ぼくから見たきみ

 「ねぇ、ちょっと聞いていい?」


 僕が顔を上げると、隣に見える部屋でビーズのクッションに座りながらパソコンを打っていたきみが顔を後ろにそらしてこちらを見下ろしていた。寝っ転がっていたぼくは体を反転させてきみのほうを向く。背中へと垂れた長い髪の毛が揺れるたびきみの香りをこちらに漂わせ、ぼくはちょっぴりきみに目が釘付けになった。

 「ねぇって!?聞いてるでしょ?」

 きみが急かしてぼくは慌てて腰をあげて彼女に近づく。

 陸羽道子りくうみちこ。ぼくの幼馴染であり、作家兼ライターの彼女を意気込んでこの部屋に招いたとき、彼女は出版社からの仕事があるからとそのことばかり考えていた。

 ぼくは内心落ち込みながらも彼女の仕事が早く終わればなと願いならが過ごしていた。本当は早く自分の気持ちとか想いを伝えたくて、もう心臓が持ちそうになかったけどなんとか隠し通そうと努力していた。

 「ど、どうしたの・・・道子ちゃん・・?」

 「もう、ちゃん付けなんてやめて!お互いもうそんな年じゃないでしょ?」

 彼女は昔から男勝りなところがあったけど、小さい頃はちゃん付けで呼んでも嬉しそうな顔をしてぼくの前に現れた。ぼくはそんな子供のころの思い出に引っ張られてなかなか彼女のような大人にはなれないでいた。そんな子供ごころながらにも、ぼくはやっぱりきみに対して好きという感情を抑えられずにいた。だからこんなことにまできみを巻き込んでしまったのかもしれない。

 「そう・・だね。それで、どうしたの?」

 「あのさ、あんたはどうしてこの部屋を設計したの?」

 それは・・・

 ぼくはただの思い出を抜け出そうと覚悟を決める。ここに彼女を招いた時点でそれを望んでいたことに間違いはないんだから。

 「この部屋はね、道子ちゃ、いや道子、きみのことを思って設計したんだ」

 ぼくの精一杯の告白は、そのあまりの唐突さに彼女を混乱に導いてしまった。

 「は、はぁ!?いきなりどうしたのよ・・・?なに、冗談はいらないってば」

 「い、いやほんとうなんだよ!道子ちゃんが言ってくれたことを覚えていたからこそ、できたんだよ!」

 「なによ、この気持ち悪い設計が、あたしのせいだっていうの?」

 「き、気持ち悪い!?」

 「こんな意味わかんない空間にずっといたらあたしの精神はおかしくなるわよ!あんただって珍しがられて、それ自慢したくてあたしのこと呼び寄せたんでしょ!?」

 「ち、違う!そんなことないよ!?ぼくは道子ちゃんに伝えたかったことが・・・

 「だから、そのちゃんって呼び方はやめてって言ってるでしょ!!!」

 彼女のあげた悲鳴に近い絶叫によって、ぼくたちの会話は、いや関係性は終わったのかもしれない。

 俯いて息を荒れげた彼女が玄関へと歩き去るのをぼくは自然と追いかけていた。「来ないで!」という声に気圧されて途中で足が止まってしまう。

 ガチャガチャと乱暴にドアノブを回す彼女に癖で「タイミングがあるんだ・・・」と口にすると、彼女は一旦静止した。

 そして、「じゃあ、どうしてこんな部屋をつくったの・・・!?」と言い残して扉を開いて出て行ってしまった。

 取り残されたぼくは彼女のあとをおって扉を開くこともできたはずなのに、どうしてか体が言うことを聞かなかった。画面を下にしてひっくり返ったパソコンだけが彼女の名残として、ぼくのこころをいつまでも締め付けるばかりだった。

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