ何ですか」

「今週入ってくる新刊だよ」

「おお!」


『勇者物語り・第三版』『続・魔法使いと仲間たち』『太っちょ公爵』『東方旅行記』『エンジンの仕組み』等々どこかで見た事のあるタイトルも、まだ見た事の無いタイトルも並んでいる……。

 これらのほとんどはレグドラド大陸にある提携を結んでいる他の図書館や本を専門に扱う貿易業者が買い付けて来たものである。大陸中で発売されたばかりの新刊である。

 ミリテはタイトルからストーリーを想像しながら目を輝かせ読み込んだ。


「タイトルと分類を覚えるだけで良いからね……」鬼気迫るミリテの様子におののきながらトーワは呟いた。



 それからしばらくの後。新刊のリストから中々顔を上げないミリテにしびれを切らしたようにトーワ語り始めた。


「それでは早速、ミリテには個室付きを手伝ってほしいんだ」

「え? いきなりですか」ミリテはやっと顔を上げた。何故だかにやけ顔である。


 個室付きとは個室付きの案内係の事を指している。そもそもこの図書館の個室は有料で、そこの利用者は仕事で調べ物をする人やこの図書館の関係者、または純粋に静かに本を読みたいお金持ちなのである。それなりの専門の知識も必要となって来るし接客態度も問題になって来る。


「いやいや、大丈夫だよ。君以上にここの蔵書に詳しい人間はいないから」

「で、でもー……」

「例えば……。トゥエイン著の『祈りの乙女』はどこにある?」

「ええ! えーと。トゥエインの祈りの乙女は占星術の本なので三層の魔法技術コーナーの占いまじないの棚です」

「ほら」

「……」ほらと言われても……。トーワの背後の別の司書たちもうんうんと頷いている。「でも、私は接客には自信がないのです」

「そこは僕達がちゃんとサポートするから」

「はあ……」


 ミリテは個室付きの案内係を手伝う事となった。しかし……。


 個室を借りるお金持ちはまだ良い。彼等の目的は大方が大陸中から集められて来たばかりの新刊を読む事なのである。いち早く出版されたばかりの新刊に目を通し話題にしたいのだ。

 問題なのは調べ物をするためにやって来た研究者たちである……。


 此処へやってくる研究者は植物学者・生物学者・薬学者・エンジニア等々……時には遺跡を調査している考古学者もやって来る。この図書館の蔵書に過去の知識を求めて来るのだ。そして、彼等のほとんどが自分の探すべき本のタイトルを知らない。探している物の内容を聞き、その本のありそうなコーナーへ行ってお目当ての本を見つけ出さないといけない。幅広い専門知識が求められてくるのだ。


「ミリテ、食中毒を起こす植物の事を調べているそうだ。どこにある」トーワ班の司書の人が聞いてきた。

「それでしたら二層のスポーツコーナーの戸外レクリーエーションにある『食べられる野草・危険な毒草』、または三層の植物学コーナーの『植物図鑑大全』にあったです」

「うん、それで良さそうだ……ちょっと取って来る」


 ミリテには一つの特技がある。

 彼女は読んだ本の内容をほとんどすべて記憶しているのだ。これは実に凄いことである。知識の量だけであるならばどの分野においても一門の人物にも匹敵すると言う事を意味している。もし、その知識を応用できれば新しい発見さえも夢ではない。しかし……。

 彼女の残念な所はその知識を次の新しい本を読む事にしか使用しない。完全にその知識は持ち腐れている。


「ミリテ君。跳びネズミの生態について何かいい本は無いかね」別の司書が聞いて来た。

「でしたら三層動物学コーナーの『ミール高原の生物』と畜産業コーナーにあるホルツ教授の『獣医療日誌』に記載があったです」

「そ、そうかね……」


「ミリテさん。カルナッツ遺跡について何か知りませんか」更に別の司書が聞いて来る。しかも、本を探しているのでなく既に内容の質問である。

「えーと、詳細な情報は五層で閲覧制限が掛かってると目録に書いてありました。概要だけでしたら二層にある地理コーナーの『神話大戦の跡地を訊ねる』に記載がありましたです」

「目録まで覚えちゃってるんですね……」


 こうしてミリテは案内係の人達と打ち解けていった。良いように利用されているとも言う。

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