第3話『英知の徒』


 図書館に到着したミリテは駐輪場に行き自転車を止めた。そして、肩掛けバッグから大きな錠を取り出し鍵を掛けた。そのまま近くの扉を開けて建物の中へと入っていく。そして、一目散にロビーへと向かった。


 ロビーの壁に大きく張り出された日刊紙・ウルテミナニュース。どうやらこれが目当ての様だ。齧り付く様に目を見開き隅から隅まで読みつくす。

 今日は金の相場が上がっている……。工場区で火災があり建造中の船が一隻燃えたそうだ……。北の隣国であるトランティア王国との会談が順調に始まったそうだ……。大陸の東の端、ラーフ正教国にまた経済戦争の動向があるらしい……。


「おい、いつまで読んでんだ。朝礼始まるぞ」


 ――はっ! しまった。つい夢中になって読み込んでしまったです……。

 この建物は外から見ると円筒形に見えるのだが、実際には中心に中庭を持つドーナツ状になっている。中庭に設置されている大時計に目を向けるともう既に四刻と八分の二(八時三十分)を差そうとしていた。


 背後を振り向くと三十代前半の男装女性が立っていた。ミリテの直属の上司で班長のリーナルテ・カドヤーである。ショートボブに刈った金髪に緑チュニックの上に金モール付きの黒いロングコートを羽織っている。下も金モール付きの黒色ズボンで編み上げブーツを履いている。腰に刺した杖には特注製の銀のハンドガードが付けられている。これで軍帽さえ被っていれば軍隊礼装に見える事だろう。もっとも軍の女性武官の礼装はスカートであるが……。


「お早うございます、リーナ班長」

「早く行くぞ」

「はいです」


 ミリテはすたすたと歩くリーナの後を追っていく。そして、扉を開いた。

 毎朝、朝礼の行われる会議室にはもう職員たちが集まっていた。受付や経理を行う一般職員。図書館業務を行う司書にそれを補佐する司書補。見習いを含めて約百名余りが集まっている。

 ミリテは慌ててリーナの列の最後尾に並んだ。


 初老の副館長リベラ・クロダンが訓示を発する。ミリテは視線を合わせないよう少し下を向き静かにその話を聞いていた。


「えー、毎日の職務、誠にご苦労である……」いつもの訓示である。今日は季節の話が少し盛り込まれていた。


 そして、最後に締めくくる。「……では、ウルテミナ大図書館憲章」


 全員がこの図書館の正門に掲げられた文言を斉唱する。

 司書たちが一斉に腰に差したワンドを抜き、胸の前に両手で掲げた。


 〝我等は知恵の守り手、英知の徒。過去を読み解き、未来に繋ぐ者なり!〟



 解散となった。ミリテたちは会議室を後にして自分たちの仕事場である二階層へと向かって階段を上がった。この大樹の塔の一層の高さは約五メトロン(約五メートル)ほどある。一階層は事務所等の各施設が入っており、蔵書のあるのは二階層からである。二階層には閲覧室と一般閲覧可能な蔵書が置いてある。

 ちなみに三階層は学術書や研究書などの専門書が置いてあり、四階層と五階層には閲覧制限の掛かる書物が蔵書されている。


 ミリテは二層の図書室へと入った。

 図書館の外壁に沿う様に湾曲して延々と背の高い書棚が並んでいる姿は圧巻である。外壁の所々には明り取り用の大きな窓が設置されている。書棚には本を取り出す為の梯子が架けられている。その前に通路を挟み閲覧用のテーブルが置かれている。遥か向こうには静かに本の読む為の有料の個室も見える。


 ミリテはつかつかと進み、早速返却カウンターを目指した。今日中の返却が認められなければ保証金が帰ってこない。これは彼女にとっての死活問題なのである。


「返却です」


 カウンターに辿り着いたミリテは大きなバッグをごそごそと漁り、五冊の本を取り出した。表紙の付いた重本三冊、表紙の無い軽本二冊をカウンターの上に置く。


「何か異常はありましたか」中から別班の女性司書が訊ねて来る。

「いえ、問題有りませんです」


 女性司書は本を一冊ずつ手に取り丁寧にページをチェックしていく。


「問題ないようですね」


 それから図書カードをチェックして、貸出ノートと付き合わせる。


「返却日も問題ないようですね。では、保証金は全額お返しします」


 トレーの上に銀貨三枚と銅貨五枚が帰ってきた。ホクホク顔のミリテはムフーと鼻から息を吐き、急いでバッグから革袋を取り出してお金を仕舞い込んだ。さらにそれをベルトの隙間へとねじ込んだ。


 いつもながらにこの瞬間だけは緊張する……。もし汚れや破損があった場合は保証金を全額没収される場合もあるのだ。無事お金を受け取ったミリテは階段脇の詰め所へと戻って行った。



「遅いぞミリテ!」


 扉を開けると同時に班長のリーナに怒鳴られた。既に自分の班の人達は集結していた。その時外からゴーンゴーンと就業時間を知らせる四刻半の低い鐘の音が鳴り響いた。


「すみませんです」ミリテは謝りながら頭を下げた。


 そして、慌てて抱えたバッグを自分のロッカーへと突っ込んだ。それから駆け足で自分の班へと合流する。


 リーナが全員の装備を確認するように腕を組んで前を歩く。そして、おもむろに声を上げた。


「よし、全員揃ったな。今日は北側の文学コーナーを重点的に殲滅する。行くぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る