第4話『司書のお仕事』


 ウルテミナ大図書館の司書の仕事は多岐にわたる。大陸中で買い付け送られてくる本の整理。本の分類や目録の作成。図書館利用者への案内。図書館そのものの保存と維持。そして……本を無事、保護する事……。


 棒の先に香炉を下げた十人程の司書補が通路に並んだ。その背後に五名の司書が控えている。司書補たちが一斉にファイヤーピストンで香炉に火を入れた。すぐに強いハッカの匂いのする煙が立ち込め始めた。

 司書補たちは左手に香炉を下げて右手の団扇で書棚に向けて煙を仰いだ。後ろに控える司書たちが一斉に腰のワンドを抜いた。


 岸壁のようにそそり立つ本棚。打ち寄せる波の様に煙がぶつかり立ち昇って行く。その時、動かぬはずの本がモゾリと動いた……。


 いや、違う。動いたのは本の上に乗っている何かだ!

 よく見ると半透明で手のひらほどの大きさの何かが動いているのが判る。


 紙を食べる虫 〝紙魚しみ〟 である。


 浜辺に居るフナ虫によく似た身体で本の上を素早い動きで移動している。司書たちが書棚に掛かる梯子を動かしそれを追う。そして、杖を振りかざしそれを床へと叩き落とした。


 ミリテの読んだことのある研究書によれば紙魚は元来小指の先ほどの小さな虫であると言う。それをここまで巨大化足らしめている原因はこの世界に満ちている魔力の所為なのだと言う事だ。


 この世界には魔力がある。魔力と言うのは魔法を引き起こす力の事である。この大陸に少なからずいる魔術師たちはこの力を使って様々な現象を引き起こす。

 魔術師の使う魔術は本来であれば神に祈りを捧げて現象を起こし、イメージによって具現化し、魔術紋で使用を制限する物なのだが、より体構造の単純な昆虫や植物はこの魔力の影響をもろに受けると言う事だ。

 体の大きくなるもの。足の速くなるもの。空を飛ぶようになるもの。

 原因はまだ良く判っていないが、魔力の影響で生物や植物が本来獲得していない能力を持つように進化するのである。


 そして、ミリテの所属するリーナ班は害虫駆除を専門にしている駆除班である。

 司書たちが次々に紙魚を床に叩き落としていく。それを下で待ち構えている司書補たちが靴裏で踏みつける。紙魚が床の染みになる。


 この図書館に出没する虫はこの紙魚だけではない。蜘蛛のような姿で本に使われる糊やほこりを食べる茶立虫チャタテムシ。コガネムシの様な甲虫で本に穴を開けてしまう死番虫シバンムシなどもいる。いずれも人を襲うことは無い。しかし、彼等は本に取り付き駄目にしてしまう。いわば本の天敵なのだ。

 ミリテは恨みを込めて紙魚を叩いた。


 ぺちゃ! 「あっ!」


 勢い余って叩き潰してしまった……。


「あっ! こらミリテ! 何て事してんだ」丁度、こちらを見ていた班長のリーナに怒られた。

「す、すみませんです……」

「司書が本を汚してどうする。すぐにその本を修繕室に持っていけ!」

「はいです」


 ミリテはすぐに汚れてしまった本……『伯爵令嬢の恋の行方・私、辺境領主に嫁ぎます!』を抱え梯子を飛び降りた。そして、返却カウンター奥の修繕室へと走った。

 修繕室に入り事情を説明して本を渡す。そして、文学のコーナーへと戻って行った。



「戻りました」


 だが、ミリテが戻って来た時にはすでに駆除の作業は終わり、司書補たちの手に因って床の掃除が始められていた。


「よし、粗方片付いたようだな。作業を終えた者から一旦引き返すぞ」そう皆にリーナが号令をかける。

「「「はい!」」」


 その時、盛大にガランガランと鐘の音が鳴り響き始めた。開館時間を知らせる五刻の鐘である。利用者がこの図書館にやって来る。リーナ班の皆は詰め所に向かって歩き出した。



「ちょっと待てミリテ。お前だけに話がある」


 前を歩くリーナが後ろを向いてミリテに声を掛けて来た。


「はい、何ですか」驚いた風にミリテが答える。もしかして先程の叱責だろうか?


 リーナは歩調を合わせるようにミリテに近づき小さな声で囁いた。


「なあミリテ。今日からお前だけはトーワの班の手伝いに行ってくれないか」

「え? そ、そんな……。今日の失敗はたまたま力が入っただけです……」青い顔をしたミリテが言い訳する。

「ああ、いや、違うんだ。ほら、私たち駆除班は寒くなってくると虫が出なくなって暇になるだろ。だから、冬期の間は朝の駆除を終えると清掃班や設備班の手伝いをするんだ」

「え? でも、トーワ先輩の班は案内班ですよね」


 案内班はこの図書館の利用者の探す本を見つける手伝いをする班である。このウルテミナ大図書館の蔵書数は膨大で慣れていない利用者の場合、お目当ての本のコーナーさえ見つけるのに苦労するのだ。


「ああ、だからトーワの方から頼んできたんだ、お前を貸してほしいって。ほら、お前は誰よりここの蔵書に詳しいだろ。だから手が空いたら手伝ってほしいそうだ、行ってくれないか」


 いつも本を借りて帰るミリテの読書数は半端ない。すでに定番と言われる本は読みつくし、最近では学術書にも手を出す始末である。読書好きの多い司書の中でも群を抜く読了数である。


「そう言う事でしたら、了解です」

「うん、私の班の連中は私以外本を読まないからな……案内班を手伝いたくても行けないんだ」

「そうですね……」


 確かにそうである。駆除班の人間は司書補を含めて脳筋気質な人が多いのだ。そして、このリーナルテ・カドヤーと言う女性だけはいつも男装しているにもかかわらず本を読む。しかも、それはかなり濃いめの恋愛小説なのである。

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