外伝20:シュトレーゼンのブラックギルドと詐欺師③

 ギルドを辞めさせられて3日後、ロリクはトボトボと大通りを歩いていた。


 辞めさせられて2日ほどはあまりのショックに寝込んでしまったが、いよいよ空腹となり何か食べようと外に出ることにした。


 辛いことがあっても腹は減る。

 これからどうしようという気持ちしか湧かない。


 突然、何もない大海原に投げ出されたような気持ちだ。


 そんなことは決してないはずなのに、このシュトレーゼンの社会は……そんな空気がある。


 村から出て来て、必死に読み書きを覚えあのギルドに臨時職員として雇ってもらい3年。


 沢山の先輩も軒並み居なくなり。

 新人も入っては辞め、入っては辞め。


 ロリク自身にも何が正しくて間違っているのかも何も分からなくなっていた。


 怒鳴られ、仕事は山積みで、それをこなすことに意味のないやり甲斐を感じていた。


 あの不思議な銀髪の臨時職員が書類を分け出した時、何をやっているんだ!と叫び出しそうだった。


 だけど、分けられた仕事はあっという間に片付いた。

 効率という言葉を初めて聞いた。


 これでもっと仕事が出来る!そう思った。


 その次の日に、よく分からない理由でギルドを辞めさせられた。


 イリスに見惚れすぎて……という理由ならまだ分かる。

 今までロリクはあれほど美しい人は見たことがなかった。


 ロリクに同じ職員としてよろしくと微笑みかけられた時は、天にも登る気持ちだった。


 銀髪のチンケな詐欺師風の同じアルバイトのアレスと何か関係がありそうだと思った時は、趣味が悪いのだろうと少年ながら遠い目で悟った。


 だけど、あのギルドマスターの愛人のオバちゃん相手というのはサッパリなんのことだか理解出来なかった。


 理解出来なくても上の立場の人には逆らえなかった。

 ……それがシュトレーゼンの社会だ。


 逆らわない教育をされたことはあっても、間違っていることを間違っていると言う教育を、ロリクは受けたことなど無かった。


 過程がどうあれ、真実がどうあれ。

 全てはなにも関係なくロリクは辞めさせられた。


 自分を否定された気がして大通りを歩きながら、泣きそうになった。


 だが次の瞬間にそれは全て幻想であると、ロリクは知ることになる。


「ロリク! ロリクじゃないか!」


 顔を上げると黄金色に日焼けしてキラリと光る歯を光らせてこちらに親指を立てて見せるナイスガイ。


「先輩!」


 それはアレスが臨時職員になる1週間ほど前に、詐欺に引っ掛かったからギルドの安日給では生活出来ないからと、ギルドを辞めていったタクス先輩だった。


 ロリク少年はタクス先輩の元に駆け寄り、嬉しそうに笑顔の彼を見上げる。


 ちなみに大柄で爽やかすぎて逆に胡散臭そうな笑顔のタクスと、そのタクスを心から先輩と慕っていることが分かる満面の笑みを浮かべた小柄な少年ロリク。


 見る人が見れば、開いてはいけない妖しい扉を開いてしまいそうになることだろう。

 だが、それも愛の形である。


 とりあえず今回はソレではない!!!

 断じてない!


 これは生きとしいける厳しく歪んだ社会に心折れそうになる少年ロリクと。


 数奇な出会いによりブラック企業……ギルドから救われた先輩の救済の物語なのだ!!

 詐欺などではない!


「元気だったか?」

 ロリクは久方ぶりに自身を心より心配してくれる声を聞いた瞬間、全開で涙が溢れた。


「ぜんば〜い!!!」


 鼻水すらも流し、先輩にしがみ付いたロリク少年を、爽やかなのが逆に胡散臭い笑顔と誤解されるタクス先輩が優しくあやす。


 食事をしながら、ロリク少年の現状を聞かされたタクスは大きく一つ頷き、ロリクを自らの職場に案内する。


 タスクは今は別のギルドで働いており、休日ありの残業なしで、前職の倍の日当を貰えるホワイトギルドで働いている。


 その職場は今、次から次へと仕事が入ってきて手が足りないので、ロリクにも手伝ってもらいたいと告げる。


「実はな、通りでロリクと再会出来たのは偶然じゃないんだ。

 ある人から紹介があったんだ」


「紹介、ですか?」


 ロリク少年はずっと働き詰めのため、街に知り合いも多くない。

 一体、誰が?


