第25話ゴンザレスとソーニャ③

 羨ましかった。


 決して誰に言うこともないけれど、私も守られたかった。

 そう遠くない日に自分が殺されてしまうことが怖くて、誰でもいいから本当は助けて貰いたかった。


 だけど、最後のソーニャ・タイロンというプライドだけでそれを飲み込んだ。


 ついにNo.2カレン様の番が来た。


 彼女は最後の最後まで気丈だった。

 罠を仕掛け森に入る日、カレン様は私にだけ言った。


『ゴメンね。後はお願いね』

 そう言って、笑った。


 私はその時だけは誰かの前で泣いた。

 私たちはまだ小娘でしかなかった。


 その時、予感というより実感した。

 カレン様『も』死ぬのだ、と。


 それでもカレン様は少しでも多くの魔獣を道連れにするのだ。

 帝国のため、生まれたこの国の皇族として。


 そして、それが疑いようのない未来だと分かるほど、魔獣の数は絶望的だった。


 メリッサにその心情を吐露とろしたのは弱音のつもりはなかった。

 私もカレン様同様、後を彼女に任す、その意味でそう言ったつもりだった。


 ……でも、メリッサにはそう伝わらなかったようだ。

 メリッサはカレン様を誰よりも慕っていたから、その死が確実になることに耐えられなかったのだ。


 結果的に、私たちは助かった。


 1人の詐欺師と『自称』するあの男の手によって。


 それからあの男には暫く会わなかった。

 でも次から次へととんでもない噂が聞こえてくる。


 再会したのは魔王討伐での船の上。

 その時にはイリスとメリッサがあの男をしっかりガードしていた。


 どういうことよ?


 そこからまたあの男は船の上での魔獣との戦いの最中、海に落ちてしまい生死不明となった。


 それなのに何がどうしてそうなったのか。


 あの男は生きていて、あろうことか世界最強メンバーと呼ばれた私たちをゲフタルの地でボコボコにした。


 少ない足場から崖を登ろうと足を掛けたら破壊され、大量の水が襲って来て、溺れそうになりながら必死に小高い山に登ったら、狙ったように火をつけられ、当時のNo.1のハムウェイ・レックファルト伯爵と共に崖を僅かな足場で登ろうとして上を見たら、ハムウェイ・レックファルト伯爵ごと巨大な魔獣が落ちて来たので、慌てて途中から傍観していた他の全員のところに逃げ戻った。


 そしたら、後方から土煙を上げて魔獣が突っ込んで来た。


 もう何が何かさっぱり分からなかった。

 後から、あの男の仕業と聞いて一気に力が抜けたのを覚えている。

 やっぱり世界最強No.0なのね、と。


 あの男は私たちに合流することはなく、私たちは私たちでの活躍でゲシュタルトの王都から魔物の脅威を取り除かれた段階で魔王城への突入を開始した。


 魔王城の戦いは熾烈を極め、私たちはぼろぼろだった。

 初めての犠牲者も出た。


 帝国でグレーターデーモンの恐怖に怯えてた時とは違い、無力感こそなかったけれど、このドリームチームと呼ばれたこのメンバーの何人が生き残れるのだろう、そう思った。


 実力的に私は無理だろうなぁ……、そう思ってしまったのを覚えている。

 きっと他のメンバーも似たり寄ったりのことを考えていたと思う。

 そんな表情をしていた。


 そこに巨大なカバの魔獣とあの男と、死んだと思っていたチェイミーが生きて、突然、現れた。


 たったそれだけで、景色が変わった。

 なんでそうなるか分からないほど、暗かった皆の表情が単純明快に明るくなったのだ。


 絶望が希望に、死が生に、闇が光に。


 私は公爵令嬢であり皇族に連なる者だ。

 だから沢山の皇族や王族を見たが、こんな人物はただ1人も見たことがなかった。

 皇帝陛下ですらこれほどではない。


 本人はどこからどう見てもチンケな詐欺師にしか見えない雰囲気なのに、与える影響は『英雄』のそれである。


 幼い頃に憧れた騎士物語の英雄をそこに見てしまった。


 ……私は幼い頃から自分が姫になることより、まず英雄の騎士になることを目指していたというのに。


 生まれて初めて、英雄の姫になりたいと。


 本当のことを言うと、メリッサ風に言うホイホイされたのは、この時から。


 それからは出来るだけ近寄らず、出来るだけ話しかけず。

 上手く誤魔化せたと思う。


 私は皇太子妃になることが決まっている。

 公爵令嬢にありながら、一般の令嬢よりも自由にさせてもらったと思っている。

 だからこそ、皇族の義務から逃げる訳にはいかなかった。


 私は私である心を……奥底に閉じ込めた。


 カレン様が任務でコルランに行って、そこであの男と結ばれた時、心底羨ましかった。

 でも、その思いも……奥底へ。


 それでも、あの男は……あのクズ男は!

 私のそんな気も知らずエストリア王宮で私の唇を奪った。


 ……もちろん、避けようと思ったら余裕で避けられた。

 避けなかったのは自分だ。


 私は流れる涙を拭いもせず帝国に帰った。


 あれから暫くして……あの男はまた帝国にふらっとやって来た。

 正式に訪問しなさいよ!

 びっくりするじゃない!!


 カレン様の様子を見に来たのだろう。

 誰に言われた訳でもなく私はあの男の側について回った。

 監視だなんて言い訳をしながら。


 ただ側に居たかっただけ。


 だから、目の前で騒ぎ立てるバルト皇太子殿下に対して私が何か言うことはない。


 あ〜、あ〜、私も完全にあのクズ男に落とされちゃったな。

 そう内心で諦めながら。


 でも、一歩距離を置いていたから分かる。


 あのクズ男はあんなに自分からアプローチしながら。

 あんなに女たちの危機を救っておきながら。

 あんなに皆を……私たちを笑顔にしておきながら。


 本気で気付いていないのだ。


 皆でお茶を飲んだあの時。

 どんな状況だろうと、カレン様もあの男に毒を飲ませるわけがないのだ。

 むしろ喜んで自ら毒味を買って出る。


 恐らくあの男は私たちに本気で惚れられていると、いまだに理解していないのだ。


「……ほんとクズ」

 私までホイホイしやがって。







 ソーニャちゃんたちの元へ近付く皇帝陛下と皇妃、法衣を着た女神教の司祭(風)の男と絶世の美女。

 司祭(風)の男、つまり俺以外超有名人。


 先程まで騒いでいた皇太子一派も当然、静まり返る。

「なんの騒ぎだ」

 皇帝陛下が声を掛ける。


 事情も状況もよく分かっているだろうに。

 まどろっこしいねぇ〜、貴族社会というものは。


 俺は真っ直ぐソーニャちゃんの隣に立ち、肩を引き寄せる。


「あっ……」

 その時になって、ようやくソーニャちゃんは俺に気付いたようだ。

 ちょっと弱っていたようで、熱に浮かされたような潤んだ目で俺を見た。


 可愛ぇえのお〜。


 油断大敵、詐欺師はいつでも隙を狙ってるよ?


 そこで肩を抱かれながらソーニャちゃんはキッと俺を睨み一言。


「……このクズ」


 なんでぇ!?

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