第23話ゴンザレスとソーニャ①

「どうした! 言い訳は出来まい。

 これこそが貴様と婚約破棄をする理由よ!

 貴き皇室の血に何処の誰とも知れぬ者の血が混ざるような危機があってはならんからな!」


 ごめん、皇太子殿下。

 もうあんたの妹は、その何処の誰とも知れぬ者の嫁なんだ……。


 ソーニャちゃんがキスしてた相手がNo.0でエストリア王だと密偵や帝国軍の人から報告が言ってるだろうけど、何処の誰とも知れない相手にしておいた方が皇太子側にとって都合がいいからそう言っているんだろうね。


 本人が皇帝陛下の目の前に居るって気付いてないよね?

 皇帝陛下も俺が来てること知らなかったぐらいだし。


 肝心のソーニャちゃんはじっとうつむいて何も言わない。


「今回の件、皇帝陛下は知っていた?」

 皇帝は陛下は何かを悟ったように寂しげに笑う。


「知る訳がなかろう。

 近い内に皇太子であるバルトに帝位を譲る手筈となっており、ワシは少しずつ政治の中枢から徐々に離れるようにしていた。

 タイロン公もな。

 故に此度の愚行、止めることが叶わなんだ」


 愚行?

 そこまではっきり言い切る?


「ソーニャちゃんがどう思っていたにせよ。

 俺に唇を奪われちゃったのは事実だから、貴族的には婚約が解消されるのは仕方ないんじゃないの?」


 皇帝陛下は呆れ顔でぶつぶつと俺に。


「解消と破棄は全く意味合いが異なる。

 しかもそれ、やっぱり事実なんだな……。

 やっぱりクズじゃないか。

 メリッサちゃんもカレンも何でこんな男を……」


 ほんと何ででございましょう?


 そう俺が内心で皇帝に賛同していると、そこでイリスはフッと笑う。


「メリッサ姉様もカレン姫もソーニャも。

 強者にございます。

 騎士物語に憧れはしても、誰かに救われるなどありはしません。

 しかしそれゆえに、その強者が絶望する状況の中、笑って救ってしまえるお方を慕わない理由などありますでしょうか」


 そして、私も。

 そう付け加えて、イリスは柔らかい微笑みで俺を見つめる。


 ……丸くなったね、イリス。

 あの日俺を刺し殺そうとしたお前は何処に消えた!!!

 あ、いえ、消えて頂いて良いのですが。


 超美女で優しい今のイリスが俺は好きよ?

 だから刺さないでね?


 あと俺、ただの1度も笑いながら君たちを助けたことないよ?

 心の中で笑いながら詐欺したことは沢山あるけど。


 皇帝はイリスの言葉に寂しそうに笑う。


「そうであったな。

 帝国も滅びの危機にあったのを1度、いや、商業連合国の件を含めれば、2度も救われていたな。

 あの時、生き長らえたのが誰のおかげだったか、あそこに居る者共には分かっておらんかった。

 それはワシら年長者の罪だな」


「はぁ、そうでございますか」

 とりあえず俺はそうとしか言えなかった。


 そりゃまあ、今となってはやっちまったことは否定しないよ?

 否定しないけどさぁ、やろうと思ってやったことじゃあないのよ?


「なんとなくお主という人物が分かってきた気がするぞ?

 例えばするしないに限らず、今すぐこの場に居る者たちを皆殺しに出来るであろう?」


 突然、なんて質問をするんだ!


 俺は『いつも通り』即座に首を横に振ろうとした。

 隣にいるイリスと目が合った。

 イリスはニコッと笑う。


 あ、出来るわ。


「とりあえずイリスは見なかったことにしてくれ」

 皇帝陛下は苦笑い。


「情報撹乱によって内部崩壊も可能であろう?」

 俺は『またまた』即座に首を振ろうとして、またイリスと目が合った。


 ……出来るね。


 詐欺師だもの、口で翻弄するのも得意なのよ。


「帝国の財政状況を把握して経済を崩壊させることも可能であろう?」

 皇帝陛下が追い討ち!


 実際、商業連合国に対して同じことをしたし、カストロ公爵領も似たようなことして金を稼いだ。


 だが俺もそう簡単に認めるわけにはいかない!

 俺は皇帝陛下から目を逸らし言った。

「……イイイ、ノゥ」


 皇妃すらも含めた生温かい笑みがツライ。

 皇帝陛下はいっそ温もりを感じる目で頷く。

「そういうことだ」


 どどどど、どういうことでござんしょう?


 ぽんっとイリスが俺の肩に手を置き、慈愛の笑みを浮かべて首を横に振る。

「アレス様、無駄です。

 だって、出来ちゃうんですから」


 認めねぇぇええええええええ!!!!


 何それ怖い!!

 なんでチンケな元詐欺師が大国の……帝国の命運を握れるというの!?

 誰か嘘だと言ってくれよぉぉおおお!!


 無理だから!

 普通じゃなくても無理だから!!!


 俺が一生懸命首を横に振ると、全てを察したイリスは満面の笑みで繰り返す。


「仕方ないじゃないですか。

 出来ちゃうんですから、アレス様は」


 嘘だぁぁああああああああ!!!!

 俺は何かの勘違いで大国の王にさせられたけど、俺自身は何も変わっちゃいない。


 俺がまだ首を横に振っているのを見て、イリスは少しだけ考え、では……と再度口を開く。


「世界が滅びてもあり得ない仮定ですが、私が敵に回ったらどう対処致します?」

「どうって……、一個人の反乱なら前にイリスが帝国にやられたように、居場所を失くさせてちょっとずつ弱まるのを待てばいいだけだろ?

 人は食べて休まないと死ぬんだから」


「そうですね。

 今度は『偶然』、世界最強のお方が助けに来ることもありませんでしょうから」


 何が言いたいのかしら?


 イリスはジッと俺を見て、言った。

「出来ますよね?」


 そりゃあ、今は大国の王なんだから、人を動員して罠をかけていけばなんとでも……。


「近付かれて居たらどうしますか?」

「どうするって……近付かれたら、まあ切り札ぐらいは……」


 どうしろって言うんだよ?

 事前に準備出来てたらそもそも接近させないところだが。


いざそうなったら、タバスコ投げつけたり、クシャミが止まらなくなる薬投げつけたり、『惚れ薬』投げ付けるとか、あとは例の油を顔にかけたり、毒は効かないだろうし、後は……。


いくつかの手段が頭に浮かぶが、流石の俺もイリスが裏切る可能性は浮かばない。

それだけこの小娘は何故か俺を慕っているのが分かってしまった。


 俺のそんな内心が分かってか、ふふふ、とイリスは嬉しそうに笑う。


 なんだろう……俺は今次第に追い詰められている気がする!

 一体何を!

 何を追い詰められているというんだ!?


 皇帝陛下が大きな大きなため息を吐く。


「つまり接近されたとしても、世界ランクナンバーズのNo.1『ですら』なんとか出来ると言ったも同然ではないか、この化け物め」


 し、しまったぁぁあああ!!

 ち、違う! 言葉のアヤだ。

 そんなこと無理だから!!!


 イ、イリス!! 謀ったなぁぁああああああ!!!


 あまりの驚愕に目が点になる俺。

 それをイリスはとても嬉しそうに、そう心から嬉しそうに言った。

「だってアレス様は世界最強No.0ですから」

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