第42話コルラン崩し④

 元カストロ公爵領に入るとすぐに、俺たちは屋敷に入った……フリをして。

 そのままナユタの父である棟梁の案内でコルランにまで移動を開始する。


 移動の間、棟梁は多くは語らなかったが。


 一言だけ。


「ナユタをお願い致します。」

 棟梁は里があった方角を見ながらそう言った。

 俺も遠い目で里があった方角を眺めておいた。


 ただの詐欺だったのに、どうしてこうなった?


 コルランに入り、真っ直ぐ俺たちはバグ博士の研究所へ。


「準備は滞りなく」


 コルランに先に潜入していたルカちゃんと、密偵ちゃんことミレーヌが俺の前で膝をつく。


 その後ろで相変わらず地味な格好に偽装したハーミットちゃんが目を丸くしている。


「あの〜、アレスさん。その娘たち。

 誰なんでしょうか?

 あ、イリスさんお久しぶりです。

 アレスさん、王様になったって聞きましたけどなんでここに居るんですか?」


 なんでってコルランに来たら、まずここでしょ?

 というかむしろ、パーミットちゃんこそなんでまだここに居るの?


 ハムウェイと結婚したんじゃなかったの?


「え? 結婚しても研究を続けていいというのが結婚の条件でしたから」


「言ってたね?

 あれって、ハムウェイが相手でも同じ条件だったのね?

 まあいいや、ならせっかくだからパーミットちゃんにも協力してもらおうかな」


「協力って何をです?」


 まあ、色々。

 この国でパーミットちゃんは女性ながら研究者として頑張ってるよね?

 正直、周りからの目は厳しいでしょって話。


「それは……そうですね。

 実際、私以外の女の研究者ってこの国には1人も居ないですし」


「変えるよ」


「変えるって何をですか?」

「国を」


 俺はパーミットちゃんを真っ直ぐ見た。

 眼鏡の奥の瞳は深い黒、そこに意思はあるかな?


「……と言っても旦那はすでに巻き込んでるけどね!」


 もう手遅れさ!


「え!? ハムウェイさん巻き込んじゃったんですか!?」

「まあね、というか彼はもう逃げれないし、パーミットちゃんのためでもあるからね」


「私の?」

 パーミットちゃんは可愛く首を傾げる。


 可愛ぇえのぉ、ちょっかい出したら始末されるから手を出さないわよ?


「この国で今の王の下でパーミットちゃんはそのまま研究者を続けられると本当にそう思う?」

「……それは」


 女性の権利はあってないようなもの。

 パーミットちゃんは例外中の例外。


 いくらパーミットちゃん自身が天才でも、その才が認められる環境にコルランはない。


 彼女が研究を続けられたのは、自身の親である伯爵の影響力となによりバグ博士の研究所の一員だったのが大きい。


 良くて現状維持。


 画期的な発見でもしようものなら、即座にその手柄を奪われ、ついでに研究者の地位も奪われるだろう。


 研究者でいたいなら目立たず、かつ適度に貢献し続けるしかない。

 実に微妙〜。


「現状維持は研究者として正しい道かな?」

 もうとっくに巻き込んでいるけどね。


 そのタイミングでローラが呆れ顔で研究所に入ってきて、手をぱんぱんと叩きながらその会話をぶった斬る。


「はいはい、いじめないの」

「ローラさん……。

 え!? ローラさんも関係者なんですか?」


 おや? すでにお知り合い?


「そうよ。

 パーミットさん。

 レックファルト伯爵助けたくない?」


 そこで俺は素朴な疑問を口にする。

「レックファルト伯爵って誰だっけ?」


「ハムウェイさんのことですよ」

 イリスがこそっと教えてくれる。

 ああ、奴か。


「アレスさんの中でハムウェイさん、どういう位置付けなんですか?」

 パーミットちゃんが首を傾げる。


 奴か?

 無論、にっくきイケメンだ。


「ハムウェイさんより、アレス様の方がおモテになられてますよ?」

 イリスがツッコミを入れてきた。


 ……そうなのよ。

 なんでか分からずゴンザレス怖いの。


「絶対、詐欺に引っ掛かってる。

 いずれケツ毛まで抜かれそう」


 俺の呟きに今度はローラが突っ込む。


「貴方、元詐欺師でしょ?

 なんで詐欺に引っ掛かってると思うのよ」


 さ、詐欺師だって詐欺に引っ掛かるんだぞ!


 美味い話がないと分かっていながら、美味い話を求めるから詐欺なんてしてるんだ!


 あ、そうそう、それでパーミットちゃん。


 今、誘っておきながらなんだけど、もう君もどっぷり足を浸かってるから逃げらんないよ?

 大人しく楽しい研究者ライフのために一緒に立ちあがろうよ。


「な、なんで!?」

 パーミットちゃんが丸メガネの奥で驚愕の表情。


「……なんでって、気付いてないの?」


「お館様。

 パーミット様はバグ博士とはお会いになっていないご様子です。

 ご事情はお知りではないかと」


 密偵ちゃんが丁寧に報告してくれる。


 成る程。


 まあ、会っててもバグ博士のことだから研究のことしか話をしなさそうだしなぁ。


 それに前の騒動のネタバラシをして、バグ博士との今後の関係が悪化しても面倒だ。


 よし! 誤魔化そう!


「ナ、ナンデモナイヨ!?」

「嘘だぁぁあああああ!!!

 何か隠してるー!!」


 な、なぜバレた!!!


 俺の襟首を持ってパーミットちゃんはガクガクと俺を揺らす。


 やめてやめて!?

 ゴンザレスのゴンザレスが出ちゃうわ!


 そこでイリスがフォローに入ってくれる。


「パーミットさん。

 バグ博士とハムウェイさんは協力者です。

 そうなるとお2人と直接的な関係にある貴女も無関係ではありません。

 ましてやコルラン王は、女神の教えに反するとして、貴女だけに限らず研究や真実の探究者を嫌っております。


 今でこそバグ博士の庇護の下、研究をしていられておりますが、バグ博士が排除されるようなことになればなし崩し的に貴女は研究者の立場を追われるでしょう。


 同時にハムウェイさんは世界最強No.0であり、エストリア王でもあるアレス様と懇意。


 しかもアレス様は女神教ブックマーク派の教祖様です。

 正統女神教派のコルラン王とは不倶戴天ふぐたいてんの敵と言って良いでしょう


 故にコルラン王からはハムウェイさんもその仲間として、目の仇にされております」


「そうなの?」

 パーミットちゃんは俺の首根っこを押さえガクガク揺らしながら、イリスの説明にキョトンとする。


 揺らすのやめてぇー。


「はい。

 アレス様との関係がハムウェイさんの立場に影響を及ぼしてはおります。


 ですがそれ以前にもハムウェイさんが暴走したことが原因で、コルラン王からの印象はかなり悪化したとも聞いております。


 遅かれ早かれ、と言った感じだったでしょう」


「……そうなんですね」

 パーミットちゃんが俺へのガクガクを止める。

 まあ、おおむねその通り。


 ま、その暴走した原因にバグ博士が『関わってた』ことは秘密だけどな。


 すっかり他の人が積極的に詐欺に加担してくれるようになりました。

 フォフォフォ。


 あとイリス、しれっと俺が世界最強No.0だと言ってるが、それだけは撤回しろ。

 俺は世界最強No.0なんかじゃない!


 それを言うと、イリスは可愛らしく頬を膨らませた。


 か、可愛らしくしても、騙されないんだから!

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