第41話コルラン崩し③

 ぱっからぱっから、豪華な馬車に揺られ移動。


 窓の外を見ると穏やかな景色が流れる。

 こうしていると俺はなんだか、とんでもない詐欺に巻き込まれているような気持ちになる。


 スラムあがりの詐欺師を王様にされてS級美女のハーレムが出来て、皆に貢がれる詐欺……。


 どんな詐欺よ?


「アレス様が積極的に国崩しに動くのは、復讐ということなのですか?」


 俺が毎度の現実逃避をしていると、イリスは否定するでもなく素朴な疑問という風に尋ねる。


 復讐?

 それもないとは言わねぇけどよ。

 ただまあ……あの国の在り方が納得いかないとかではダメか?


「いいえ? 私はどのようなものであれ、あの日アレス様に救われた日から付き従いますので」


 あ〜、思えばあの日。

 この元王女の小娘を拾ってから、ほんとなんでこうなったかなぁ……。


「遅かれ早かれだと思いますよ?

 アレス様は元王女でナンバーズで帝国から追われる超危険爆弾の小娘さえも、見捨てることが出来ずにホイホイしてしまうのですから」


「うるせい」

 イリスはクスクスと笑う。

 可愛い笑い方をしてまあ……。


「コルラン王が正統女神教派の大幹部なのが関係してますか?」

 おっと何の前振りもなく、いきなり核心ついて来たな。


 ま、イリスは帝国で俺が教祖として動いていたのを知ってるもんな。

 あの時の聖女姿、良かったよ!

 もう一度頼んだらしてくれるかな!


 ……してくれそうな気がする。


 ゴンザレス、そんな自分の状況に王様になっても慣れない。


「まあな。

 あの国は大国の中では新しい。

 議会の制定、研究所の設立。

 一見、色々やっているようで実は真逆で、イレギュラーを認めない」


 俺はコルランのスラムの生まれだ。


 スラムというのはコルランに限ったことではないが、地獄という言葉に相応しい場所だ。


 隣に居た仲間は1時間後には路上で蹴り殺され。

 守りたいと思った少女は次の瞬間には貴族に連れ去られ、さらに次の日にはゴミ置き場で物言わぬむくろとなり。

 人を騙し人を堕とさなければ、次の瞬間に地面に転がり2度と起き上がることはない。


 死にたいと思ったことはない。

 そう思う直前には死んでしまう世界だから。


 そんな時に行き倒れの爺さんがボロッボロの本を持ってたんだ。


 なんの本って……まあ、1000年前の娯楽小説だよ。


 転生した勇者がハーレム築いたり、巨大な魔力で好き勝手やる、そんな恥ずかしくも馬鹿馬鹿しい話だ。


 いや、内容自体は本当にどうでも良かったんだ。


 ただ、それで『物語』ってものの存在を知った。

『世界』はこの地獄だけの世界じゃないんだな、と意味も理屈も関係なく、そんなことを思っちまった。


 ま、そっからだな。

 俺が本を求めるようになったのは。


 まあ、それはいいや。


 大国でありながら王都の中心以外は貧しくその差は広がりこそすれど、解消されたりはしない。


 議会で頭角を現した女性は潰され娼館行きにされた。

 小国を救おうと奮闘した内政官は自身の国ごとコルランに踏み潰された。


 いずれも理由は知ってるか?

 コルラン王がお気に召さなかった、だと。


 バグ博士とパーミットちゃんに無理矢理連れて行かれたパーティーで王と高位貴族がそう言って笑ってたよ。


 そうそう、イリスが迎えに来るほんの数日前の話だ。


 それに気を取られて、ハムウェイに見つかっちまったけどよ。

 んで、カストロ公爵ってことで、会議に参加させられて。


 ヘドが出るかと思った。

 いつのまにやら俺もそのお偉いお貴族様ってわけか!


 何もかも投げ出してぐちゃぐちゃにしてやろうかと思った……けどなぁ。


 カストロ公爵領でスラハリと酒を飲んだ時に、涙ながらに絡まれた。


『お館さまぁ〜、悔しくて悔しくて、ク〜!』と。

 酷い絡み酒だった。


 アイツとはもう絶対、一緒に酒飲まない。

 奢ってくれるなら行ってやらなくもないけど?


 同じような目に逢い故郷を追われて……やっとの思いでカストロ公爵領に辿り着いたお前らを。


 また同じような目に遭わすことだけは、チンケな詐欺師の俺にも出来なかった。


 らしくない!

 まったくもってらしくない!


