第44話コルラン崩し⑥
それからすぐにバグ博士も含め、俺以外の全員が王宮や協力者の元へ走り回った。
俺?
いつも通りソファーでごろ寝。
誰も文句を言わなかったから……。
今更か、今更だからか?
俺は数週間待っただけ。
コルランは本当に簡単に崩れた。
研究所にはバグ博士を除く主だった全員が
バグ博士は協力者との仕上げをするということで、王宮に入り最終調整をしているそうで。
「ハムウェイは結局、パーミットちゃんとの婚約事件(?)の時にバグ博士に騙されていたことには気付いたんだろ?」
ハムウェイはため息を一つ。
「まあね、結果的に王家と
ま! 謀略だなんて失礼しちゃうわ!
邪神事件の時、暴走したハムウェイに王家が巻き込まれたのも、王家がハムウェイの排除を考えたのはわたくしのせいではなくてよ?
むしろ、その結果、パーミットちゃんと無事に結婚出来るのだから感謝して欲しいぐらいだわ!
「分かってるよ。
だから今回、王家への叛逆であるにも関わらず君に協力しているんじゃないか。
流石に悩んだよ?
……それとよくバグ博士を転ばせられたね?
王家を追い出すことまでは彼も考えていなかったはずなのに」
その表情はさっぱりとしたものだった。
あのコルラン王都を襲ったハムウェイの嫉妬ゆえの暴走。
その契機になったパーミットの婚約話は、本来ハムウェイとの婚約話であった。
それがねじ曲がって2人に伝わったのは誰かが捻じ曲げたからである。
誰かってのは分かり切ったこと。
バグ博士だ。
当然、バグ博士にはバグ博士なりの事情がある。
その事情とは、コルラン現王はバグ博士の研究に対しては隙あらば潰すことを狙っていたこと。
バグ博士の研究所が認められたのは先王が決めたもので、その先王は何者かにより暗殺された。
コルラン現王はその先王の弟に当たる。
そしてコルラン現王は女神教の正統派の幹部だ。
この流れを見れば、先王の暗殺に正統派が関わりがあることは想像に難くない。
半ば狂気とも呼べる正統派女神教で、国の繁栄よりも自己の欲望と教義を優先した。
教義だけならともかく、自己の欲望はきっちり満たそうとするあたり、実に強欲な権力者の典型だ。
その王がバグ博士の研究に待ったをかけ始めた。
やがてバグ博士の研究そのものが幾多の物事同様、女神教の進化を止める教義の中で闇に消えることになっていただろう。
そんなわけでバグ博士は王家の求心力を少しでも減らしたかった。
その一手として、国への忠誠の厚い武の本丸で元世界ランクNo.1、『世界最強』のハムウェイと王家の関係にヒビを入れようとした。
そしてバグ博士はパーミットちゃんの父である伯爵から聞いた婚約話を、真実を捻じ曲げ2人に伝える。
ここでハムウェイが横から奪い取る形でもパーミットちゃんを掻っ攫えば良かったのだろう。
しかしハムウェイは貴族のくだらない矜持とやらで、それを泣く泣く受け入れようとして……抱え切れず暴走した。
バグ博士はそんなハムウェイの性質をよく分かっていたのだ。
最初からその心根を利用したのだ。
……さてここまで説明したい上で。
あの邪神事件により混乱していたあの時。
あのパンデミックと呼ばれる混乱をおかしいと思った人間がどれほど居ただろうか?
確かに世界各地で世界の叡智の塔の影響により、欲望を刺激され暴走する人が多数存在した。
だが絶望したからといって、ハムウェイがあのような『感染病のような奇妙な暴走』をするだろうか?
ま、したんだけど。
そもそも、そうなるように仕向けられたわけだ。
誰によって?
これまたバグ博士だ。
どうやってか?
俺が以前に作った惚れ薬を思い出してみよう。
言ってみればアレって、人の心を操る薬なわけよ。
その惚れ薬を元にして作った薬を飲ませ、トンッと絶望へ背中を押してやれば、あの欲望を増幅させる世界の叡智の塔の環境下なら容易く暴走したということだ。
副次的に人に感染する効果が発生したのは、薬と世界の叡智の塔との相乗効果。
……結果、あんな事態になってしまったのだ。
なんて恐ろしい!!
これには流石のバグ博士も焦ったようだ。
そもそも、あそこまで暴走することを意図していなかったとバグ博士本人からも後で聞いた。
ちょっと暴れてくれれば、そこから王家との不和を作っていくつもりだったらしい。
とにかく予想外に慌ててしまい王宮に隠れていたようだ。
だから、あの時全く姿を見せなかったのだ。
イタズラが思いのほか大きな騒ぎになって隠れたイタズラ坊主と同じ反応である。
元を正せばお前の『惚れ薬』のせいだろ、だって!?
そんなバカな!?
使った方が悪いに決まってる!
俺は何も悪くない!
剣を作った人が悪いんじゃない!
使った奴が悪いんだ!!
研究所にはその元となる薬が残っていた。
あの時それを使い、パーミットちゃんは解毒剤を完成させた。
皮肉にも師が作った薬を弟子であるパーミットちゃんによって正されたのだ。
助かったという思いと同時に、弟子に技術において越えられたという思いがバグ博士の中でグルグルと渦巻いた。
……そこで、だ。
あの時、引っ付いていた世界ランクNo.2だったカレンを撒くのは大変だったが、こっそりとバグ博士に接触した俺。
俺は隠れるのが得意だからな。
同じように見つけるのも得意ってわけだ。
バグ博士を見つけた俺は言ってやったんだ。
「パーミットちゃんの成果を含めた技術本を世界に広めると良い」
バグ博士は言ったよ。
「馬鹿にするな!
腐っても
立派なもんだ。
部下の手柄を平気で横取りして、自らを肥え太らす奴はゴマンといる。
ハムウェイと弟子のパーミットちゃんを罠に掛けることは出来ても、研究については譲れないモノがあるってことのようだ。
その偏りこそが『狂気のバグ博士』と呼ばれた所以だがな。
だから、俺は大笑いしてやったのさ。
実に快活に。
楽しそうに。
「あーはっはっは!! 何を言っている?
弟子の成果を奪う?
そんなことは不要だ。
何故って?
パーミットはアンタの弟子じゃないか!
いいか?
アンタが書くのは研究論文じゃない。
技術本だ。
アンタの『研究所』の成果を世に広めるんだ。
すると、それが世界の『基礎』になる。
その研究結果を世界の人々はこぞって検証する。
新しい技術も出るだろう、反対に研究結果を覆されることもあるだろう。
だがな?
その全ての基準はアンタの研究成果だ。
技術研究の歴史は2つに別れる。
アンタ『以前』かそれ『以後』か。
そうそう俺もアンタの研究所の助手だ。
意味は分かるよね?
魔獣の新素材論文、あれも『アンタの研究所』の成果だから」
ま、その本を出すためには、今のコルラン王は当然邪魔なのさ。
正統派女神教は本を広めることに反対だからな。
俺がその話をした時はまだ一領主に過ぎなかったが、今は大国の王だからな。
実現性は段違いさ。
だからだろうな。
帝国から戻った後に手紙が来て、コルラン崩しの準備は委細整ったから最後の仕上げをってさ。
バグ博士、ああ見えて貴族連中に影響力がかなり大きいからな。
コルラン崩しには適任だったのさ。
あれ……?
お前らどうしたの?
黙りこくって。
代表するようにパーミットちゃんが口を開く。
「……私、初めてアレスさんを怖いと思いました。
悪魔みたいですね……」
全員が頷く。
なんで!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます