外伝17:シュトレーゼンの痴漢と冤罪詐欺師、あとエルフ③

 衛兵長オトーフが空へ吹き飛ぶ。

「ひでぶ!?」


 オラオラオラ、ムダムダムダ。


 そんな声すら聞こえて来そうなほどの乱舞の後、エルフ女はマタしても蹴りを3発。

 1発は男に当ててはいけない危険なオマタな場所へ。


 2度目の光景だが、それでもその壮絶な刹那の瞬間を捉えられた者は居るのだろうか。


 死んだな、色んな意味で。


「痴漢、死すべし!」

 鼻息荒くエルフ女が指を突きつけ言い放つ。


 通りで囲んでいた女性陣から拍手が響く。


 エルフ女は興奮冷めやらぬのか、トドメとばかりに2人のケツを蹴る。


 気絶しているはずなのに、あふん!と声を上げる変態2人。


 変な性癖に目覚めないと良いね。

 ほら、エルフ女美人だから。


 しかしまあ……。


「なんとか男爵はともかく、衛兵までぶっ飛ばしたのはめんどくさいことになりそうだな〜……」


「え? なんとかしてよ。

 私、痴漢をぶっ飛ばしただけだし〜?


 それに私だって人見て判断してるわよ?

 どう見ても嫌われてるじゃないこの2人」


 なんとかって、エルフ女よぉ〜……。


 まあ、この2人が街の人から好かれてないのは、はっきりしている。


 通りで露天を広げている果物屋のおばちゃんとか衛兵が来たときも、顔を微妙に逸らしつつ、それはもうスッゴイ形相で衛兵の方を睨んでた。


 おばちゃん、今は満面の笑み。

 日頃から恨み買い過ぎ。


「それに私が本気でなんとかしたら死体の山が出来るよ?」


 みなまで言うな!!!

 言うでない!!!


 たかが痴漢でとか、迂闊なことは俺も言わないからそれ以上言うな!


「そう? じゃあ、お願いね?」

 可愛いくお願いされた。


 まったく、エルフ女の滅多にない媚びだからといって、俺がそんな簡単に言うことを聞くとでも?


 え? もちろん、なんとかするよ?

 S級美女のお願いを俺が断るとでも?


 うん、そうだよね。

 よく知ってる通りゴンザレス、S級美女に逆らえないの。

 ケツ毛を抜かれる危険があっても。


 早速、俺は音が響くように口元に手を当てて声を上げる。


「密偵ちゃ〜ん!

 密偵ちゃぁぁぁあああああん!!」


 姿の見えない俺の嫁の1人にして護衛のミランダ、通称密偵ちゃんを呼ぶ。


「何言ってんの、あんた?」


 エルフ女さんがジト目。

 何って、なんとかしろと言うからなんとかするんだけど?


「はぁ? ミレーヌを私らごと撒いて逃げたのあんたでしょ?

 ここに居る訳ないでしょ」


 何言ってんの?とアホを見る目で俺を見るエルフ女。


 そこへ……。


「はぁぁぁぁぁあああああぃぃいいい!!

 おやかたさまぁぁぁあああああ!!!!」


 通りの向こうから侍女服を着た美女が猛烈な土煙を上げて走って来る。


「ほら来た」

「あたし、カストロ公爵領の人間舐めてたわ。

 反省するわ……」


 そうなんだよなぁ〜、密偵ちゃん含む元カストロ公爵領の奴らってと〜っても有能なのだ。


 その大半は統一皇国の近衛隊やら密偵やになって今も俺に仕えてる……。


 あなた方が忠誠を誓っているのは、ただの詐欺師よ?


 あら? バレたらどうなるのかしら?

 ……どうもしねぇな。


 元カストロ公爵領の奴らは俺がチンケな詐欺師だったことは一度もないそうな。


 あなた方には何が見えてんの?

 ここに居るチンケな詐欺師は見えているのかしら?


「それでも随分あっさり見つかってたのね?

 あんたが隠れる時はもっとタチが悪かったように思えるけど?」


 そりゃそうだ。

 何度も言うがお前ら美人過ぎて目立つんだよ。


 ここまで目立つ存在を本気で隠したければ、組織の力でも使うしかねぇんだよ。


 そんなわけで密偵ちゃんにお願いだ!


 この事態をなんとかしておいてくれ。

 この2人は叩けばいくらでもホコリが出るはずだから!!


 俺がそう告げるが密偵ちゃんは全力で追いかけて来てくれたらしく、呼吸を必死に整えている。


 気にせず座り込んでもいいのよ?


「わ、分かりました。

 で……ですが、3日ほどお待ち、下さい。

 流石に、他の者が追い付いて、来て、ません……」


 ゼイゼイと荒い息を吐く密偵ちゃんを役得とばかりに抱きかかえて、その背をポンポンしてあげる。


「い、いけません!?

 私のような者にお館様が!?」


 密偵ちゃんの中で俺はどういう位置付けなんだ?


 もちろん聞きたくないわ。


 とんでもなく高いところに居そうだから。

 落ちたら一瞬でおしまいなぐらい高いところ。


 ……というか、だ。

「密偵ちゃん、俺の嫁の1人だけど?」


「そうよ〜、ミレーヌ。

 あんたこいつに遠慮してたらどこ行くか分かんないんだから、遠慮せずに追いかけとくのよ?」


「は、はい! エルフィーナ様!」

 密偵ちゃんの反応に、よし!とエルフ女は頷く。


 君ら、どういう関係なの?


「ん〜、あたしの場合、師匠と弟子?

 ついでに同じ嫁仲間?」


「こ、光栄であります!」

 密偵ちゃんは敬礼。

 やっぱりどういう関係よ?


「それとお館様。

 隣街の宿でイリス様がおられました。

 少し寂しそうでした」


 密偵ちゃんは俺の様子を伺うように少し上目遣い。


 あー、じゃあ、しゃあねぇな。

 問題が片付くまでイリスのところに行ってやるか。


「そうね〜」

「はい!」






 こうして、シュリングの街で痴漢が2匹、その罪により裁かれた。


 その時に2人の美女を連れたチンケな詐欺師風の男が目撃されたが、それが一体何者であったのか?

 街の住人が知ることはない。


 ただ少しだけ、こんな噂が流れた。


 世界最強と呼ばれた存在がいる。


 曰く、魔王すら指先一つで滅ぼす勇者

 曰く、万の敵すらも打ちのめした英雄

 曰く、女神に選ばれた聖人

 曰く、世界を統べる王の中の王

 曰く、最強にして無敗、世界の叡智の塔に刻まれるランクNo.1も超えた最強ランクNo.0


 その伝説は数多く、数え上げたらキリがなく、どれほどの偉業があるのか誰も真実を知らない。

 それが、世界最強ランクNo.0


 その世界最強ランクNo.0が人知れず嘆く女の涙を見かねて、悪を断罪したのだと。

 そんな根も葉も無いがみきだけある、そんな噂話。


 この日も世界の叡智の塔にNo.0の文字が刻まれることは、やっぱりない。

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