「俺もその人から仲介料を支払って、今の職場を紹介してもらったんだ。


 ははは、最初は詐欺にあったと思ったんだけどな。


 そしてそれはあのブラックギルドを辞めて、まともな人生を歩むための必要経費ってやつだ。

 今はたった3週間で借金も返し終わってホワイトギルドという奇跡の世界に居る」


 朗らかに詐欺のような出来事を語るタスク先輩。


 彼曰く、ブラックギルドが無駄に抱えていた大量の仕事が回って来て関係各所は大忙し、だけどそれでもホワイトギルドはワークライフバランスをきっちりと行なっている。


 なお、ロリク少年が働いていたブラックギルドはロリク少年が辞めさせられて、あっという間に破綻。


 そのついでにブラックギルドの悪行に行政のメスが入り、数々の悪事がバレたためにギルドマスター以下愛人を含めた一族は皆借金で奴隷化したそうだ。


 辛くもロリク少年は救われたのである。


 ロリク少年は最近、シュトレーゼンに流れるあの噂を思い出す。


 世界最強と呼ばれた存在がいる。


 曰く、魔王すら指先一つで滅ぼす勇者

 曰く、万の敵すらも打ちのめした英雄

 曰く、女神に選ばれた聖人

 曰く、世界を統べる王の中の王

 曰く、最強にして無敗、世界の叡智の塔に刻まれるランクNo.1も超えた最強ランクNo.0


 その伝説は数多く、数え上げたらキリがなく、どれほどの偉業があるのか誰も真実を知らない。

 それが、世界最強ランクNo.0


 その世界最強ランクNo.0が人知れず、嘆く人々の涙を見かねて悪を断罪したのだと、そんな根も葉も無いが幹だけある、そんな噂話。


 その伝説にうたわれるあの人物が、なんの前触れもなく自分を助けに来てくれたようにすら思った。


 それを行った人物、それはもちろん……?






「ぼろい! ぼろいぞ! 人材紹介!

 チョチョイと人を騙して横に流すだけで、幾らでも儲かるぞ!

 笑いが止まらんわ!!」


 俺は頂いた金貨をジャラジャラいわせ、イリスと一緒に大通りを歩く。


 クックック、真面目なロリク少年が追い出されたから、その日の夜はやりたい放題。


 事前に選別しておいた優良で美味しい仕事は、別のギルドにまとめて回しておいた。

 当然、その斡旋料あっせんりょうも頂いている。


 大体、ばっかじゃねぇの?


 ギルドマスターやマネージャーがアルバイトを残して帰って、なんの秘密も探られないとか思ってんのかね〜?


 間抜けとしか言いようがない。

 ま、そのおかげで俺が美味しい思いが出来たわけだが。


「流石ですね、アレス様。

 これでこの街の経済も活性化し、不幸な人々も救われました」


 イリスが感心しましたとでも言うように、突然そんなことをのたまう。


 まあ、確かにブラックギルドは人を馬車馬のように働かせて〜?

 働いている者が使うお金が無くて経済が回らなくなり、経済悪化の原因になる。


 さらに言えば、ブラックギルドの上の人間がその搾取した金を使うと言っても、それは特定の場所にしか金を落とさないことである。


 人体で言うところの血液と同じ金が、特定の場所で目詰まりして街全体が病気となるわけだが……。


 そういうのはわかる。

 わかるが!


 いつも通り俺がそれに関わったかのように語るイリス。


 ……イ、イリスちゃん。

 なんのこと?


「なんのことって……ああ、アレス様、またですか?

 いえ、分かっております。

 分かっておりますから。


 ただの偶然ですね?


 私はただの受付嬢。

 もちろん何も知りません」


 え?

 何?

 何かあったの?


 ねぇ、ゴンザレス怖いんだけど?

 ねぇ! 俺、また何かやったの!?


 ねぇって!!

 教えてくれぇぇえええ、イリスゥゥウウウ!!





 通りのど真ん中で、美女に縋り付くダメ男の雰囲気たっぷりのチンケな詐欺師風の銀髪の男。


 それは今回、ロリク少年やブラックギルドに苦しむ人々を救った人物とはなんの関係もない、はずだ。


 世界ランクナンバーズを刻む世界の叡智の塔。

 その塔に世界ランクNo.0の文字が刻まれることは当然、ない。

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