第5章

第17話 ぬいぐるみ

 眩い朝の光がクロを照らす。


「んー、朝だぁ」


 クロは眠い目を擦りながら、体を起こした。


「おはよう、かおる二号……」


 かおる二号と名付けたぬいぐるみに目を落とすと、クロは目を見開いた。


「かおる!! かおるの目がとれた!!」


 朝食を作っている私の元に、クロが慌てた様子で走ってきた。


「いや、あるけど!」


 朝から怖いことを言うんじゃないよ。


「目のボタン、取れちゃった……」


 そっちの目か。

クロは、いつも大事そうに持ち歩いていたぬいぐるみを私の正面に差し出してきた。


「元々、取れかけていたもんね……」


 私は、料理の手を止め、リビングの机の上にぬいぐるみを置いた。


「あぁ、完全に目のボタン取れてるね……綿とかも出てきているし」

「かおる二号、死んじゃった……?」


 クロは涙目で焦っていた。

というか、これはそんな名前だったのか。

初めて知った。


「助かる……?」


 クロが目をうるうるさせながら言った。


「大丈夫、脈はある。現代科学舐めんなよ」


 そう言うと、私はスマホでぬいぐるみの修理やクリーニングを請け負っている業者を調べた。


「意識が戻るのに2週間はかかるって……」


 私は、検索結果をクロに伝えた。


「1、2、3……一週間は7つだから」


 クロは、自分の指をゆっくりと折って数えていた。


「クロの手じゃ足りないやつだぁ……!!」


 クロは涙目になっていた。


「でも、ちゃんと直るからね」


 私は、悲しく寂しそうにしているクロの頭を撫でた。


「うん……」


 クロは、目を伏せた。

そのクロの表情を見た時、私は思考を巡らせた。


「クロ、ちょっと出かけるから、お留守番よろしくね」

「どこに? お仕事?」


 クロは、少し不安気な表情を浮かべていた。


「内緒!」


 そう言うと、私は家を出た。

この時、私にはある一つの考えがあった。



* * *


 あれから、1週間と少しが経過した。


「あと、手が3つ……」


 クロはカレンダーを見上げ、物憂げに呟いた。


「え? 何のこと?」


 私の声を聞き、振り向くとクロの表情はパッと明るくなった。


「かおる2号!!」


 私の手には、見違えるほど綺麗になったかおる2号の姿があった。


「なんで!? なんで!?」


 クロは、大はしゃぎだった。


「クロに早く会いたかったらしいよ」


 そう言う私の手にはたくさんの絆創膏が貼られ、引き出しの中には『ぬいぐるみの歩き方』という本と裁縫セットがこっそりと入っていた。

しかし、それは私だけが知っていればいいことだ。


「かおる2号ピカピカだーぁ!!」


 クロは、満面の笑みを浮かべていた。

その笑顔を見たら、全てが報われたのである。

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