外伝8:シュトレーゼンの演劇と詐欺師、あとエルフ②

「バクレース先生、家賃をお持ちしました」


 今日もひと稼ぎして懐がホクホクな俺は金があるうちに、と事務所兼練習場に借りている建物のオーナーのところにやってきた。


 紙の散らかる部屋。

 その紙を丁寧に避けながら、その散らばる紙の中心。


 くたびれた羽織りにボサボサの金髪に、意味があるんだかないんだか分からない丸いメガネをかけた女性に金貨を1枚渡す。


「あ、アレスさん。

 へっへっへ、こりゃどうも。

 いやぁ、まさかあんなボロ屋を借りてくれるなんて頭が上がりませんね、へっへっへ」


 小物っぽい言い方をするバクレースだが、その見た目は実は、良い。


 パーミットちゃん風というのか、身なりを整えば化けるし、通常なら俺は言葉巧みに引っ掛け美味しく頂くことも考えなくはない。


 それでも常識的にみてこの俺の話術を持ってしても、コレほどの見た目の良い美女はそうそう得られるものではないので、物事は慎重に、である。


 -……ないはず。

 ……ないはずなんだけど。


 最近、簡単にこの手の美女が嫁に来ちゃってるから一度常識とはなんだったのか、改めて自分を見つめ返したいところである。


 なによりも常識は詐欺師に大切なものなのである。


 エルフ女もジーッと見ているが、特に俺の邪魔しようとはしない。

 なんだかエルフ女なりに基準があるようだ。


 だがそもそも、俺はこのバクレースを口説こうとしているわけではない。


 このバクレース、俺が劇団詐欺で使っている建物の大家である。

 ボロい建物であるが3階建てで、それを丸々使っている。


 これは人の心理である。


 こんな建物を丸々、劇団のために使えるのだから、それなりの地位にある人だろう。

 少なくとも、お金を持ち逃げしたりはしないだろうと。


 無論、ご存知のように俺は詐欺師であり、このシュトレーゼンの国の人間ですらない。

 ある程度、稼いだらスキップしながら雲隠れである。


 バクレースもボロ建物を親から引き継いだはいいが、どう使って良いか分からず。


 結局、バクレースが怪しげな不動産屋を名乗るオッサンに二束三文で売ろうとしていたところを俺が横から上手いこと掻っ攫ったのだ。


 バクレースも俺に貸し出せることになって家賃収入で生活出来て万々歳である。


「それより『先生』、次回作の執筆はまだですか?」

「ギクッ!?

 いえいえ、ちょっと今日はお通じの調子が悪くって……」


 ギクッ、と自分で口に出して言うあたり、すでに色々と手遅れだ。


「分かっておりますか?

 先生の脚本で大々的に我々劇団はシュトレーゼンの王都へうって出るのです!

 そのためには是非、先生には名作を生み出して頂いてこのわたくしに読ませるのです!

 さあ! さあ!!」


 バクレースは締切に追い詰められて監禁された作家のように涙目になる。

 そこに人権はない。


「うう……、分かってます、もう少し、もう少しですから……」

「分かっておりますか?

 貴女の脚本を売り出すために、出版の手配を進めております。

 貴女から預かったお金はすでにその根回しに使っております。

 今まで使ったお金を無駄にしたくなければ、さあ、キリキリと書くのです!」


 出版の準備という名目ですでに俺の懐に入ってるわけだが。


「うう……分かりました……。

 アレスさんの鬼……」

 涙目で机に向かいながら羽ペンを動かすバクレース。


「鬼で結構、わたくし望みのためならば、鬼でも詐欺師でもなりましょう!」


 そこで今まで黙っていたエルフ女が後ろでボソリ。

「元々詐欺師のくせに」


 だだだだだまらっしゃい!

 エルフ女さん!

 今、詐欺の真っ最中!

 バレるじゃありませんか!


 そう! これもまた詐欺である。


 俺は劇団を立ち上げ、そこでトレーニングコースにより月謝を払わせ、その月謝で建物を借り、さらにその大家であるバクレースからは脚本を売り出すためと唆し、その出版代として渡した金を回収する。


 ……あとついでに書いた脚本を読みたいのもある。


 書いた脚本は俺が売って、これまた俺に金が入ってくるという寸法だ。


 極め付けは払えなくなれば借金まみれとなって俺に身体で支払ってもらうのだ!

 ふははははは!!!!


 そこでエルフ女がまたポツリ。

「でもそれって王の嫁になるってことだから、ごっつい玉の輿こしよね?」


 へー、詐欺師に騙されたら、王の嫁になれるんだって。


 ……常識ってほんとドコ行ったんだろ?

 タンスの裏とか?

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