 よくもまあ、そんなチンケな詐欺師の俺にくそ重たいもの持たせやがって。


 王都だけが華やかに見えるいびつな王国。

 だから、俺も王都以外にはあまり足を踏み入れていない。

 人が荒み、心が荒み、あまりに危険だからだ。

 本があればそれでも行ったけど。


 これはコルランに限った話ではない。

 1000年の間、多くの小国が滅びた。


 その多くは試行錯誤の末、新たな文化を根差ねざそうと試みたために女神教に目をつけられ滅ぼされたのだ。


 気付いているかどうかは知らんが、ウラハラ国も、だ。


 色々グダグダ言ったが一言で言えば、『気に食わなかった』ってこった。

 あの国が、というよりあの国の王族が。


 理由がクズいかい?

 大丈夫、王様なんてよっぽどの名君以外はクズいから。


 ……最近なんて、詐欺を仕掛けても正当化されちゃうの。

 世の中、間違ってるわ。


「本当に貴方様はいつまで経っても、そうやって偽悪的でらっしゃる」

 イリスは俺の話を聞いて、嬉しそうにクスクス笑う。


 うるせい。


 それから暫し、馬車の窓の景色を眺めながら無言でワインを口に含む。


 イリスはいつの間にか、そして『何故か』俺の左腕にしなだれかかっている。


 憧れのシチュエーションでございますが、わたくしケツの穴が凄くムズムズ致しますわよ?


 わたくし、生まれも育ちも生粋の小市民……あ、スラム出だから小市民ですらもないわ。


 ハハハ(゚∀゚)


 なんでこうなったんだっけ?


 しなだれかかるイリスが満更でもない顔をしているのがまた落ち着かない。


 貴女、高貴な元王女。

 わたくしチンケな元詐欺師。


 不思議〜。


 今更だけど。


 この状況を見たら、エルフ女やソーニャちゃん辺りは必ずツッコミを入れてくれる。


 それ以外は多分、一緒に引っ付こうとしてくる。

 ツッコミは! ツッコミが足りぬ!!


 ちなみに馬車の中は2人だけ。

 俺のジジイとババアは別の馬車だ。


 正直、自分の産みの親だがよく分からない2人だ。

 まあ、2人ともクズなのは確かだ。


「……ふと考えていたのですが」

「なんだ?」


「もしや、あの日、帝国に追われて逃げ惑う私をアレス様……助けに来てくれたのですか?」


 唐突ね?

 なんで今更!?


「……ナンノコトダ」

 誤解だぞ?


 偶然、引っ掛けやすそうな小娘見つけて、詐欺に掛けたら大事になっただけだ。


 イリスはジッと俺を見て……突如、流れ星が落ちたかのように、なにかに気付いてしまったらしく目を丸くする。


「え……あれ? ほんと、に……?」

 なんにも言っていないのに1人で確信に至っていくイリス。

 内心、滝のような汗を流す俺!

「ゴカイダ」


 イリスは俺の否定を無視して呟く。


「そうよ、前提が間違ってた。

 そもそもあの場所にアレス様が現れること自体……。


 帝国に追われる小娘の動きをアレス様が読めないわけないし、関わりたくなければ近寄らなければいいだけ。


 私が持ってた宝石を奪ったとしても割りに合うわけがない。

 だって、そんなことしたら帝国に睨まれるから。

 それでもアレス様はあの時、手を差し伸べに来て、くれた……?」


 イリスの目から涙が溢れる。

 俺は気まずくなって目を逸らす。


 イリスは泣き笑いの表情で俺を見る。


「詐欺でもなんでもなくあの日。

 あの場所に……本当に助けに来てくれたんだぁ……」


 丁度、目的地に到着したらしい馬車が停止。


 イノォォオオオオ!!!!

 グゥゥウウットタイミィィイイング!!


 限界まで恥ずかしくなり馬車から飛び降りた。

 だが俺の目の前に元カストロ公爵領の面々がズラッと居並ぶ。

 今までで最高の人数!!!!


 貴様ら、どこから湧いて出て来たァァアアアアアアアア!!!!!!


「アレス陛下! 我らが王!!」

 全員が唱和する。

 正面の領主代行のスラハリが男泣きしている。


 逃げ場がねぇぇええええええ!!!!


「アレス様ぁぁあああああ!!!」

 背後からイリスに押し倒される俺。


 男泣きするスラハリ。

 歓喜に叫ぶ一同。


 ちくしょぉぉおおおおおおお!!!

 今更、バレたぁぁああああああ!!!


 ……っていうか、バレるにしても何か前置きあるだろ、普通!

 突然過ぎるわァァァアアアア!!!!

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