第22話ゴンザレス、教祖として③

 俺は一生懸命首を横に振るが、皇帝はただ寂しそうに笑う。


 お願い、皇帝陛下!

 俺を見て!!

 一生懸命、首を横に振ってるでしょ!?


「お主はいつもそうだな。とぼけたフリをして、その裏では凡人の考えの及びもつかぬことをしでかしている。

 正しくお主は世界ランクナンバーズすらも超えた化け物だな」


 俺はさらに一生懸命、首を横に振る。


 返事がない!

 ただの皇帝陛下のようだ!


 何故だぁぁああああ!!!

 詐欺ですらないのに、何故、勝手に誤解する!?


 諦めないでぇぇえええ!?

 帝国はまだ終わってはいないのよ!

 お願い気付いてぇぇえええ!!!!


 落ち込む皇帝陛下、オロオロする可愛い中年美女皇妃、その2人を前に全力で首を横に振る俺!

 ついでにその横で当然のように頷くイリス!!


 事態がいつも通りのカオスを迎えたその時!


「貴様とは今この時をもって、婚約破棄とする!!」

 会場内にそんな声が響き、緊張が走る。


 俺は事態の分からぬその混乱に……ほくそ笑んだ。

 ラッキー!

 このまま有耶無耶うやむやにして逃げてしまおう。


 そう思い騒ぎの中心に目をやると……あれ? ソーニャちゃん?


 ソーニャちゃんは青い顔をして1人で立ちつくし、対するは5人。

 皇太子殿下と有力貴族と、俺と同じ穴のムジナ……つまりチンケな詐欺師系、の匂いのするそこそこ可愛らしいピンク色の髪の女。


 何、その髪。ド派手ね?

 最新のファッション?


 周りの貴族どもはそんなソーニャちゃんを見て、隣の人とクスクス笑ってる。


 ナニコレ。


 皇帝を振り返ると、今度は皇帝の方が蒼白な顔で首をブンブンと横に振っている。


「ソーニャ・タイロン!

 貴様は我が婚約者であることをよいことに、こちらのペリーネ嬢を害そうとした。

 そのことは如何に貴様が公爵令嬢であろうと許されることではないぞ!」


 お付きの貴族も口々にそうだそうだと同調する。


 ゴンザレス、こういうの知ってる。

 悪役令嬢物語って言うんだ。

 1000年前の本の中にあったわ。

 まさに、歴史は繰り返すね!!


 ……うそん。


 ええー? 何言ってんの、コイツら。

 ソーニャちゃんが性格的に無意味に人を害する訳がないし、ソーニャちゃんが本気ならその女が生き残っている訳ないじゃないか。

 なのに周りの貴族はそれに迎合げいごうするかの如く。


 ……成る程、ソーニャちゃんはめられたという訳ね。


 ソーニャファンクラブのメンバーの大多数は庶民で形成されている。

 それはソーニャ・タイロンが公爵令嬢でありながら、下々の者への配慮と気さくさを持ち合わせているからだ。


 反対に貴族社会にあってその人気は異質なものだ。


 ただでさえ世界ランクナンバーズという異質な立場だというのに、そんな貴族らしからぬ態度だから余計に。


 社交界という世界、つまり庶民から見れば逆に異質な世界にある貴族社会で、その存在は悪目立ちをしていた。


 今までは彼女と同類の異質な存在、カレンとメリッサが居た。

 だがその2人が社交界から突然、身を引いた。


 と、突然、どうしてかしらね?

 とある王が原因かしら?


 この時、貴族の社交界で1人残された異質なソーニャ・タイロンのために、誰なりとお膳立てが出来ていれば良かったのだろう。


 しかしメリッサもカレンも身重であり、かつ、旦那である大国の王に対しての配慮があるため、表立って帝国貴族の社交界におどり出る訳にもいかない。


 何故なら2人が正式に他国の王に嫁ぐことは決まったにも関わらず、肝心の嫁ぎ先の王は未だ帝国貴族の社交界に一度として顔を出していないのだから。


 あ、ここにいる教祖ゴンザーレスは別ね、別。

 王としては来てないから。


 当然、他国の王に帝国貴族の社交界に出る義理はない。


 外交やら友好やら何やらのために、社交界で他国の貴族に挨拶することもあるだろうが、それとて必須ではない。


 敵対国では決してないが、皇女が嫁入りはしても帝国とエストリアは友好同盟を結んだという訳でもないのだから。


 どちらにせよ、この騒動も所詮は帝国内の内輪揉めに過ぎない。

 愚かな行動であるのは間違いないが。


 帝国貴族の仲間内で1人の人身御供により全体が纏まるなら、それもアリといったところかもしれないが。

 

