第54話【魔王編】ゴンザレス、コルランに入るの裏話⑨

 俺が先に部屋に飛び込み、遅れてベルノ男爵が部屋に入る。

「こ、これは!」


 俺は慌てたようにヘタレクズ子息に声を掛ける。

「惚れ薬のビンを! 早く!!」

 ヘタレクズ子息は空になったビンを手に持ちオロオロ。


 俺はそのビンをひったくり中身を確認。

「くっ! 最悪だ!」

 そう言って、懐から小瓶を出してパーミットちゃんに飲ます。


 パーミットちゃんはあまりの辛さに水を求めるように手を伸ばし、俺の渡した小瓶を飲み干すと……ゆっくり意識を失った。


「……これで、なんとか」

 ふー、と一息。


 そしてヘタレクズ子息に詰め寄り、怒りをにじませ睨み付ける。

「なんて……なんてことをしてくれたんだ!」


 ひ、ひーっと分かりやすくヘタレクズ子息は怯えて、腰を抜かす。

「ベルノ男爵。

 このままでは私も貴殿も終わりですよ?」

「な、なぜ、だ?」


 状況が分かっていないベルノ男爵に俺は語る。


「このお方はパーミット伯爵令嬢様。

 バグ博士のところに『預けられた』、まごう事なき伯爵令嬢でございます。

 そのお方に対し『惚れ薬』を飲ませてしまった、これは由々しき事です」

「し、しかし……惚れ薬が効きさえすれば、あっ!」


 惚れ薬が効けば、貴重なS級美女をモノにしちまおーってか?

 内心は表に出さず、俺は沈鬱ちんうつに頷く。


「そうです。

 ファルテ子爵令嬢マーヤ様に合わせた特注品。

 パーミット伯爵令嬢様には効果はありません。

 そして、パーミット伯爵令嬢様は惚れ薬が自分に盛られた事にお気付きになるでしょう。

 そうなれば……」


 父である伯爵にベルノ男爵が潰されるか、そうでなくともベルノ男爵の悪い噂が広まり、貴族社会では一切相手にされなくなる。


 そうなれば一巻の終わり。


「どどど、どうしよう! どうしたら!?」

 ベルノ男爵はさらに甲高い声で叫く。


「かくなる上は……いや、そうか!」

 俺はビンの中身を空け、そのビンの中にテーブルに置いてあるお茶を入れ蓋を閉める。

「箱を持って来て下さい」


 ヘタレクズ子息が箱を震える手で差し出すので、それをひったくり丁寧にお茶入りビンを箱の中に入れる。


 そして、ベルノ男爵のつぶらな瞳を見つめ、俺は静かにかたる。


「全ては予定調和です。

 我らはベルノ男爵様に『惚れ薬』をお届けして、ベルノ男爵様はそれに大変感動して頂き、バグ博士に支援を行うことにした。

 ここで起こったことはそれだけです」


「し、しかし、御令嬢が」


 俺はニヤリと笑う。

「……何も、ご心配は要りません。

 そう、何も。


 パーミット伯爵令嬢様は、ここ最近、研究づくめで少しお疲れだったご様子。

 前回、ここに訪れた際も『意味もなく』笑い転げてらしたですよね?

 あれは徹夜明けのナチュラルハイというもの。


 御子息様との穏やかな時間に安心され、少しだけお眠りになった、それだけで御座います。


 クックック、ご安心を。

 証拠は既に『消えました』。

 我らは『一蓮托生いちれんたくしょう』。

 今後ともよしなに」


 クククと俺は笑う。

 ベルノ男爵も安心したのか、俺と一緒に含み笑いをする。

 それをヘタレクズ子息だけが部屋の隅で、それを怯えながら眺めていた。


 こうして、俺たちは無事にベルノ男爵の依頼を完遂して、研究の支援を得ることに成功した。


 この後、俺は約束通りベルノ男爵の書物を見る権利を得ると共に、色々とベルノ男爵の貴族社会の愚痴を聞くことに成功する。


 色々、毎度あり。


「結局、どういうことだったんですか?」

 パーミットちゃんが聞いてくる。

 まあ、1番の被害者だしね。


「ベルノ男爵が気前良く支援してくれることになっただけだよ?」

「嘘ばっかり!

 アレスさんに睡眠薬飲まされたって訴えてやる!」


 バンバンと研究室の机を叩く。

 こらっ! 壊れたら直すの俺なんだぞ!

 研究室の管理も助手の仕事の一部なのだ。


「パーミットちゃん自分で飲んだじゃん」

「だって辛かったし!」


 一服盛られたり睡眠薬飲んだりもっと警戒したら〜?

 可愛いのに、警戒心なさすぎ。


 あまりに呆れてパーミットに一言忠告してやると、キョトンとして。

「え? アレスさんなんとかしてくれるでしょ?」


 うん、この伯爵令嬢終わってる。

 なんで詐欺師に全幅の信頼を寄せる!?


 ヘイ、ユー! 俺に触れると詐欺られるぜ?


「だって目があの人と同じで優し……あー、もういいから!

 ほら! 答え合わせして! 答え合わせ!」


 何が良いのか、サッパリ分からないけど。

 パーミットちゃんの勢いに押され、まあいいやと。


 しかしまあ、なんと言って良いやら。

 あのヘタレクズ子息がパーミットちゃんの美貌にやられて、絶対『鞍替え』すると思ったことを。


 結局、あのヘタレクズ子息は誰でも良かったんだよ。

 美人が自分のモノになりさえすれば。

 だから、身なりを整え美人のオーラ漂うパーミットちゃんに『惚れ薬』を飲ませようとした。


「約束通り『惚れ薬』を納品したから、ベルノ男爵が俺たちの研究の支援をしてくれる。

 それが全てだよ」


 当然、そんな回答では納得しないパーミットちゃん。


「じゃあ、私が飲まされたあの辛いのはなんだったんですか!?」


「さあ? あのヘタレクズ子息がイタズラでタバスコでも飲ませたんじゃないか?」


「あの『惚れ薬』偽物ですよね!」


 俺はただ肩をすくめる。

 言ったじゃん。

 チョコレートの話と同じって。


 惚れ薬と思い込めば、タバスコだろうと『惚れ薬』だよ。

 それにもうタバスコだったなんて『証拠』も残ってないけどね!


 ベルノ男爵に説明した通り、ファルテ子爵令嬢マーヤ嬢に飲ませれば、『もしかしたら』惚れ薬の効果はあったかもよ?


 かも、だけどねぇ〜?


 やいのやいのと騒ぐパーミットちゃんをほったらかしにして、その結果をバグ博士に報告すると彼は満足そうに頷いただけだった。


 彼は世の中の小さなことには、こだわらない。

 『MAD』が付きそうな研究者タイプである。


 流石だ。

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