第4章
第16話 ずーっと!!
私は、幽霊の女の子と暮らしている。
ちなみにクロは、布団にくるまって恵方巻のようになっている。
「クロコルネー!」
クロは転がりながら『クロコルネ』などと言っている。
可愛いかよ。
私はふと、気になって聞いた。
「ねぇ、クロ。私と出会う前ってどうしてたの?」
「出会う前……」
クロの表情が少し暗くなった。
「クロは、泣いていた……」
ここからは、クロに聞いた話である。
気づいたら、何もない部屋にいたらしい。
同時に、自分の記憶も失われていた。
それでも、なんとなく自分は死んでいて、幽霊のあり方は分かっていた。
「お人形さんも一人なの……?」
クロは、他に何もない部屋の床に唯一転がっていたボロボロのぬいぐるみを拾い上げた。
「よろしく……ね」
そのぬいぐるみを自分の顔の前まで持ってくると、そう言った。
* * *
数ヶ月後、一人の女性が住み始めた。
引っ越しの業者の人が次々と段ボール箱を運び込んでくる。
「おぉー。人間だぁ! もう、一人じゃないよ!!」
クロは、表情を明るくさせ、持っていたぬいぐるみに話しかけるように言った。
「人間だ人間だ! 夜なのに部屋が明るい!!」
たとえ、自分の姿が見言えていなくても、誰かがそこにいる。
それだけで十分だった。
3日目のことであった。
「お皿は、食器棚に入れる!!」
クロは少し高いところにある棚に背伸びをして入れようとしていた。
ただ少しでも長くここに居て欲しい。
その一心で取った行動だった。
『ガシャーン』
「あっ!」
お皿を持ったまま、盛大に転んでお皿を粉々に割ってしまった。
「え……」
住んでいる女性は、驚いたというより、気味が悪いといった表情を浮かべていた。
5日目のことであった。
「洗い物は水につければいいんだよね!!」
クロは意気込んだ様子で蛇口をひねって水を出す。
この調子でずっとクロはお手伝いをしていた。
そして、この生活も一ヶ月が経過しようとしていた。
「はっ! トイレだ! 電気点けなきゃ!」
女性が起きようとしたタイミングで、クロは電気をつけた。
そして、行きやすいように、部屋のドアも開けた。
「ドアも開けたよ! 行って行って!」
クロは得意げに言った。
しかし、クロの姿が見えていない女性としては、一人でに電気がついたいわばポルターガイストである。
「ひぃ!!」
女性は、恐怖に顔を歪めた。
そして、布団を被って夜が明けるのを震えながらひたすらに待った。
「行かないの? そっか! 電気消すね」
そう言うと、クロは部屋の電気を消した。
* * *
そして1ヵ月後――――
「あっ、もうそろそろお仕事から帰ってくる時間だ! 明るくしなきゃ!」
女性が仕事から帰ってくる時間を見計らって、電気をつけた。
「おかえり! 今日も電気点けられたよ! お風呂も沸かしたよ!!」
クロのこの行動は全て、良かれと思ってやった行動だった。
しかし、女性の反応はクロの思っていたものとは違った。
その表情は暗く、手がプルプルと震えていた。
「あああああああああああああ!!!!」
女性は頭を抱え、絶望に満ちた表情を浮かべていた。
「もう嫌っ!! 消えろ消えろ!! ああああぁ!」
ついに限界を迎えたようだ。
クロが見えない人間からしたら、今起きていることはただの心霊現象である。
そりゃ、怖いに決まっている。
「出て行ってやる!! もう、こんなとこヤダぁ!!」
女性は完全に取り乱していた。
「一生っ! 私に近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
女性の声がクロの頭の中で響いた。
そして、クロも目に黒い瞳から一筋の涙が流れていた。
それからすぐに、女性は部屋を退去してしまった。
クロは、また一人になる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
誰も居ない部屋で、クロの声だけがこだまする。
「勝手なことしてごめんなさい。悪い子でごめんなさい。もう、おとなしくしてるから。何もしないから……」
また、一人になるという絶望感と孤独感にクロは耐えられなかった。
「一人に、しないで……」
クロは、玄関の扉に両手を付けると、目にはたくさんの涙を溜めていた。
ただ、一緒に居たかった。
それだけだったのに。
クロは、そこまで話してくれた。
薫は、そのクロの話にどこか暗い気持ちになった。
* * *
「ありがとうね。教えてくれて」
「うん……」
薫は、クロの頭を優しく撫でた。
「よしっ、お昼にしよっか。焼きそばだよ」
「クロが好きなやつだ!」
クロは嬉しそうな表情を浮かべていた。
薫は、焼きそばを作るために部屋を出た。
「あ、お皿……」
クロは部屋に置きっぱなしになっていたお皿に目を落とした。
「お手伝いしよっ!」
クロはそう思って、お皿を手にする。
* * *
「クロと過ごしてもう、一ヶ月かぁ」
焼きそばを作る準備をしながらそんなことを考えていた。
もし、私もクロのことが見えていなかったらどうなっていたのだろうか。
そんなことを考えていた。
『ガシャン!』
リビングで食器が割れる音がした。
私は、急いで扉を開けた。
「どうした!?」
クロがお皿を落としたのだと、瞬時に悟った。
「ちがう、の。クロ……かおるのお手伝いを……」
その時、クロの頭にあの女性が放った『一生近づくな!!』という言葉が蘇った。
「クロ……」
クロの表情に心配になった私が声をかける。
「あ、あ、クロ、謝るから。もう、何もしません。許して下さい」
クロは涙を浮かべていた。
「だからもう、ひとりにっ」
絶望したような表情をし、涙を流しながら怯えた様子で必死に薫に謝っている。
薫はクロに近づいて、クロの肩に両手置いて言った。
「ケガ、してない?」
薫は、クロに目線を合わせた。
幽霊って血とか出るのだろうか。
そもそもケガはしないのだろうか。
薫は心配になりながら言った。
「……なんで? クロ、悪い子なのに……」
クロは、薫の対応に拍子抜けしたような表情を浮かべていた。
「それは違うよクロ。きっと、誰も悪くないんだよ」
薫は、真剣な面持ちで言った。
「私も、もしクロのことが見えて無かったらその人と同じことをしていたかもしれない」
そもそも、見えないものを信じろという方が普通は無理なのだ。
「でも、私はクロが見える! クロが優しくてほめたがり屋で可愛い女の子だって知ってる!」
そこに、幽霊だとかそんなものは関係なかった。
「この先、もしクロのことが見えなくなっても、一緒に居て欲しい」
クロは、まだ涙を溜めていた。
「クロは、私の家族だから」
薫は、クロに目線を合わせたまま、肩に手を置いて言った。
この言葉に嘘も偽りも無いい。
「かおるぅ……クロも! クロも!」
そう言うと、クロは私に思いっきり抱き着いてきた。
「おわっ! ちょ、またお皿が!!」
抱き着いた時に持っていた、もう一つのお皿も床に落下して割れた。
「クロもかおるが大好き!!」
名前をくれたのも、ほめてくれるのも、一緒にお風呂に入るのも、かおるのコーヒーを飲むのも、話してくれるのも、クロにとっては幸せだった。
「うん」
薫は、それに静かに頷いていた。
「クロ、ずっとかおると一緒にいる!」
「いいよ」
優しい声で言った。
「ずーっとだよ!!」
「ずーっとってどれくらい?」
「ずーっとはずーっと!!」
「そっか」
そう言うと、薫はクロの小さな体を優しく抱きしめた。
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