 事態を眺める俺に皇帝陛下が口を開く。

「ワシを殺すか?」

 横に居る皇帝陛下は覚悟を決めた目で俺を見る。

 以前の脅しの話だ。

『これ以上戦乱を望むというなら』と俺が言った話。


 この事態はともすれば、帝国とエストリアで戦争が始まる可能性も示唆している。


 皇太子がこのような強硬策にでた背景には、近い内に皇帝は退きその皇太子が帝国を引き継ぐ予定であり、貴族内の統制を取るためということだ。


 同時に、近い内に融和派のタイロン公爵が帝国権力中枢から退くことになる。

 皇太子の支持母体はその反対に元強硬派が主体。


 よって今回のことは皇帝というより、次期皇帝たる皇太子と帝国上層部が覇権国家の地位を諦めていない、とも言える。


 反乱により弱体化したかに見えるエストリア王国、魔王被害が甚大なゲシュタルト連邦王国、それら2つが合わさった新エストリア王国。


 『英雄王』アレスであろうと混乱している国をまとめるのは困難であり、狙うならば今、という思いがあるのだろう。


 それよりも何よりも、皇太子はその『英雄王』とやらを随分意識している話も聞く。


 皇帝陛下が自分を殺すかと問う背景には、そんな理由があった。


 同時にイリスが静かに俺にささやく。

「ご命令頂ければ」

 始末致します、と?


 ……出来るだろうね。


 皇帝の抹殺を示唆されて、皇妃が激しく動揺している。

 それと皇妃は俺の隣に居る人物に気付いたようだ。

 世界ランクNo.1。

 伝説云々は抜きにした世界最強だ。


 俺はおおよそ教祖らしくない態度で、呆れたように頭をぼりぼり掻く。

「そんなことする訳ねぇだろ」


 そんなことをすれば、無関係の者すら巻き込んでこの会場は阿鼻叫喚、さらにソーニャちゃんは健気に皇帝陛下を守ろうとイリスと対峙するだろう。

 勝てないと知りながら。


 ……ったく、ただのチンケな詐欺師だったはずが、いつもの間にか何をどうなったら国を左右出来る立場になるっていうんだ。


 いっそ詐欺にでも掛けて、国を崩す方がマシだったのではないかと思うし、以前なら『気付かないまま』そうしていたかもしれない。


 俺と皇帝陛下の短い会話の間にも、事態は思わぬ方向に進んでいく。


「だが、最も決定的なのは!」

 皇太子殿下はさらに自信満々に告げる。


「貴様が何処の馬の骨とも知れぬ、世界最強No.0という輩と不貞関係にあるということだ!!!」


 え?

 それには皇太子一派と迎合せず、事態を見守っていただけの周りの貴族にも動揺が拡がる。


「な、何を……」

 ソーニャちゃんは更に蒼白な顔をして言葉を紡ごうと。


 それを遮るように皇太子殿下はニヤリと笑う。

「証拠か?

 旧エストリア王国攻略の折、手の者を忍ばせていたのだ。

 ふん! 異国の地ゆえか気が緩んだのか、元々そんなやからであったのか。

 エストリア王宮で貴様がそのNo.0とやらと口付けを交わす瞬間をな!!」


 やっちまったぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!


 ばっちりはっきり見られてしまってた!

 そりゃそうだ!

 王宮のど真ん中で隙ありとばかりにキスしたから!


 だってソーニャちゃん、避けると思ったから。

 あの娘の瞬発力なら余裕で避けられたから!!


 ジト目のイリスと、驚愕の表情の皇帝陛下。

 その視線の先の俺を見て、不思議そうな顔をする皇妃。


 ……この騒動の原因は、俺でした。


 そして皇帝陛下が目を見開き、ワナワナと震えながら言った。

「こ、これがお主の今回の狙いだったのか……!?」


 ……いえ、絶対違います。

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