外伝25: シュトレーゼンの女神と詐欺師②

 そして次の日。


「おっちゃ〜ん、聞いてくれよ〜。

 昨日の絶品の女居ただろー?

 あれさぁー、結局、逃げられちまってさぁ……。

 もう俺のこの熱い魂をどうすりゃあ良いのよ!!!!」


 昨日の男が真っ昼間からクダを巻きに来ていた。

 なんでスラムの酔っ払いのところに警戒心もなく来れるんだ?

 呼び掛けられたブラウンの方がそう思わないではなかった。


 ブラウンは薬や例の女神への仲介を生業なりわいにしている。

 要はそういう組織の一員だ。


 ブラウンはクダを巻くそのチンケな詐欺師のような風貌の男を胡乱うろんげな目で見る。


 昨日は美女と一緒だったから、そうは思わなかったがどうにも下層の人間の匂い、つまり同じクズの匂いがしている。


「逃げられたって……、あの薬使わなかったのかよ?」


 薬自体は本物だ。

 飲ませれば……まあ、要するに人を廃人にする魔薬のたぐいだ。


 昨日、ブラウンはこの男女を疑った。

 女が美女過ぎた、匂いが違う気がした。

 そんな理由。


 ブラウンはそれなりの場数は踏んでいる。

 シュトレーゼンの管理者側の犬の可能性を疑った。


 最近、管理者側の犬にちょこちょことシマを荒らされ、しょっ引かれるグループの情報も入っている。


 だから隙を見せつつ、薬を渡した。

 管理者側の犬がそれを使って動き出せば、罠に引っ掛けるつもりで。


 だから男が1人でスラムに再度現れ、しかも特に仲間に止められることもなくブラウンの目の前に来たことにも驚いた。


 他の仲間が見張っていて、管理者側の犬が来たら罠に掛けるはずだったが、見張りが素通ししたようだ。


 ……なるほど、そうと知らなければチンケな詐欺師にしか見えない。

 それもかなり場数を踏んだ生粋きっすいのクズ!


 管理者側のいわば、表の人間とはどうあっても相容れない匂いというものがある。

 ベテランであればあるほど、それらの匂いは互いによく分かるようになるものである。


 ブラウンも自分が昨日会っていなければ、何も気にせず素通ししていただろう。


 男はブラウンの言葉に深いため息を吐いて答える。


「それがよう……?

 あの美人な姉ちゃん連れて、連れ込み宿に行ったらさあ。

 あの女、薬をいきなりよこせって言って来たがって。

 いや、もちろん飲んでくれりゃあ、万々歳。

 楽しい1夜……いいや、3晩はお願い出来たはずなんだ、ところがヨォ〜」


 男は心底残念そうにブラウンにしなだれかかる。

 なかなかに鬱陶しい。


 男は深いため息を吐きながら言葉を続ける。


「渡したら飲みもしないで、はい、さよならってもんだ。

 あ〜、あ〜、協力したんだから一晩ぐらいサービスしろやってんだ。

 これだから役人側ってのは面白味がねぇんだよなぁ」


「なんだ、気付いてたのかよ」

 ブラウンは酔っ払いのフリを忘れて思わず素でそう言ってしまった。


 ブラウンは僅かに意外に思ったがすぐに思い返す。


 男が自分と同様の修羅場をくぐっているなら気付かないはずもない。


 つまりこの男もチンケではありつつも、それなりに世間を知っているということだ。


「ったりめぇだろ? オッチャン。

 あんな可愛いのがホイホイ引っ掛かるなんて目出度めでたい頭してねぇよ。

 まあ、あんな変装であの美人っぷりが隠せると思ってた可愛い子ちゃんのおマヌケっぷりも良かったが、手〜出せねぇんじゃなぁ〜」


 心底悔しそうに男は、あの可愛い子の顔を思い浮かべるように遠くを見て……諦めるように息を吐く。


 クズにはクズなりの女しか寄って来ない、そんなものだ。


 ブラウンはもう少し男の軽口に付き合う。


「ぬる〜い生活のお貴族様なら、あの程度の変装で地味子じみこだなんだと目立たなくなるらしいぞ?」


「ヤツら、よっぽど毎日派手な見た目で過ごしてるってことだな」


 そう返事して、男はヒョイッと小さな物を投げて寄越す。

 反射的に受け取ってみると、昨日渡した薬だった。


 管理者側の女に持っていかれたのではなかったのかと、今度こそブラウンは驚き顔を上げる。


「本物とすり替えておいたのさ。

 ほんとにお相手してくれんなら、渡してやってもよかったんだけどねー」


 管理者側は偽物を掴まされた気付いたら、さぞかし地団駄じだんだを踏むことだろう。


 ブラウンは想像しただけで、それが小気味良くクックックと笑う。


 自業自得はあるが、ブラウンも管理者側の犬の偉ぶったヤツらに痛い目を見せられたのは、一度や二度ではないからだ。


「まったくだ。

ちょっとぐらい俺たちみたいなのに優しくしてくれても、バチはあたらねぇってもんだな」


 ブラウンは男の軽口に随分、気分が良くなっている自分に気付いた。


「薬返したからよぉ〜、なんか美味しい話ねぇかぁ〜?

 ちょっと可愛い〜のとメイクラブを夢見ちゃったせいでモヤモヤしてんだ、そっち関係で」


 だからだろう、秘蔵のネタを話す気になったのは。


「あるぜ? とびっきりのが。

 あんちゃん、女神って知ってるか?

 とんでもない女神がチートっていう素晴らしい力をくれるんだとよ」


「へぇ〜」

 ブラウンの言葉に。

 ……男は感心したように怪しく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る